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「デュラハン」~第七話 オーパーツ アル・ナスラ後編

勇翔はゴーレムが形を成す前に、
口元や鼻を蹴りつけながら、頭部
まで登って行った。

アル・ナスラの砂岩だけでなく、
その周囲の砂も取り込みながら
なおも体を形成し続けていた。
勇翔は深く心の中で思った。
(親父の言う通り逃げるべきだった。
俺はここで終わりそうだ、ごめんな)

ソフィアはドローンから送られてくる
動画を見ていた。更に巨大化する
ゴーレムを目にして、不安しか過らなかった。
砂岩の怪物を前にした勇翔の顔つきは、
鋭い目つきと退こうとしない姿勢から、
精一杯食い下がろうしている事は
明白だった。

一人の若きデュラハンが、今、勝ち目の
薄い戦いに身を投じる姿を、ソフィアは
見て誰にも気づかれないよう気丈な
態度をとっていたが、涙がこみ上げて
きていた。いつも愛嬌を振りまいているが、
戦いになると最前線に立って、攻勢の
姿勢は皆に勇気を与え、勝ち続けて
きていた男が、ゴーレムを前にして、
見た目通り小さく見えていた。

ハジュンもその様子に気づいていたが、
勇翔が覚悟を決めてからは精一杯
足掻いてやると意気込んでいた。
周囲にいる他国の敵兵たちも
一切近づこうともせず、
誰もが様子を見ていた。

額にある❝EMETH❞(真理)の文字から
最初の❝E❞の文字を消したら、
❝METH❞(死)にするヘブライ語の事は
父親との少ない記憶の中にあった。

勇翔は唯一の弱点である頭部のEの文字
を削ろうとしたが、ゴーレムが足踏みを
したら地面が揺れるほどの衝撃が走り、
その勢いで勇翔は振り落とされて
しまったが、すぐに立ち上がり、再び
巨兵に立ち向かっていった。
ブレードソードでも刃が欠けないだけで、
削れないが、彼は何度も何度も剣を
振るった。

ハジュンは勝ち目が無いと知っている
のに、そのひた向きさに刃を振るう
青年に心を動かされた。
まるで昔の自分のように、熱い心が
蘇ってきた。彼は副官に防衛ラインを維持
せよと命じると、自身はゴーレムに
煙幕弾を投げつけて注意を引いた。
巨大なゴーレムの左拳がハジュンの頭上
から振り下ろされた。

ハジュンはⅢAの標準装備である
インラインスケートを軍用靴から
出していた。
更に瞬間的に速度を増す為、
電磁式カタパルトを使用して、
彼はゴーレムの腕を回転しながら登り
詰めると、まるでプロスケーターのように
空中で体勢を保ったまま頭部に手榴弾を
投げつけて、左腕に着地すると再び
ゴーレムの襲い来る荒々しい手よりも
圧倒的速度で滑り下りると、
止まる事無くローラーで
ゴーレムを翻弄し続けた。

勇翔はハジュンの疾風のように攻撃を
かわしつつも、動き周りながら
攻撃の手も緩めないのを見て、歓喜する
子供のように興奮していた。
「すげぇ!!」
勇翔の心は狂喜していたが、ハジュンは
いくら攻撃しても、ゴーレムに圧倒的有利な
地形により、傷跡を修復している事に
気がついた。
(見切った。彼が言っていたのは間違いだ。
頭文字のEを消す以外にも弱点は存在する。
どちらも急所故に危険だが、やるしかない)

ソフィアもその様子を見て、ⅢAの強さを知った
と同時に、勇翔はこれで大丈夫だと安堵していた。
ハジュンだけがこの危険な戦況を把握していた。
彼は元デュラハンだった。年齢が30を超えた時、
辞任をエクストリーム財団に表明した。
財団は彼にⅢAの指揮官を提示した。
それほどまでの強さを捨てるのは惜しいと言われ、
彼はⅢAの隊長として、改めて財団の中でも
トップクラスの偉業を成し遂げてきた。
デュラハンの時も古参の者たちは
誰もが知る任務成功率100%の男だった。

ソフィアはⅢAの強さの程は知らなかった事から、
ハジュンに関する資料に目を通していた。
元デュラハンである事や、見事なまでの経歴で、
エクストリーム財団の中でもⅢAでは無く、
Sクラスでも通用するほどの者であったが、
自らSクラスを辞退し、ⅢAの隊長を願い出ていた。

