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お一人様限定ホラースポットツアーⅣ

真田は息をついて気を落ち着かせてから、
自分の車に乗り込んだ。

一流画家の一乃隆二と、
その娘である数学の教授。
そして失踪した彼女の恋人。
世界的権威のある画家の娘なら、
この料亭の予約は簡単にできるなと
思いながらエンジンを
かけて出ようとした瞬間、
道路側から見えないドアを少しだけ開けて、
後部座席に誰かが潜り込んできた。

真田は振り向かずに、
ミラーですぐに確認した。
乗り込んできたのは女性であった。
女性は指先を口に当てて、
しーっと言っていた。

真田は前を向いたまま、
何事も無いように振る舞いながら、
音楽を少しだけ大きめにかけて、
マスクをつけた。

「君が一乃聡美さんだね。
ようやく会えたが、
時間をかなりロスしたよ」

「でも、それだけ警戒しなければ
いけなかったの。
同じミスは犯せなかったの」

「同じミス?」

「私の部下は全員シロだ。
もし、犯人に繋がる誰かが
いるならうちじゃない。
最初に事件を担当した二課に
いることになる」

「ええ。私もそう思ってる。
でも何げない会話からでも
大事な情報を引き出そうと思えば、
不可能じゃないでしょ?
貴方のように優れた人は数少ない。
信用が出来るだけでは
私の大事な人を‥‥‥もし生きているなら
助けて欲しいの」

「それが仕事だ。相手が誰であろうと、
犯人は逃すつもりは無い。
さっき同じミスと言ったが、
誰かと接触したのか?」

女性は暫くの間、黙り込んでから
口を開いた。

「特務二課の三井さんよ」

真田の頭はまるで殴られたような衝撃を
受けて、思わず振り返ろうとしたが、
反射的に思い留まり、再びルームミラーに
目を向けた。

「三井だと? 失踪した三井の事を
言っているのか?」

真田は半信半疑で再確認をした。

「そうよ。彼は知っていてあのツアーに
参加したの」

真田の頭脳は更に別の疑念が生まれた。

「だが三井に潜入捜査を命じたのは
二課の上司である佐木山だ。
三井が仮に知っていたとしても、
彼が潜入するとは限らなかった。
確かに新人だったから潜入を命じられる
可能性は低くは無かったが、
それだけではただの賭けでしかなくなる」

真田はそう言った後、言葉を止めた。

「どうしたの?」

「いや、もし三井の方から志願した
のなら話は変ってくると思っただけさ。
三井が事前に知っていたのであれば、
彼がツアーに参加した事には
必ず何か理由があるはずだからね。
君は確かに有能な人だけど、
これ以上踏み込まない方がいい。
一課うちでも君の素性はもう
知られているから、もし内部に本当に
ツアー関係者がいるとすれば危険になる」

ルームミラーに映る聡美は不安よりも、
不満そうな顔をしていた。

確かに結婚相手が行方不明では難しいかと、
真田は考えた。
彼女の才能なら、ここで理解したとしても、
また時間が経てば動き始めるはずだと
思った。

「それなら私と一緒に行動しよう。
危険性は大幅に下がるし、新情報も得る
事が出来る。
でも、絶対に一人では行動しない事が
条件になるけど、それでいいかな?」

聡美の表情に光が宿ったように、
眼に輝きが生まれた。

「わかったわ。ありがとう」

彼は車を前進させて警視庁の警護係の
死角を作り、すぐにダッシュボードから
何かを取り出すと、再び彼らの目につく
ように料亭の駐車場から出て行った。

車を運転しながら、彼はそっと腕を伸ばして
ダッシュボードから出したものを後ろ座席の
下に落とした。

「それは仮の身分証明書になる。君のその
鞄にはノートパソコンが入ってるはずだから、
名前は偽名にして、身分は警視にするんだ。
コンビニに寄るから、紙は普通のもので
構わないからコピーして、
身分証明を作って来るんだ。
先に私が降りてコンビニに行くから、
その時には見張り役の目は私に向けられる。
少しだけ時間をずらして車から降りて、
君はコピーをして来ればいい」

