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第一章 第三話 要請を受ける刃黒流術衆

大きな両開きドアを左手で押し込むようにして
中に入ると、一応ドアを閉めてから投げナイフを
床と両扉の下側に食い込ませた。

そして円卓のある中央まで歩こうと一歩進むと
煙のように埃が舞った。

リュウガはフードを被り、口に手を当てながら進むと、
埃まみれの円状の机を蹴り上げて地面に落ちる前に、
足の甲を使って机の一脚を乗せるとゆっくりと
足を引いて、石畳の床に机を下ろした。

椅子も同様に蹴り上げると、一番奥にある
一番古い書物へ向かって歩き出した。

蹴り上げた椅子の着地音だけで、今でも丈夫である
事を確認すると、リュウガは最奥の正面にある
分厚いガラスのケースにヒビが入る程度の拳打を
打ち込んだ。

だが、軽く打った拳は、
どういう訳かガラスを吹き飛ばした。
リュウガは思わぬ事に対して眉をひそめたが、
流威の血文字で書かれた文献は、中で固定されて
いたので吹き飛ばされず無事だった。

リュウガの中では既に幾つかの予想はしていた。
ただ、自分が想像している以上の事であったので
驚きを見せただけであった。

彼は刃黒流術衆の長となった流威と、
エルドール王国のロバート王三世との堅い約定を
交わした事は誰でも知っていたが、
多くの事を知る者はいなかった。

エルドール王国は代々、王となる時、
名前をロバートにする決まりになっていた事や、
数ある遊牧民たちとの交流等もあったが、
温厚な性格であった事もあり、流威が力を
貸したのも数えるほどしか無かった。

五冊の流威が書いた本と、血文字の文献を
埃の消えた机の上に置くと、倒れていた椅子を
手に取って座った。

リュウガは流威が書き残した五冊に及ぶ、
この地に来る前の話に興味を持ち、
全てでは無いが、以前に目を通した事があった。

当時はそれほど気にも止めなかった。
内容も半信半疑であったが、偽りを残す意味等
無いと思ってはいたが、内容が余りにも非現実的
過ぎたため、流し読みした程度であったが、
目を通した一冊目の当時の模様が描かれた挿絵を見て、
彼の顔つきはまるで敵を見るような
冷たい眼差しになり、その絵を見つめた。

千年の時を経て、リュウガがその眼で見た光景は、
正に今、見ているものに非常に似ていた。

普段ならば、アツキや他の配下に任せる任務ではあったが、
サツキが10日前に見張りの任務についていた翌日、
彼女は深くは考えてはいなかったが、
リュウガに何かいつもと様子が少しでも違う日があれば、
報せるように配下たちに伝えていた事から
翌日、リュウガの部屋まで報告に向かった。

サツキは非常に賢く、戦士になるには惜しい程、
美しい女性となっていた。
兄であるアツキとは双子で、髪型を同じにすれば、
リュウガであっても見分けるのに
数秒を要するほど似ていた。

サツキが翌日、リュウガに報告してきた内容から、
事を重くみた若き主は、その日から自分自身で
見張り台からでは無く、どこよりも高い
神木の│頂《いただき》から報告された事に注意を払い、
夜目を使ってジッと見つめていた。

日に日に増していく悪魔の攻勢を目にした時、
頭に浮かんだのはこの本の挿絵であったが、
まだまだ絵に描かれていた光景とは、
程遠いものであった。

しかし、天の雷を初めて目にした時、
彼の背筋は凍りついた。
ただの落雷では無い程の、
正に神々の怒りのように見える景色は、
攻勢に出ていた悪魔たちを一掃して消し去った。

それを目にしたのは、
レガと交代した年の終わりの日であった。

当然、彼の中にある不安は消えるものでは無かったが、
毒殺されかけたことにより、状況は一変していたが、
不安はより大きなものへと変わっていた。

刃黒流術衆の流威と、エルドール王国の王である
ロバートとの絆は非常に固いものであった。
当然、利害関係も大きなものであったが、
両者とも実に誠実な男であった事が
一番大きなものであった。

エルドール王国のある大陸は、
この星で一番大きな陸地であった。
季節の変化はそれほど無く、
住み心地の良い春や秋が来る陸地は南にあり、
北は年中極寒の地であり、
大国同士の争いが続いていた。

