機械仕掛けのこの街で【掌編小説】
幸せだったある日、彼女が病を患った。
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湿った空気の充満する油臭い機械の街で、僕たちは2人で暮らしていた。貧しいながらも慎ましく暮らす日々に不満はなく、むしろ笑顔の絶えない日々だった。
そんなある日、突然彼女が倒れた。彼女を抱えて駆け込んた病院で、医者は言った。「このままでは、永くありません。」と。彼女の病気は脳腫瘍だった。
幸いなことに治療法はあった。機械仕掛けのこの街では、身体の悪くなった箇所を機械に置き換える技術がある。だがしかし、身体の一部とはいえ、精密な人の脳だ。治療には、他の身体の部位とは比べ物にならない莫大な金がかかる。
それでも、彼女を死なせたくはなかった。
僕は治療費を稼ぐため、懸命に働いた。危ない仕事の方が金払いがよく、どんな仕事でもこなした。
最初に右腕がなくなった。町外れの炭鉱での採掘中に、機械に巻き込まれた。その次に左足がなくなった。溶接の仕事で、熱い鉄に焼かれた。僕の身体はどんどんと機械へと置き換わっていき、身体のほとんどは機械になってしまった。
その甲斐あってか、彼女の治療は無事に終わった。
僕はたまに思うんだ。
こんな身体になって、僕を僕たらしめるものはいったいなんなのだろうか。
機械の脳を持った彼女を、彼女たらしめるものはなんなのだろうか、と。
でも、それはきっと些細なことなんだ。
きっと今、一緒にいられることだけが全てだ。
あぁ、幸せだ。幸せなんだよ。