
最初の星の物語 第2話 押し寄せる黒の草原
「隊長。今はまだそのお力を皆には
隠しておいた方がよろしいかと存じます。
しかしながら、これはあくまでも
私見になりますが、
最初に目を覚ました新米兵たち5名に
近辺の偵察を命じたのですが、
1名しか戻りませんでした。
しかも何かの獣に襲われたようで、
片足が嚙み千切られて帰ってきました。
問題は会話すらできないほど恐れている
ので、一体何があったのか知りたいのです」
アランはガレッドが何を言いたいのかは
すぐに理解した。
「しかし、私のこの力は傷を治すだけかも
しれぬだろう。痛みを伴うが人外の術を
用いて治すだけなら必要ないはずだ」
ガレッドは事の状況を把握していたので、
普段は命令に忠実である姿勢をしていたが、
珍しくアランに食い下がって意見した。
「隊長がまだご存じでない事があります。
今、このイストリア城は危機に
瀕しています。
陛下たちもお目覚めにならない状態で、
目を覚ましたものたちもようやく
女子供を中心とした500名ほどしか
おりません。
伝達のハヤブサをヴェール国に
出しましたが、
返事は帰ってきませんでした。
陛下が友とも呼ぶあの方もまだ
来ていません」
アラン・ラリーズンは副隊長の意見から
事の重要性を理解して返答した。
「すぐに案内しろ。まだこの力を上手く
扱えてはいないようだ。
力を使うと全身疲労するように、
疲れが出て普段のような動きは
出来なくなるが、その新米兵に
何があったのかを知るのは
お前の言う通り重要な事だろう。
だが、おそらくは国王様たちが
お目覚めになられない場合は、
お前が陣頭指揮をとれ。
私はこの能力を使えばどうなるかは
分かっているつもりだ」
「承知致しました。もしもの場合には
私が指揮をとります。そしてまだ未知なる
お力をお使い下さる事になり、
ありがとうございます。
医療室にて治療中ですが、
隊長のお力ならすぐに治せるかと存じます。そのお力がアリスの心まで静めて
くれると良いのですが……」
アランはベッドに腰かけていたが、
立ち上がる時に本棚に手をかけるのを見て、もうすでに相当な疲労感に襲われて
いることをガレッドは知ったが、
彼に肩を貸すと指揮に支障が間違いなく
出ると考え、アリスの元までの道を
作る事に専念しようと考えて行動した。
「急いでいくぞ。お前の話からして事は
緊急を要する事態だと分かった」
「はッ! 参りましょう」
ガレッドが扉の取っ手に掛けて開くと、
自らが先に出て、
「隊長が通られる。道をあけよ!」
兵士たちは城壁に向かいながらも
アランの姿を目に入れながら、
その勇士に勇気づけられていた。
それは寒い夜明けが近づく中であっても、
誰もが頼りにしている隊長の目覚めに
歓喜していて心を強く持てていることは、
彼等の表情から伺えることができた。
配下たちの思いにガレッドは気づいていた。
それは自らも同じ思いであったからで
あった。
その戦いへの心構えは噂話が一気に広まる
ように伝染していき、恐れを無くした兵士への顔つきへと変わっていった。
(これで戦える)ガレッドは
神妙な面持ちとは
裏腹に心の中で随喜していた。
「ドクター、どうだ? 具合のほどは」
「あ、アラン様もお目覚めに
なられたのですね」
ドクターのカイラは微かに安堵の表情を
見せた。
「ああ、新米兵の様子を見に来た」
「今は落ち着いていますので、
輸血中ですがお話はできます」
隊長は新米兵アリスに対して一瞥した後に、
カイラに目を向けて、副長を見た。
それはドクターであるカイラに
特別な力を見せるべきかどうかの
視線であった。
この特別な能力は治癒に関する
ことである事以外はまだ未知の
ものであるための意味が込めら
れていた。
ガレッドは軽めに頷きを見せた。
「痛むか? 新米兵」
痛むのは分かっていながら
アランは尋ねた。
その問いは覚悟の証を確かめる
ものであった。
「隊長……申し訳ありません。
ガーランド族の族長の奥方であろう
女性に助けを求められて……
援軍を懇願されてしまい私は剣を
鞘に……片足ではもう…兵士として
国を守ると誓ったのに……これでは
もう……兵士として命を捧げる
誓いを……申し訳…ございません…」
アリスは涙を流しながら国への忠誠心
は確かなものであるのを見て、
アランは太ももから血が滲む傷口に
手を当てた。
どっと何かが乗りかかったかのように
アランは片膝を落とした。
傷口に巻かれた赤い包帯が小さく
動き出すと、ゆっくりと彼女の失った
左足の膝の辺りまで再生していった。
そこで手を放して彼は倒れこんだ。
驚きを隠せないドクターは尻目を
見る間もなく、副長がすぐにぐったりと
した重甲な武具を身に纏っている
意識を失った隊長を軽々とベッドまで
ゆっくりと運んで横にした。
「足が!?」
二人とは全く違い、動揺を見せない
副長に二人は目を向けたが、
言葉はすぐには出て来なかった。
「これは他言無用だ」
隊長の威厳を示す重くて硬い武具を
外しながら老将ガレッドは答えた。
「一体何をなされたのですか!?」
「小声で話せ。私にも隊長にもまだ
分からないが、目覚めの長さが関係
しているようではあるが、まさか
意識不明になるまで力を使うとは
思ってもみなかった」
彼はアリスの言葉に思わず何とか
してやりたいと、隊長として気丈
の振る舞いを皆の前では見せてきた
仮面が外れたのだと感じた。
それは自分も同様の思いに駆られた
からこそ、それを察することができた。
「………目覚めるまでの時間が
長いとこのような不思議な力を
得れるのですか?
