第一章 第六話 華麗な舞で挑発する男
「イストリア王国は確か南東だったよな」彼はサツキに尋ねた。
「はい。最南東ですので、急いでも半月はかかるかと」
「サツキも一緒にきてくれ。兄のアツキにも来るよう伝えてくれ。
何事も無いとは思うが、一応レガにはこの地に残ってもらうとしよう」
「イストリアのお姫さんは何歳になるんだ?」
「この年で11歳になられます」サツキは答えた。
「それなら尚更深く勘繰る奴らが出そうだな。
縁談が決まったと思う者も出てくるだろう。
俺と四歳差ならそのお姫さんが今の俺くらいになれば、
丁度いい年頃になるからな。
準備はアツキに任せるよう伝えさせるから、
サツキは俺と一緒に宝物庫にきて品定めをしてくれ」
「わかりました」納得した様子でサツキは同意した。
それと同時に全てを見抜いたリュウガにも更に深い感銘を受けた。
皆が準備に追われ、リュウガの配下二十騎と、
サツキとアツキも一緒にイストリアに向かって、
その日のうちに出発した。
遠出なのに二十騎で行ったのには理由があった。
黒装束の集団が大勢きたら、
誰もが畏怖を抱くと思っての配慮であった。
到着日時は前もって予測して伝書鳩を送っていたので、
出迎えもつつがなく済み、城塞にある客間に通された。
各国から大勢の集まった人々は、刃黒流術衆を見て
噂は本当だったのだと思ったように声を小さくして
何かを話していた。
リュウガは人の顏をあまり見ない性格だった。
見れば話しかけられるから、
いつからかそれが自然と身についていた。
そんな彼でも、一目を置く人の名前や顏は
忘れない性格だった。
刃黒流術衆たちにはすぐに人だかりが出来ていた。
が、もう一ヵ所にも同じように取り巻かれていた
人物がいた。リュウガはそれが誰なのかを見たが、
すぐに北の者だと言う事だけは、大きな白熊の毛皮
を見て気づいた。
すでに北ではグリドニア神国と二分する勢いを見せて
いたヴァンベルグ王国の王子で、自分と年齢も同じ
名高いリュシアン・ギヴェロンだった。
合うのは二度目だったが、リュシアンも気づいたようで
ディリオスを見て微笑みを見せた。
兄妹の生誕祭が始まり、各地の代表者が席につき、
従者にも後ろ側に席は用意されていた。
二人のかわいい兄妹を見るだけで皆、
幸せを分かち合うように笑顔になっていた。
リュウガがずっと視線をずらさないことに
サツキはすぐに気がついた。
その目の先にはリュシアン・ギヴェロンがいた。
偶然にも、北の最強と南の最強と呼ばれる者が、
予定外であったが顏を再び合わせることになった。
これはロバート王やアレックス王にも想定外であった。
リュウガの名は二人の王が思う以上に有名である事を
知る事になった。
そして、北の勇者が来た理由は1つしかない事から、
何とか回避の道を探したが、その道が無い事を知って、
ロバートはリュウガに視線を送った。
リュウガは既に何が起こるのかを知っているように、
小さな笑みを見せて頷いて見せた。
ロバートの心は苦いものであったが、避けられない
事を、リュウガが全てを理解している事に感謝した。
リュシアンの来た理由は誰の目にも明らかだった。
リュウガが目当てで来ていると。
宴も盛り上がりを見せた頃、アレックス王は立ち上がり、
始めて顏を合せる刃黒流術衆のリュウガに対して、
返礼の気持ちを込めて贈り物をした。
リュウガがイストリアに来訪した際、
二頭の駿馬が産まれた。イストリア王のアレックスは
リュウガへの返礼として、漆黒の牝馬を献上した。
しかし、王女ミーシャは自分が欲しいと、
まだ幼く涙を流しながら泣き続けた。
皆が苦悶の表情を見せる中、リュウガは両腕につけていた
白金と黄金の腕輪を、腕を隠していた黒衣をまくり上げて
ミーシャの背丈までしゃがんで見せた。
ミーシャはその腕輪に見惚れて泣き止んだ。
彼は腕輪を指さして、どちらが欲しいのか少女に尋ねた。
彼女は白金の腕輪の方を指さすと、
リュウガは自分の腕から外して、ミーシャの右腕に
白金の細工腕輪を通して適度な太さに調整し、
右腕につけてあげた。
これには誰もが言葉を飲んで、沈黙し見守った。
サツキは両国の願いを知っていたが、
それでもこれには驚きを隠せなかった。
アツキに関しては驚きのあまり
声を出しそうになった程で、
夢でも見ているような隠せない面持ちを見せた。
ミーシャは泣き止み、見たこともない細やかで繊細な
細工師が施した腕輪の美しさに