彼女はハジュンの経歴に興味を持ち、彼の資料を
次々と目を通していった。
そして手が止まった。
彼が引退を決意した意味は子供が生まれた
からであった。Sクラスは報酬はいいが、
危険な任務ばかりである。
ソフィアは知ってしまった以上、
ハジュンには生きてもらわないとと思い、
部下たちに他の国が動けなくする為に、
攻撃型ドローンを降下させるよう命令を下した。

ハジュンはタイミングを見計らいながら、
もしもにも備えるべく、勇翔が所持している
ブレードナイフをⅡA以上には支給されていた。
ハジュンは二本のブレードナイフを扱う二刀流
のナイフの使い手であった。

彼はゴーレムとの戦いで誰よりもよく観察して
いた。ナイフを突き立てただけなら修復しない
事や、切り落としやすい小指や、無意味に思える
ような耳等を斬ると、切り落とす前よりも、
斬りにくい形体に変化する事など、
細やかな所までしっかりと確認していた。
そんな彼の読みは、いつでも部隊員の誰もが
正しい事だと認めていた。

「セビル、聞こえるか?」
通常、部隊の通信網を使って伝令するものだが、
彼等は何が起こるか分からない任務に就く事が
多かった事から盗聴不可の携帯を
所持していたが、使用された事は無かった。
「はい。どうかされましたか?」
口数の少ない隊長から秘密裏に連絡がきたのは
初めての事で少しセビル・ルーは困惑した。

「俺は恐らく死ぬ。お前に後の事を頼みたい」
ハジュンは唐突に自分の死を予告してきた。
セビルは動揺したが、隊長の言葉に嘘は無い
とすぐに平静を取り戻した。
「私の任務は何でしょうか?」

「引き続き防衛ラインの守りと、私的な事を
頼みたい。
私の部屋の机の一番大きな引き出しがある。
中にはウォッカとグラスが入っている。
その引き出しは二重式になっていて、
フタを外したら金庫がある。
暗証番号は123581347だ。
最大二桁のフィボナッチ数列だから
忘れる事は無い。
前の数字を足していけばいいだけだ。
通帳と現金、あと手紙が三通入っている。
1つは妻へ、もう1つは娘に渡してくれ。
最後のは財団所属の焔に渡して欲しい。
お前を私の後任にするのに必要な事を
やってくれる。ⅢAにもなれるが、
ⅡAも選択できる。お前の選択次第だ」

「・・・隊長、奥様やお子様に何か
お伝えする事はありますか? 手紙は
事前に用意されていたのであれば、
何か付け足す事があるのでは?」
「・・・私が死線で戦っている事を
妻は知っている。一言だけ伝えてくれ。
約束を守れずすまない、今までありがとうと」

「・・・分かりました。共に最後まで
御供したかったです。後の事はお任せ
ください」

「ソフィア司令官、お聞きですよね?
話した通りです」

「・・・ええ。何でもお見通しなのね。
あなたはここで死ぬべきじゃないわ。
本来なら階級はあなたのほうが上だし、
統率力もあるからどこの支部に行っても
司令官になれるはずよ」

「ソフィア司令官、
私は副官のセビル・ルーです。今仰られた
事は当然、打診されました。しかし、
隊長は戦いの道を選びました。自分の命で
救える命があるなら・・・」

「セビル、余計な事だ。とにかく、俺が
犠牲にならなければゴーレムは倒せまい。
勇翔ではまだ無理だが、俺が布石になれば
勝ち目は見える」
二人は何も言い返せず、黙ったままでいた。
「隊長、作戦は?」
「奴の弱点は額の文字だけでは無い事は
見抜いた。何度か仕掛けてみて試したが、
額の文字が弱点だと思われているが、
もう一ヵ所ある、それは心臓の位置にある。
倒すには布石が必要だ——つまりは俺の命だ」

「ハジュン隊長、何故分かったのですか?」
セビルにはどんな考えも浮かばずにいた。
「ゴーレムが無敵だと思っている者たちは多い
だろうが、奴のパターンは見抜いた。
あの体は見せかけの砂の体と、真の体がある。
奴を転倒させて足元に注意を向けさせる。
その間にブレードナイフ二本をヤツの額と
心臓に突き刺すつもりだ」

