春仕舞【掌編小説】
高等学校からの帰り道、川沿いの土手の桜並木も、すっかり花びらが落ちて、小さな若葉で緑色に染まりはじめていた。その木を下からじっと見上げる少女が、どうにも気になって自転車を停めた。
長い髪をハーフアップにして、この辺りでは見かけない学校の黒いセーラー服を着ている。葉を揺らす風が、セーラー服の襟をそっと持ち上げた。
「どうされましたか。」
少女はあまり顔をうごかさず、目線だけこちらを一瞥して答えた。
「寂しいのです。もう行かなければならなりません。」
「どこへ行かれるのです?」
「春を仕舞いに。次の場所まで。」
そうして今度はしっかりとこちらを見て、その少し口元を緩めた。その顔がどうにも可愛くて、胸が大きく高鳴った。
気恥ずかしくなって目を逸らし、ふと少女が先程見ていた所を見ると、若葉に混じり一枚だけまだ花弁が散らずに残っている。その最後の花弁も、そよそよと風に揺られ、今にも散ってしまいそうだ。
「それでは、またいつか。」
ふいに少女の声が耳元で響いたかと思うと、突然の突風に巻き上げられた花弁で視界が覆われ、思わず目を瞑った。
風が止みそっと目を開けると、そこにはもう少女はいない。次の場所とやらに、行ってしまったのか。
最後の花弁はもう散ってしまって、見上げた葉桜の隙間から見える空には、ほんのりと夏の気配が漂っていた。