それを挟む形で中央には緑の陸地が、
広々と広大な緑地として、
百を数える遊牧民たちが、羊や馬、
毛皮等の行商人として、南国一の王国である
イストリア王国での一般人が立ち入る事のできる
広場には市場ができており、そこで商売をしていた。

イストリア王国には港も王国内にあり、
いつも活気のある賑わいを見せていた。
そして、南中央にエルドール王国があり、
エルドール王国とイストリア王国は
親交の深い関係にあった。

ロバート王はリュウガに対して非情に高い好感を
抱いており、南東の大国であるイストリア王国と
刃黒流術衆とでは無く、イストリア王国とリュウガ本人
の間に何とかして親交を持たせたいと常々考えていた。

刃黒流術衆と言えばこの広い大地に住む者であれば、
誰もが知る者たちになった。恐るべき存在だと。

それは彼らがエルドール王国に領土を与えられて
八百年の時が過ぎた頃に起きた事により、
エルドール王国にこれまで害を成していた者たちが
一斉に手を引いた出来事が原因であった。

南西に位置するドークス帝国の背後には高々とした
崖があり、天然の城塞都市として度々エルドール王国
に侵攻してきていた。公表してはいなかったが、
北へ通じる抜け道があるのか、北西を制圧していて、
漁港や軍港のある北部を二分する大国のグリドニア神国
との関係もあると│囁《ささや》かれていた。

刃黒流術衆がホワイトホルン大陸に来てから八百年の時が
過ぎた、今より二百年前、既に奴らには力は無いと判断した
ドークス帝国のイライジャ・ドークスは、エルドール王国へ
侵攻した。三万の軍勢を率いる敵将は幾度も攻めてきていて、
堅固な城壁を良く知るバルトス・ザルバ将軍に三万の軍を与えた。

更に攻城戦の事も視野に入れ、投石部隊を20も用意していて、
分解したものを現地で組み立てるよう、分解された部品を積んだ
馬車が行列を成していた。

八百年の月日がたち、エルドール王国の王である
ルドラ・エルドールは難しい性格で、人間不信でもあった為、
後押しをしている部族が危機的状況にあっても、
本拠地が攻撃を受けるまでは様子を見るよう厳命を下していた。
 
次期王である長子のウィーク・エルドールは
攻撃を受けてからでは、手遅れになると強く進言していたが、
王ルドラの考えは変わらなかった。

古来よりエルドールの盟友である北の者たちをも邪魔だと
思うようになり、
(奴らを使わぬ手はない。仮に負ければ追い出す口実になる)
ルドラは使者を漆黒の者たちの領主に送った。

刃黒流術衆の領主に先兵として出陣の命令を言いつけるよう
使者に口頭で伝えさせた。それは侮辱に値する行為であった。

黒き者たちの主のイーサンは一目で一兵卒な上に口上も
実に不慣れだと見抜いた。

漆黒の暗殺者たちの領主はそれを黙ったまま聞き終えたら、
目の前の台座を飛び越えて使者に向けて、剣を抜き斬りつけた。
鎧の胸板だけを斬りつけた後、兜だけを正面から割って剣を鞘に戻した。

体には傷はつけず言葉も発せず、これが答えだと言わんばかりに
再び席についた。
我らはお前たちの部下ではないとの意思を、刀を以て返答とした。

使者は何も言えずそのままルドラ・エルドールに報告した。
ルドラは刃黒流術衆に侮辱されたと勘違いし激怒した。
そして刃黒流術衆に我らが主であることを示すために
攻め込むと決めて、部下たちに戦の準備を命じた。

時の流れは残酷にも、王と領主の資質の違いから、
あらゆるものに影響を与えていた。

ルドラ・エルドールは王として評判はよくなかった。
民にも厳しく重税を課して己の欲におぼれていた。
民にすら好かれない王は部下の士気にも影響を与える。
そういう国は落としやすい。

ドークス帝国のイライジャはその事を知り、堅固な城壁
を崩せば、容易く制圧できると見て、バルトス将軍に
先陣として三万の軍と投石部隊をつけて、中軍には自らが
2万の軍勢を率いる手はずを整えていた。