見惚れて笑顔になった。
皆がまるで自分事のように幼子の笑顔を称えて
拍手を奏でた。
真宝命は本当の意味では、
始祖の流威だけが真宝命の剣の対をエルドール王であった
ロバート王にしか分け与えなかった。
理由は、臣下に近い関係になる上に、
命のある限り何が起ころうと守ると
誓う世界に一つしかない品だったからだった。
歴代の領主たちは王の象徴として見せてきたが、
これによりイストリア王国の王女の生誕祝いと
してきた国や部族は、両国の関係は本物だと確信した。
話は国から国へ部族から部族へと、
大陸全土に影響を及ぼしたことは言うまでもなく、
これまではイストリア王国の領土に踏み込んできていた
部族などは一切来なくなり、遠い地に移り住んだ。
しかし、まだ早いと考えている人物が二名いた。
リュシアンと彼の従者であるレオニード・ラヴローは、
あくまでも強さが本物ならばと思っていた。
リュウガはミーシャの頭を撫でると、
幼い姫はかわいい笑顔で応えた。
「これはあらゆる事からミーシャを守る
魔法がかかっていて、世界に一つしかないから
大事にするんだよ」
ミーシャはゆっくりうなずいたが、
あまりの美しさに見惚れたままで、
話はほとんど聞いていなかった。
ロバート王の意中以上に事は進んだ。
逆に罪悪感さえロバート王は覚えたが、
リュウガは並の人物ではないことを考えると、
我々が画策したことが分かっていながらとも考えたが、
それを踏まえてもあり得ない事だった。
彼は並外れた人物であるが故、
常人では理解できないとロバート王は思うしかなかった。
確かなことは、彼は安易な事は絶対にしない人物であり、
事の重みを誰よりも理解しているのは、
彼自身だと言う事だった。
初代領主であった流威が、
片割れの対となる真宝命をロバート・エルドール王に
渡した記録以来、実際の所は、リュウガが渡した記録しかない。
真命玉とはこの大陸に来る前の地では、
至宝の玉があり、その名残が続いているだけであって、
品物の形状は世継ぎ自身が決める事で、
何になるかは決まっていなかった。
同じものだと完全に複製される事は無理でも、
近しいものを創られる恐れもあった事から、
そのように決めていた。
ミーシャに渡した対となる腕輪は
白金合金材と呼ばれる、
刃黒衆の一子相伝の細工鍛冶屋が創った
他には誰も作成できない物であった。
リュウガは高質で非常に硬い鉱質を黄金に配合した物で、
黄金に腕輪に黒色の刃黒の剣の模様を入れた
世に二つとないものであった。
ミーシャの腕輪には黒色の刃黒の剣をおさめる
鞘の模様を入れてあった。
どちらも細やかな模様が彫り込まれており、
至高の芸術品と言えるものだった。
誰もが欲する真の宝物は、
こうしてまだ幼いミーシャ姫のものとなった。
彼女以外の言うことには応じない。
仮に盗んだとしても、
刃黒衆を敵に回すので、
誰も手出しできない真の宝物であり、
彼の言う通り、お守りとしての効果は絶大だった。
誰も何も聞けないままだったが、
リュウガとしては単純な話だった。
サツキはあまりの事に、リュウガに尋ねた。
彼の意外な答えにサツキは彼の本来の姿を見た。
「サツキの言う通り、仲のいい家族なら
女の子を泣かせちゃだめだろ?
あまりの泣き顔に守ってあげようと思っただけさ。
あれがあるだけで、あの子が泣くことはなくなるだろう。
戦も減り、仲の良い家族で過ごす時間も増やせるし、
色々な問題も解決するはずだ。
あれがあるだけで、それらの殆どの事は
すぐに片付くと思えば安いものさ」
リュウガらしいと言えばそうであったが、
サツキは彼の本来の優しさに触れた。
そして彼には無縁の世界だから、
他の誰よりも守ってあげたくなったのかと、
悲しくも理解した。
豪華絢爛な宴も終盤にさしかかり、
リュウガの予想通り複数の男が中央に出てきた。
いずれも体格が大きく、如何にも腕自慢な面々だった。
一人の大男が一歩前に出て来た。
「不躾ながら、世界一と呼ばれる
刃黒流術衆の方々に試合を申し込みたい」
その言葉と共に黒衣の者たちに横目を使った。
アツキとサツキはゆっくりと席から立ちあがった。
「二人も必要ないだろう」
彼は前を向いたまま、背後の二人に向けて言った。
横目を使っていた大男は黒衣の者たちのほうを向いて、
如何にも重そうな鉄で加工された棍棒を
床に立てて口を開いた。
「このような機会は生涯で一度きりの事!
