父親の暴力
僕は1983年生まれの39歳です。
僕が小学生5年生の頃、1993年にタイムスリップ
してみよう。
更に父親を何らかの発達障害、境界性知能の疑いがある前提で
あの日の夜を思い出したいと思う。
1993年の僕の暮らしは北海道小樽市の海沿いの
地域で父親が購入した60坪の2階建ての
戸建に父、母、姉、母方の祖父、祖母の
6人で2世帯生活を送っていた。
1階に祖父母が暮らし
2階は僕らが暮らしていました。
僕の部屋は10畳程で姉とシェアしてました。
しかし、大工上がりで建設会社を経営していた
父が僕の為に1階部の車庫を半分、
リフォームし4畳程の部屋を作ってくれました。
すごく、嬉しかった記憶があります。
僕は2階で食事したり1階の祖父母の
部屋に遊びに行ったりしてました。
大好きなジイちゃんとバアちゃんでした。
多分当時、祖父は60歳、祖母は56歳くらいです。
とても楽しい生活を送っていました。
しかし、ある日の夜、父親が祖父母を
フルボッコにしました。
あの日の記憶は全て音として僕の身体に
刻まれています。
この事件は僕の音から推測してます。
いつもの様に玄関の横の自分の部屋で
僕はパイプのハイベッドに就寝した。
しばらくして
家のチャイムがなり目が覚めました。
おそらく時刻は22時頃だったでしょう。
来客者は祖父、祖母、好青年2人
どうやら帰宅できないほど泥酔した祖父母
をわざわざ好青年2人は駅から家まで連れて
来てくれたのだ。
二階から母と父が降りてきて
好青年は状況を説明して
その後、父と祖父、祖母は口論となり
激しい言い合いをしていました。
喧嘩の内容は子供だった僕にはわかりませんが
多分、日頃の鬱憤もあったと思います。
現に祖父は2階出入り禁止でしたし。
それから、激しく人の殴られてる音が聞こえました。
僕はびっくりしてハイベットの階段を降りて
扉のすぐ前まで行きました。
しかし恐怖でドアノブを回すことはできませんでした。
わずか一枚の扉の向こう側は修羅場だ。
僕の心臓はドキドキし手も震えてました。
多分、人生で最初に強いストレスを感じた記憶があります。
扉のすぐ向こう側で何かが起きている。。。
ジイちゃんがきっと殴られている。。。ドキドキしながら聞いていました。
ドン ドカ うわー とか沢山の悲鳴や人を殴る蹴る、人が倒れる音が
結構、長い時間、続いた気がします。
それから、父が「お前らもういいいぞ」と好青年を帰らせてました。
好青年達も止めに入れないほどの
呆気に取られるくらいの状況だったのだろう。
好青年達に謝罪や感謝もないし、その前で老人をボコボコにしてしまう
父はきっと境界性知能だと思う。
普通の人格者ならばこんな愚行はしないと思います。
その後は鎮まり僕も怯えながら眠りにつきました。
朝、起きて一階の廊下で祖母に会いました。
祖母の顔は大きく腫れ上がり
目の周りは丸い紫の青タンができていてアザだらけでした。
何よりびっくりしたのが祖母にまで手をかけたのか。。。と
僕はフリーズしました。するとそんな僕に祖母は
「ばあちゃん達この家、出てくわ」と細々とした声で言った。
祖父の安否も気になりトイレで廊下に出てきた瞬間を見計らって
たまたま遭遇した感を醸し出して祖父の顔を見たら
祖母ほどではないが顔中がアザだらけでした。
こんな傷だらけの人を当時、ロッキー以外で初めて見たというレベルです。
最愛の妻の両親への傷害
女性に手を上げる事
本当に沢山の事が理解できないです。
父親の生い立ちは貧困により小学校はほとんど行っておらず
中学時代は両親の死により教護院で3年過ごし
兄の大工仕事を手伝いその後、独立し建設会社を経営。
僕は心理学や精神学の専門家では無いですが
父は何らかの発達障害、境界性知能だったとしたら
この暴力行為などは納得できます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
スミマ セン