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第一章第十九話 北国からの恩返し

次の日のまだ薄暗い早朝、リュウガは配下全員を
一同に集めていた。

元父王の近衛兵隊長であったギデオンを
副将に任命した事を伝え、レガが残してくれた
特殊能力に関する情報を共有した。

ギデオンの配下であった近衛兵たちは、
リュウガの見込んだ者たちの配下として、
連係技や能力開花の基礎となる精神、身体
エネルギーの総量を増やすために、
基礎鍛練に加えて、本気の組手を追加した。

つまりは武器の使用を解禁して、それぞれの
得意の得物での戦いで、実践に限りなく近い、
多少の負傷は覚悟の上での戦いとした。

誰もが一騎当千の者たちであったため、
深手でなければ、身体エネルギーによる回復で
それほど問題は無いとリュウガは判断した。

彼の心を何よりも動かしていたのは、
レガの最期の言葉であった。

自分にしか世界は救えないと彼は確信していた。

彼に報いるために、リュウガは配下たちにも
今以上の強さを求め、自分自身には命懸けの
鍛練をすると誓いを立てていた。

それを知るのは、アツキとサツキの兄妹だけで
あったが、彼らもまた同じ思いをしていた。

しかし、現在での主力である刃黒流術衆には、
イストリア城塞を守る役目もあったため、
三交代制として、寝食、見張り、鍛練の順での
ものとした。

リュウガは強き者たちを味方につけて天魔に
対抗するため、アレックス王とロバート王と
相談して、イストリア王国はホワイトホルン
大陸全土にその名は知れていた為、外交面を
主に受け持ち、ロバート王はベガル平原に顏
が利くので、ベガル平原全土の部族との話し合い
を担当することになった。

リュウガは副将のギデオンを城塞都市に置き、
守りの大将として配下の多くを残すとし、
彼自身はアツキとサツキ、その他数名を選抜
して、表には決して顏を出さないが、
猛者である裏の者たちを味方にするべく、
町々へと直接足を運んで、人類の生き残りが
かかっている事を伝えることにより、仲間に
引き入れるよう動くことを両王に伝えた。

毎日必ず城塞に戻ることは、ミーシャと約束して
いることを王たちに伝えると、ホッとしたような
表情を見せた。

その際、イストリアのカミーユ王子も共として
願い出たが、アレックスに止められた。

落胆するカミーユに、リュウガは特別に選び抜いた
供の一人のハヤト・レジートにカミーユ王子を特別に
個人鍛練をするよう命じた。

明日から出発する事をアツキに伝えて、サツキの事は
そっとしておくように話した。

こうして再び、各自が慌ただしく動き始めた。
リュウガはミーシャと今日は過ごすと決めていたので、
彼女の部屋へ向かっていた時、突然、敵襲来の鐘が
激しく鳴った。

ミーシャも部屋から出てきたが、従者であるアリシアは
彼女を止めて、こちらに視線を投げてきた。
リュウガが頷くと、アリシアはミーシャを連れて
部屋の中に消えていった。