ただ一抹の不安は刃黒流術衆にあった。

刃黒流術衆のものたちの強さがはっきりと大陸全土に示されたのは、
南西に領土を持つドークス帝国が、エルドールの西の関門を
三万の大軍で攻めてきたこの戦いであった。

ルドラ・エルドールは戦の経験もないため、
北へすぐさま援軍を要請した。刃黒流術衆という
暗殺の技を使う衆団で、古よりの約定を守るため、
領主イーサンは千人隊長を一人と三百の刃黒流術衆を送った。

到着して、挨拶に行くや否や、第一声から罵る言葉を放たれた。
「何を考えておるのだ! 三百如きでは話にならん!!」
エルドール王は鼻であしらった。

「敵は三万だと伝わらなかったのか!?」
邪魔者だと言わんばかりに見下していることは明らかだった。

「我々だけにお任せくださるなら七日で片づけます」
文官や武官が大勢集まる中で、自信に満ちた格式高い
黒衣の男はそう告げた。

「よくもそのような戯言を王に直接言えるものよ」
武官の一人が口を出してきた。
「三百で何ができるというのだ?」
他の身分高き衣服のものたちもひそひそと呆れ顔で彼を見やった。

「言葉に気をつけられぃ。我らの領主は実戦経験を我々に
積んでこいと命じられた。たかだか三万程度に怯えるとは、
エルドール王国も落ちたものですな。
初代ロバート・エルドールのおかげで我々はここにいます。
しかし、今の王といい家臣といい、守るに値しないほど情けない。
我らの初代領主とも懇意にしていた事実がある以上、
エルドール王国は安泰と思われて結構です。
しかしながら、我らの領主はその血を受け継ぎ、
たとえ相手が十万でも騒がず処理する力はあります。
領主とルドラ王とは個人的には会ったこともない。
ルドラ王と言えども世間通りの無礼な態度を我々相手に
示すようであれば、何もせず引き上げてこいとも
命じられています。
我らの領主は、ルドラ王とは違う意味で厳しいお方ですので
気をつけて言葉を選ぶことをおすすめします。
まだ我らの力をお疑いであるのであれば、ルドラ王以外
のここにいる全ての者を一分以内に殺して
証明してみせましょうか?」

三百名を率いる隊長の言葉で皆静かになった。
誰もがその口を閉じた。

「ではこれより七日の間は私オリバーにお任せください」
北の男がそういうと、
「わかった。七日間はすきなようにいたせ、
口出しは一切せぬよう申し付ける」
ルドラ・エルドール王はぶっきらぼうに答えた。

部隊長の男は浅く一礼し踵《きびす》を返した。
暗く冷ややかな石柱の間を通り抜け、
思わず手をかかげるように
眩しい陽のひかりを遮った。
あかるさに慣れ視界が広がった。

階下の部下たちは一糸乱れず整列し、
この時を待ちわびていたかのような表情をしていた。
殺しの技だとわかってはいたが、
皆の顏は子供が玩具を与えられたような顔つきだった。

己の力を実戦で試せるのは、彼らにとって至福の喜びであるほど、
日々の修練に耐えてきたからだった。

「まずは雑魚をできるだけ無視して隊長以上を狩る。
前線を統率するものを殺せば士気は必ず乱れる。
闇夜の中で影となり、鍛錬の成果を発揮しろ。
丁度いい練習台だが、実戦だ。
誰も死ぬ事は許されない。これは厳命だ。
そのことを肝に銘じて戦え」

階上から男は厳しい顔つきで命じた。

皆が実戦は初めてであったが、自信に満ちていないものは
誰一人いなかった。あらゆる状況に即座に応じる適応能力を
身につけていた事で、自信しかなかった。

明るい日のひかりは赤みがかっていき、
それに呼応するように影が生まれ出した。
そして、彼らの黒装束が闇に取り込まれていった。

「いいか。あかりの元である火は落としていけ。
最終標的は奴らの最高指揮官の大将だが、
騒ぎが起これば周囲に手練れを配備するはずだ。
一日目は実戦に慣れる程度の攻と防を覚えろ。
闇は我らの味方だ、火を落とせばそれだけ闇も増す。
音を立てずに命を消す我らの業を見せてやれ」

黒衣の集団は黙ったまま聞き入れると素早く動いた。

静けさの中を、真夜中の音の無い黒いさざ波のように、
騎兵よりも速く刃黒流術衆は闇の中を、昼間と変わらない
ように夜目を使って駆けて行った。




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