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8月32日【掌篇小説】

消えた8月32日を探している。

 捲らなければならないカレンダーの31日の隣の空白。朝起きると、昨日は確かにあった32日が消えていた。

母さんのエプロンに32があった。ペロリと剥がしてみても、カレンダーには戻らなかった。32であっても、32日ではなかったらしい。

お父さんのメガネにも32があった。レンズの裏にゆらゆらと揺らめく32を、指でぐるぐるしてから、パチンと捕まえた。でも、それは32日じゃなくて3月2日だった。お父さんは32歳だよと笑った。

おばあちゃんが「それは、蝉なんじゃないか」と言うものだから、いつのまにか小さくなった蝉の鳴き声を頼りに、32日を連れていった蝉を探した。やっと捕まえた蝉は、虫籠に入れようとしたら蜻蛉になって飛んでいってしまった。

見つからない。
いくら探しても、私の32日が見つからない。

自分の部屋を探すことにした。
空気が少し抜けてしまってふにゃふにゃになった浮き輪。夏休み明けに学校に持っていかなければならない、朝顔の種。空のまんまの金魚鉢。

夏が沢山転がっていた。

白紙のまんま転がっていたの原稿用紙を、紙飛行機にして窓から飛ばした。それは32ではなくて、まるで0のようだった。

まるで秋のような紅りんごが転がって、ランドセルになった。32日があるかと思ってひらいても、そこには32日はなかった。

代わりにそこには、したり顔をした9月1日がちょこんと座っていた。

遠くでチャイムのなる音がした。



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