リュウガはすぐさま一番高い櫓へと駆け上ると、
更に上空を舞う白い竜が飛んでいた。

そのまま彼は敵襲来の鐘を鳴らすイストリア兵の元へ
行き、鐘を鳴らすのを止めさせると、リュウガは一人で
城外に出て行った。

そして城壁にいるギデオンに向けて声を放った。
「俺が攻撃するまでは絶対に攻撃はするな!」

彼は時間がある時は、1ページ程度しか読めなくても、
過去にあった天魔の戦いについて読んでいた。
そこに竜の事も書いてあった。

人間よりも強く、賢く、気高く、清い竜族であり、
逆鱗に触れるような事をすれば、自ら死の道を選ぶのと
何ら変わりない事であると書かれていた。

リュウガ一人で城外に出ている事に気づいた竜が
周回しながら徐々に下りて来ていた時、天馬である
アニーが竜に近づいて行った。

彼はアニーは人語を理解している自信があった。
そして竜族もまた人語を理解しているからこそ、
賢いと記述しているものであると思っていた。

アニーが近づいても、竜は変りなく周回していた。
暫くその様子を誰もが見ていた時、アニーは離れて
リュウガの近くに舞い降りて来た。

竜も続いてその身を地上に下ろすと、
彼に語り掛けてきた。

「リュウガよ。天の馬であるアニーより話は聞いた。
強く、気高く、賢く、優しさのある人間であると、
褒め称えていた。故に其方に用件を伝えるとしよう」

リュウガはアニーを撫でながら、
「用件をお聞きしよう。竜族を見るのは初めてで、
戸惑っていますが、話を伺うほどは冷静なので、
ご安心して話をお聞きしたい」

「我の主であるヴァンベルグのリュシアンからの
伝言を伝えに参った」

「リュシアン王子から?
一体何事が起きたのです?」

「今はまだ起きてはおらぬが、事が起きてからでは
間に合わぬ故、過去の恩返しをさせて欲しいと
言っておられた」

リュウガはすぐにミーシャの誕生祝の時の事だと
分かった。

「その顏は覚えているようですね」

「確かに覚えてはいるが、恩返しとは一体?」

「イストリアの王子カミーユとヴァンベルグの
王女ナターシャは深い関係にある。それに加えて
ヴァンベルグは危機が訪れようとしている。
危機が訪れた後では手遅れになる故に、
ナターシャ姫をイストリアに引き渡したいとの
伝言である」

「なるほど。了解したとリュシアン王子に
お伝え願いたい。込み入った事情がありそう
なので日時はリュシアン王子に決めて頂ければ
いいとお伝え願いたい」

「聞いた通りの人物のようだ。其方ならそう
申すであろうと言っていたので、お伝えしよう。
三日後の早朝5時に、ヴァンベルグ近くのベガル
平原にてお渡ししよう」

「三日後‥‥リュシアンは相当な危険が
迫っているようだが、助けが必要なら
私だけでも向かいたい。返答は如何に?」

ドラゴンは笑みを浮かべて小さく笑った。

「聞いた通りの御仁ですね。必ずそう言うで
あろうと言っておられた。そう言った時には
事情を話すようにと言われておる。
ヴァンベルグ君主国のリュシアンの父である
王の側近は悪魔であり、王の心は悪魔に毒され
てしまい、国家存亡の危機である。
兵士たちは悪魔に魅入られ、悪魔の兵士へと
既に半数以上が悪魔の手先となった。
リュシアンにも優れた配下は多数いるが、
劣勢であり、このままでは内紛が起こる。
内紛が起これば西の強国であるグリドニア神国
の侵攻が始まると見ている」

「分かった。三日後に私と姫は交換する
形になるので、北での衣類を用意しておいて
欲しいとリュシアンにお伝え願いたい」

「分かりました。リュシアンは我が主。
私からも感謝致します。どうかリュシアンの
力になって頂きたい」

「三日後なら急ぐ必要があるので、
これにて失礼する。竜殿もお気をつけくだされ」

白き竜は優しい瞳でリュウガの目を見た。

「人間に心配されるのは二度目です。
私はまだ成竜にはなってませんが、
相応の力はあります。ただ、悪魔が相手と
なるのであれば、今の私では力不足なのです。
それでは確かにお伝えしました」

リュウガが頷くと、白竜は大きな翼で羽ばたき
ながら、高々と空へと昇って行くと、
一度旋回して、北に向けて飛び去って行った。

「ギデオン! イストリアの守りは任せた!」

「はッ! お任せください」

彼は軽々と壁を縦に登っていくと、先ほどまで
いた部屋に入って行った。

アレックスとロバート、カミーユも中に急ぎ
入って行った。

「カミーユ! 何故秘密にしていた!?」

カミーユはリュウガの怒声に身がすくんだ。

「一体何があったのですか?」

恐れるカミーユを見て、アレックスが間に
入って来た。

「あの白竜はリュシアンからの使者でした。
私当ての使者ではありましたが、用向きは私にでは
ありません。お前だ、カミーユ」

その言葉でカミーユはようやく悟れた様子を見せた。
再びアレックス王が口を開いた。

「決して内緒にしていた訳ではありません。
話す機会が無かっただけです。必要性がある事を
先に話していた為、話す時機を逸しただけです」

リュウガは厳しい顔つきで、一呼吸置いてから
話し始めた。

「いいですか。今の世になり要らない情報など
無いのです。レガも生前、大丈夫だと思い配下を
失った事を悔やんでいました。
彼に否はありませんでしたが、私が救いようが
無かったと伝えても、後悔していました。
世界は変ったのです。
もしも、私がここにいなければ、ナターシャ姫は
救いだせなかったことでしょう」