「体が二つあると言うのですか?」

「そうではない。今から見せてやる。
よく見ていないと気づく事は出来ないから
集中して見ていろ」
彼は言葉を吐くと、すぐにゴーレムに
近づいていき、攻撃を見切り、避けながら
今度は足元からローラーに鉤爪のような刃
を出して、垂直に上がって行った。胸の辺り
を通過した時に、ナイフを一本突き刺した。

セビルはじっと見つめていたが、ナイフが
すぐに落ちる事は無かった。更にハジュンは
そのまま胸を登り切ると、その勢いのまま月
の陰に入って姿を消した。そこからガッっと
いう音と共にゴーレムの額にナイフが突き刺さった。

どちらも突き刺さったまま暫くの間それは
落ちる事無く、30秒ほどしてから胸から
ナイフが落ちて、その5秒後くらいに額から
ブレードナイフは地面に落ちた。
ハジュンは二本のナイフを回収してから、
静かにたたずむゴーレムと距離を取った。

「気づいたか?」
セビルの様子から見て気づけなかったと思った。
「いいか、奴は戦う時、砂を体の外側に小川に流れる
水のように砂で常に取り囲んでいる。ナイフが刺さった
時は、私の姿が直線で見えなかっただけで、外側を
いくら攻撃しても、砂によって流される証拠だ。
全身を30秒ほどの間で一周させていて、額にナイフ
が突き刺さったから防衛モードに入ったと見て
間違いない。そしてその奥に本体がいる。
あのアル・ナスラこそが本体で、
その他はただの砂に過ぎん。
額以外の外側の砂をいくら攻撃しても無意味だ。
我々のナイフでは無理だが、勇翔のブレードソード
なら貫ける可能性はある。その為、私は頭の文字に
集中攻撃をして、ヤツの目を引く」

一人で戦おうとするハジュンにセビルは納得したが、
実戦経験の薄いソフィアには理解出来なかった。
それなら数がいた方がいいと彼女は思った。
「すぐにでもⅡA部隊とデュラハンならそちらに
行かせられますが」
セビルは口を挟んだ。
「数の問題では無いんです。恐らく数を増やしたら
逆効果になるでしょう」
「その通りだ。勇翔には隙を見て攻撃するよう
伝えてくれ。では行くぞ!」

ハジュンは声と共にゴーレムに
無駄な攻撃を繰り返して、注意を引き続ける事に徹した。
「デュラハン。こちらⅢA副隊長のセビルだ」
「おたくの隊長さんえらく手数を増やしているが、
何か作戦でもあるのか?」
「ああ。隊長が隙を作る。隙が出来たらヤツの心臓か
頭の文字を攻撃してくれ。どうやら心臓もあるようだが、
俺たちのナイフでは届かない」

「そういうことか、分かった。俺のロングブレードで
トドメを刺してやる!」
「ああ、後は任せた」

ハジュンはゴーレムのあまりの大きさに
気づけていなかったが、ゴーレムは徐々にハジュンの
動きが読めてきていた。
彼は相手の動きを見ながら動いていた。
そう、人間の体と同じような形をしていた為、
そして動きも人間に近い動きをしていたから、
圧倒的な速度で対応できていた。

覚悟を決めた男は命を捧げる機を得て、
再び電磁式カタパルトを稼働させて一気に
ゴーレムの体の上を滑って、太陽を背に己の姿を
闇に溶かして、ありったけの爆薬を頭上に
投げつけた。

陰に入ったのはほんの一瞬であったが、
ハジュンだけには見えて無かった。
ゴーレムの頭上に砂の壁が出来ている事を。
太陽が顏を出すにつれて、諦めるかと思われたが、
男の命という真っ赤に燃える魂はまだ生きていた。
その熱い眼は暗い陰の中にあり、
誰もが見落とす事無く見えていた。

ハジュンは自らローラーを、カチッとボタンを押して
脱ぎ捨てると、それを足場にして天から地へ向けて
行くような勢いで、体に回転を加えて二本のナイフを
手にして、砂の壁をぶち抜くと、そのまま頭上に飛び乗った。
そして、ナイフの乱れ斬りで、本当の弱点を晒そうと
限りある命が尽き果てるまで斬りつけた。

勇翔はその諦めない精神を見て、心臓へ一直線に飛んだ。
が、ゴーレムの片手が勇翔を捉えて、横から殴りつけられた。
その重い重い拳打は、一撃で勇翔を吹き飛ばして、
岩場に頭をぶつけて気を失った。