「わかったわ」

用心深い女性である事は知っていたので、
彼女には簡単なものだと真田は理解していた。

彼はコンビニの近くに車を寄せて止めて、
そのままエンジンをかけたまま下りて
コンビニに入って行った。

その時、彼女は既に車から降りていて、
コンビニで飲み物を買うと視線をわざと
物色するように、首を回した。

彼女が視界に入った時、彼はそのまま
目を合わせずに軽く見回すと、
会計を済ませて、雑誌コーナーに立った。

そして彼女はその時、自然に外に出ていった
のを確認して、真田は雑誌コーナーから離れて
車に乗り込んだ。

予想通り、コンビニから出てくる真田が
車に乗った時に確認しただけで、監視役の
二人は聡美がコンビ二から出てくる時には
目を向けただけで、すぐに視線を逸らした。

その隙に、聡美は車の後ろ側に回り込み
しゃがんでコンビニの自動ドアが開く音を
耳で拾うために集中していた。

コンビニの自動ドアが開いた時、彼らの
視線は真田だけに向けられていた。
その刹那の間に、聡美は気づかれる可能性は
あったが、後部座席に乗り込んだ。

真田が車に乗り込む時に後ろの座席を見て、
彼女が無事に乗り込んだ事を確認しながら
自分自身も車に乗った。

そして買った飲み物を後部座席にゆっくりと
転がして落とした。
その手に偽造した身分証を聡美は手渡した。

既に飲み切った同じ飲み物のペットボトルを
見えるように手に持って、横の座席に置いた。

遠目からでは中身が入っているかどうかは
見えないように陽射しで眩しい位置に車を
止めていたので、それは彼女が乗り込む
時にも役立っていた。

冷静は装っていたが、内心では緊張していた。
それを表すかのように、彼は額に汗をかいていた。

彼は手にした身分証をハンドルの部分まで
上げて、しっかりと確認をした。
彼女の作ったものは本物そっくりであった事に、
驚きを隠せなかったが、その反面、これなら
問題はまず起きないと思って安心した。
「警視庁公安部 警視 片山 沙織」

「これから君は私の父の部下になる。
私のサポート役として君は私の父に
私の元へ行くように言われてきた。
これからは君を片山さんと呼ぶ。
これらの事を頭に入れておいてくれ」

「わかったわ」

「父の部下だと言えば、勘ぐろうと
する人はいないはずだ。だが、もしも
君に探りを入れてくる人がいたら警戒
して、私に報せてくれ」

そう言って、彼は身分証をそっと後ろの
下に落とした。

彼女はミラーに映る彼に対して、
頷きながら後部座席の下に落とされた
身分証を拾い上げると、その姿勢のまま
身をかがめた。

真田は車を回して警察署に向かった。
三井が志願したのかどうかで話は変ってくる
ものになる。
仮に志願で無いとすれば、
佐木山に話を聞かなくてはならなかった。
しかし、志願したとなると三井は危険を承知で、
誰にも言わずにツアーに参加した事なる。

結果として三井の行動はおかしなものであった。
一体何故、秘密裏に動いたのか、
新人だから功績を上げたかったからなのか?
ただ単に自身過剰な男だったのか?
それとも何かの情報を得ていたのか?
真田はどうしても納得出来ずにいた。

聡美も同様に、それが引っ掛かっていた為、
独自に裏で調べていた。

警察署に車を止めると、真田は再び監視役の車へ
向かって行った。聡美を見つからずに中に入れる
為であったが、同時に父親への連絡でもあった。

健太郎は再び盗聴防止用の電話を借りると、
今度は少し離れた場所から父親に電話をかけた。

「今度は何だ?」

父親の第一声の言葉から、健太郎は眉をひそめた。

「何故、僕だと分かったのです?」

「警視庁のトップに、度々電話が鳴るわけがないだろう。
それに同じ電話からではそれくらい想像できる」

「少しお願いがあります。例の女性とは会う事が
出来ました」

「それで頼みとは何だ?」

「彼女を暫く警視庁の警視として、私と共に動く事を
許可して頂きたいのです。彼女をこの件は我々に任せる
よう説得はしてみたのですが、上手くいきませんでした。
仮に口では了承したとしても、それは一時的なものであって、
また一人で探り始めるのは危険だと思うので、
総監の部下の警視だと偽っても‥‥‥」