カミーユは納得の出来ない様子で話を割って
入ってきた。

「ヴァンベルグ君主国は強国です。
グリドニア神国も確かに手強いとは思いますが、
急を要するほどまでに追い込まれる事は‥‥‥!」

カミーユはようやく気づいたようで、
一瞬、言葉が出て来なくなった。

「そうだ。今は天使もいれば悪魔もいる。
更にはどこにも属さない危険な奴等までいる。
リュシアンが言うには、父王である
イシドル・ギヴェロンは悪魔の手に落ちたと
言ってきた。既に兵士の半数以上は悪魔に
身を乗っ取られたと言っていた。
そこで俺に昔の恩返しをしたいと、あの白竜は
リュシアンの配下のようで、時間が無いから
使うしか無かったんだろう。
使い烏では白い世界では目を引き過ぎるからな。
だが、白竜ならどこを飛んでも自由きままに
出来る強さがある。
今から三日後のヴァンベルグよりのベガル平原
にて引き渡すとの事だ」

「三日後とは急ですな‥‥‥なるほど。
本当に危険だという証という事ですか」

ロバート王が静かに呟いた。

「既にあの白竜には伝えましたが、私は助けに
行きます。リュシアンも私がそう言うであろうと
予測していたようでしたので、仮にリュシアンの
護衛たちが悪魔だとしても、逃げる時間は稼げます」

「お一人で行かれるのですね‥‥‥」
アレックスは独り言のように声を落として言った。

「私の事なら心配ございません。
ミーシャとの約束通り、必ずその日に戻ってきます。
少数精鋭で行くことになりますが、あくまでも
護衛のためです。
大勢でいけば、仮に悪魔がいた場合、不信に思って
仲間を呼び寄せる可能性がありますので」

誰もが黙り込んだ中、リュウガは話を進めた。

「ギデオンは残して、私が厳選した4名と
カミーユを連れて行きます。
ナターシャ姫もその方が安心して問題なく
来るはずですので。
安全は万全ですので、ご心配には及びません。
それでは私は救出部隊の選抜をしますので
失礼します」

リュウガはそう言うと風のように去って行った。

「アツキ、救出部隊を組む事になった。
相手はカミーユの恋人らしい。
問題はヴァンベルグのお姫さんだと言う事だが、
リュシアンの手引きがあるので、問題は起きない
だろうが、お前は隊長として加わってくれ」

「リュウガ様は行かないんで?」

「いや、俺も行くが、リュシアンを助けてくる。
軽い問題だから、その日のうちに戻る。
だからお前はナターシャ姫を引き渡されたら、
城塞まで戻る役目になる」

「分かりました。本当に大丈夫なんですよね?」

「勿論だ。ミーシャとの約束だからな。
その日のうちに必ず戻る」

「その事では無いことくらい分かりますよ。
あの人を亡くしたから‥‥‥
無茶しようとしてませんか?
俺とサツキも気持ちは同じです。
だから痛みは分け合いましょう」

リュウガは長い間一緒にいるだけあって
鋭いと感じた。

「分かった。危険な任務になる。
だからお前は来ないでくれ。
ナターシャを救出するのも危険な任務になる。
リュシアンは三日後と今日言ってきた。
つまりは時間が無いと言う事になる。
今の俺なら大丈夫だ。絶対に死なないし、
死ねない事は分かっている」

アツキは軽く会釈をして納得してくれた。

「ナターシャとカミーユを頼んだぞ。
救出部隊にはヒール・アンジェラと
バイオレット・ハーツを選んだ。
あと一人はお前が決めてくれ。
合流場所はベガル平原の境目だ。
俺は当日、ミーシャが眠ってから行く。
お前たちは先に出発してくれたらいい」

「分かりました。本心を語ってくれて
気が楽になりました」

「俺も気が楽になった。お前とサツキも、
俺にとってはレガと同じく大切な存在だ。
だから絶対に死ぬな」

「それはこっちのセリフっすよ。
無茶ばかりして、時々イラつきます」

二人は軽く笑いながらも理解し合っている
事に、喜びを感じていた。

「じゃあ、任せたぞ」

リュウガは拳を出した。

それに対して、アツキは拳を合わせて強く
頷いた。




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