キタダ、詩を読む。…VOL.8 『物の味方』(フランシス・ポンジュ/阿部弘一訳)
2013年に書いた文章です。
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けさの諏訪哲史氏「偏愛蔵書室」(中日新聞毎月第1・3火曜連載)で、
思いがけず特別な一冊と再会した。
フランシス・ポンジュ『物の味方』(思潮社)。
(※物の「見方」にあらず)
高校時代のことだ。
畏敬していた一級上のTさんから、誕生日だったかにもらった本。
谷川俊太郎の『定義』もそのときもらった。谷川さんの「鳥羽」(「本当のことを言おうか/詩人のふりはしてるが/私は詩人ではない」「黙っていた方がいいのだ/言葉が言葉を超えたものに/自らを捧げぬくらいなら」)も、彼女に教えられた。
言葉そのものと、言葉が言い表そうとしているものとの関係について、
考え始めるきっかけになった2冊の散文詩集だ。
言葉は、事物から意味だけを引き剥がそうとする性質を持っている。
事物を経験することと、言葉を書き記すこととがイコールであるような、
そんな詩を書くこと。
私がそのことを考え始めたのは、たぶんこのときからだった。
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