ソフィアは最悪のシナリオが頭に浮かんだ。
その時、誰かの声がハジュンには聞こえた。
「お前にはまだ早いと、教えてはいたんだがね」
ハジュンはその落ち着いた声を耳にして、
聞き覚えがある声だと思った。
「ハジュン、挨拶は後にして受け身を取れよ」
その者はハジュンを頭上から遠心力を利用して
遠くへ放り投げた。
回転しながら威力を殺して、
ハジュンは即座に立ち上がった。

そして眩しく光るゴーレムの頭上に目をやった。
その何者かの動きはローラーをつけていた時の
ハジュンよりも圧倒的に速く、ゴーレムを一切
寄せ付けなかった。

その者はゴーレムの周囲を回りながら、指先で
地面に何かを描いていた。
そしてゴーレムの真正面で立ち止まると、
軽々と顔面まで垂直に飛び上がって何かを貼りつけた。
そしてそのまま地面に着地すると、
「秘伝忍術・封身回顧の術」
ゴーレムは見る見るうちに自分自身の頭に吸い込まれる
ようにして、最後は掌に乗るほどまで小さくなった。
「いい戦いぶりだった。うちの息子はまだまだだがね」
「やはり高杉さんでしたか、助かりました」
「うちの息子はまだまだだね」
微笑みを浮かべて男は言った。
「闘争心は見習うほどあります。将来が楽しみです」
「息子さんにお会いに来たのでしょう。
部下に看護させますので仮施設ですが、どうぞお入り下さい」

男は首を横に振って、
「息子に会いにきたんじゃないよ。君に会いに来たんだ」
怪訝な表情でハジュンを振り返った。
「私にですか?」
「そう、君にだよ。これを渡しに来たんだ」
それは何かの書類だった。
「私が財団と掛け合って、君を引退させようと思ってね。
ついでに退職金も多く見積もらせたから、これからは
安心して家族と暮らせるよう護衛もつけておいたよ」
ハジュンは瞼の下に透き通った涙を溜めていた。
「私なんかの為に・・・ありがとうございます」
「それは私のセリフだよ。息子の面倒を見てくれて助かった」

ソフィアはその様子をドローンから見ていた。
一体何者? と心の中で呟いていた。

「じゃあ私は用件も済んだので、このまま行かせてもらうよ」
「息子さんに会わなくていいんですか?」
「まだまだ会うのは先になりそうだ。君くらい強くならないとね。
それと、ついでに片付けておいたよ。周りにいた怖い人達をね」
「色々ありがとうございました」
「それでは君の幸せを祈ってるよ。
もしも、困った時にはここに連絡をくれたまえ」
彼は一枚のカードを差し出して、それをハジュンは受け取った。

「それではお元気で」
ハジュンは頭をグッと下げた時、地面に涙が落ちた。
「またいつか会えれば、それは運命の時だけだよ」
そう言うと男は消えていった。

勇翔を仮施設のベッドに寝かせると、
セビルはハジュンに尋ねにテントに入ってきた。
「あの人は誰だったんですか?」
「極秘情報だが、お前もすぐに知る事になる。
世界でも3本の指に入る人だ。うちではⅢSとして
在籍している」

セビルは驚きからか静かになった。

ソフィアは自分もヘリに乗り込んで、気絶している
勇翔をゆっくりとヘリに運ばせた。
「さっきの人は誰なの?」
「極秘情報です。私の口からは言えませんが、
セビルを私の後任にしますので、彼にお聞きください」
「資料は読ませて貰ったわ。これからは戦いの世界から
離れて、幸せになってね」
「ありがとうございます」

彼等が問題無く引き払うまで、男はずっと見守っていた。
そして手の平にあるゴーレムの玉を、ヘリに乗り込んだ
ハジュン目掛けて投げつけた。

彼は風を切る音から、瞬時に玉を手で受け取った。
そしてそれをソフィアに手渡して安堵の表情を見せた。
彼女もこれで面目が立つと思うと、一安心した。

そして勇翔の頭を撫でながら基地まで飛んで行った。









「奴をどうやって転ばすのですか?」
セビルにはそれすら不可能に思えたが、
隊長に作戦があるのなら可能だろうと思った。
「ゴーレムには関節が無い。今はまだ人の形
をしているが、その気になれば砂岩となって
我々の勝ち目は全く無くなるだろう。」





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