「それ以上は言うな。この件は何も聞かなかった事にする。
私は何も聞かなかった。お前も何も言わなかった。
分かったな? 彼女は考之郎の部下とする。
私の部下では目立ち過ぎるが、公安なら顏を知らない
者も多いだろう。あいつには私から連絡しておく」

父親は暗黙の了解を提示した。
つまりはバレた場合、自己責任として降格処分も
やむを得ないという意味であった。

「分かりました。ありがとうございます」

「全くお前という奴は困ったもんだ。
頭脳は誰よりも優れているのに‥‥‥まあいい。
その予想は正しいだろうからな。
先ほど公安の考之郎がここに来て報告をしにきた」

「もう何か掴んだのですか?」

「いや、まだこれから断定するために
部下を2名行かせたらしい。追って報告すると言っていたが、
お前にくれぐれも気をつけるように言っていた」

「どういう意味でしょうか?」

「まだ未確認の情報だからはっきりとは言えんが、
どうやら三井以外にも失踪している人がいると言っていた。
しかも、あいつの予想では参加者全員が失踪している
可能性が未確認ではあるが、高いと言っていた」

「全員がですか?」

「お前も知っての通り、あのツアーに参加するには
特定の条件が幾つかあっただろう?」

「なるほど。それで確認がなかなか取れないのですか」

「そうだ。同じツアーには関係者は同乗出来ない事に
なっている。それに加えてツアー終了時間は真夜中だ。
どんなに早くても連絡をするとすれば翌日になる」

「失踪届けを確認させたが、ツアーに参加した者の内、
家族、恋人であった人たち以外は失踪届けを出していなかった。
家族と言っても、親や兄弟とは離れて一人暮らしをしている
ものたちばかりだった」

「それなら連絡を取るのは頻繁では無かったでしょうね」

「そうだ。公安が今、調べているのは今年、
開催されたツアー7回に定めて、
親元を離れて暮らしていた人に限定して調べている」

「7回? もう9月なのにたったの7回しか
行われてないのですか?」

「これはただの金銭による営利目的のツアーでは
無いということだ。
三井の父親も明るい所で息子を見ていなかった。
息子だとは言っていたが、真夜中で目を覚ましたのなら、
高齢な父親なら似た声で誤魔化すことは可能だろう。
三井の件に焦点を当てていたが、
考之郎は所轄の警察署全てに、条件に見合った失踪者を
探させている。今日中には資料が届くだろうから、
すぐに情報をホワイトハッカー部署に言って、
ロックをかけさせろ。分かったな?」

「はい。分かりました。ありがとうございます」

「その言葉はまだ早い。事件を解決してからなら
聞いてやる。この事件はかなり異質だからお前も
気をつけろよ」

「父の監視役がいるので、まず間違いは起きない
でしょう」

「そうだが、嫌な予感がする。また何か新しい
情報が出たら報せろ」

「分かりました。それではまた」

電話を切って、その場で立ち尽くしながら健太郎は
考えていた。

どんな事件でも必ず理由がある。
その理由を突き止めるにはどうしたらいい?

そうだ。もし、内部にツアー関係者がいるとすれば、
警視総監の部下が来たとなると、何か動きを見せる
可能性は高いはずだ。

捜査本部の設置も考えるだろう。
僅かな動きや変化も見逃せないほど、相手は狡猾だ。
分かっている事は少ないが、そこから見出していくしか
ない。まずは彼女を紹介した時の態度を見てみよう。

真田はそう決めて、監視役の元へ向かった。

「ありがとうございました」

「いえ。とんでもないです。総監から警視の警護を
するようにと命令が下されました。今後は我々も
協力しますので、何かございましたら言ってください」

「助かります。今、電話で警視庁公安部から
私のサポート役として、一人派遣したと総監は言って
ました。女性のようなので、彼女の警護もお願いします」

「分かりました。我々はここで待機しておきます」

真田は首を縦に軽く振ると、警察署の方へ向かって行った。







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