是非ともリュウガ殿にご教授願いたい」
(俺かよ‥‥‥めんどくさいな)
リュウガは心の中でそう思った。
直属の漆黒の者やサツキ、アツキは、
笑いに耐えるために下を向いた。
「今日はいいものが見れた。ご指名とあらば仕方ない」
リュウガはお姫さんに手を振った。
ミーシャは小さな手で彼に手を振りかえした。
背後で二人が席に再び着きながら、
笑いをたえているのは伝わった。
「リュウガさま! ご指名ですよ!」
アツキが後ろから茶化してきた。
わかったよと言わんばかりに青年は立ち上がり、
黒装束を脱いでみせた。
それを自分の席の机にかけて、中央に出てきた。
周囲からは刃黒流術衆の技を見られるのかと、
どよめきが隠せないほど、大きな騒めきを見せていた。
「若さま! がんばってください!」
アツキが笑いに耐えながら応援した。
「何をもって勝敗をわけるのだ?」リュウガは問うた。
「このような機会は一生に一度しか得られませんので、
命懸けでやりましょうぞ!」
「祝いの席だ。血を見せる訳にはいかないだろう。
気絶か敗北を認めたら負けにしよう」
彼は落ち着いてそう言った。
「わかり申した!」
「わかっていると思うが全員一度にきていいからな。
五体満足で帰してやるから、
安心して殺すつもりできていいぞ。
俺は素手で十分だが、遠慮なく武器も暗具も、
使っていいからな」
リュウガは余裕な表情で、何事もないようにそう言った。
「ではどなたか開始の合図をお願いしたい!」
大きな男は大声で呼びかけた。
アレックス王がゆっくりと立ち上がった。
そして大きく呼吸して発した。「それでは始め!!」
周囲を七人の大男に囲まれたリュウガが
見えないほど球状状態になった。
全員が一斉に青年めがけて、それぞれの得物を振り下ろした。
彼は演舞のように、全ての攻撃を避けていった。
柔軟な体を駆使して中央から一歩も、
動かず上半身だけで幾度も避けた。
長柄の片刃の大きな銀槍で、若者の足元を横に払った。
ディリオスは軽くのけぞったかと思うと、
そのまま空中で数回転し、再び同じ場所を足場とした。
すぐに上下段を左右から一斉に斬りつけた。
彼は軽く浮くように、上下段の中央を回転して避けた。
最初に戦いを申し込んできた者が、
鉄の棍棒で彼の真上から振り下ろしてきた。
リュウガはそれを避けず、二指でそれを受け流した。
戦いの構えは一切見せず、演舞を取り入れた
独自の回避を使ってそれを続けた。
あまりの美しい演舞に、アツキとサツキも見惚れた。
リュウガの演舞など長い間見た事はなかったが、
その舞の華麗さに身体の芯が二人とも熱くなっていた。
日々の鍛錬を怠っていないことの証明であり、
アツキとサツキを筆頭とした刃黒流術衆たちは、
他の人がリュウガを見る目と、違う視点で舞を見ていた。
数十手の攻撃を演舞で交わした後、
自らの速度を増していき、
終曲であるような美しい舞で回転しながら、
指先で浅く、急所を目で捉えることが出来ない速さで、
触れるように優しく突いていった。
周囲の者たちは只々その華麗な舞に見惚れていた。
突かれた者たちは己の武器が持てなくなり、
鈍い音をたてながら床に落としていった。
リュウガは最後まで己の位置を変えることなく
勝負は決した。
最初は誰もが刃黒流術衆の技が見られるのかと
心を踊らせていたが、戦いであったことすら皆忘れていた。
舞が終わっても、倒れている七名は視界にすら入らなかった。
少しの間をおいて、目が覚めたように
アレックス王は立ち上がり拍手した。
皆も夢から覚めたように、
拍手で壁がその響きで震えるほどの喝采で褒め称えた。
そんな中、少年が近づいてきた。
顔つきからミーシャの双子のカミーユだとすぐに気づいた。
少年はリュウガに殴打や蹴りをしてみせた。
青年は少年の頭を撫でて話しかけた。
「強くなったらまたやろうな」
幼子は首を大きく縦に振った。
ミーシャはリュウガの足に抱きついてきた。
「お嫁さんになる!」
若者の周囲の皆が微笑ましくそれを眺めていた。
「大きくなったらな」と、
頭を再び優しく撫でてリュウガは笑顔で約束した。
アレックスは視線で礼を述べ、席に座った。
リュウガが席に戻ろうとすると、若者が声をかけてきた。
彼は待っていたかのような表情をサツキたちに見せていた。
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