だとすれば私には力が宿らない
という事になります………
このような能力があるのと無い
のでは……次元が違い過ぎます。
私は役不足でしかなくなるの
ですね……」
カイラはドクターとしての興味から
尋ねてきた。
「わからん。私が知る限り、隊長しか
このような能力を得た者はおらぬ。
ただ、目覚めだした者が増えている。
もしかしたらその中にいるかも知れぬ。
それにベスよ、お主は医師として充分
役立っている。まだ能力が目覚めて
無いだけかもしれん。
希望を捨てるな、これからが本番で
ある事は分かった」
一番驚くのはアリス・リムジーで
あるはずであったが、一番驚いていた
のは意外にも副長のガレッドであった。
アリスの血まみれで骨が突き出していた
見るも無残な傷が、隊長が触れただけで
膝頭まで皮で包み込んで、痛みも消えて
いた。
それはエルフ族の秘伝の治癒秘薬よりも
遥かに勝るものであった。
「副長、まだ希望があると言われる
何か根拠はあるのですか?」
まだ若きドクターのカイラ・ベスは
好奇心旺盛な心と魔法のような力を
目にして、自制心を失っていた。
「これが証拠だ」
ガレッド・バレリーはカイラの目の前に
立って見せた。
彼女には何も解らずに本来は穏やかな
女性であったが、理由が分からず
その気持は怒りとなり、それをぶつけた。
「どういうおつもりか分かりませんが、
何が言いたいのですか?
この緊急時に冗談ならば、あまりに
ふざけ過ぎだと思います」
ガレッドは微動だにせずに沈黙した
まま立ち尽くしていた。
貴重な時間である1分が長く感じた。
彼は気づくと思っていたが、
興奮している彼女には気づけない事を
知った。
「私は見ての通り戦士としては
高齢なほうだ」
彼女はその言葉を聞いて、ある事に
気がついた。
「最初は備わっていなかったのですか?」
老練の副将は笑みを浮かべながら
目を以て頷きを見せた。
ガレッドは齢60歳ほどの男であったが、
アランは隊長に相応しい装備をつけて
いた。
彼自身は30歳ほどで隊長になった程の
実力者はだてではない鍛錬を重ねた上
での体をしていた。
重々しい装備を身に着けながらも、
不自由無く戦える真の戦士であった。
その隊長をガレッドは軽々と抱き抱えて
いる事自体が異常である事を彼女は知った。
それは同時に特殊な力は治癒だけでは無い
ことを意味していた。
ガレッドは自らの拳を強く握ると、
彼自身でも驚きを見せていた。
そしてその拳で無造作に分厚い石畳に
拳を叩きつけた。
音は瞬速の拳により、かき消されたように
ほとんど無音であったが、
その石畳には彼の拳の跡がくっきりと
残っていた。
二人が目を見張る中、一人の戦士は
力強い眼差しで、薄い笑みをこぼしていた。
そんな中、駆け下りて来る無骨な兵士の
足音が聞こえてきて、立ち上がっていた
副長の前に膝をついて息を切らしながら
言葉を発した。
「御報告します!
おそらくは遊牧民たちであろう者たちが
襲われながらこちらに向かってきています。
小隊長から指示を仰ぐようお伝えにきました!」
「副隊長、おそらくガーランド族でしょう」
一瞬だけの間の後に、ガレッドは問いかけた。
「敵は何者だ?」
「それが見た事も無い猛獣です。
猛獣と言うよりはあれはまるで・・・」
「はっきり言え! 時間がない」
「魔物です。この世のどこにも存在して
いなかった怪物です!」
ガレッドはアリスに一瞥の眼差しを向けた
後、報告に来た兵士に尋ねた。
「この新米兵の言う事をどう思う?」
城壁の防衛兵は躊躇いながらも頷いた。
「まだ分かりませんが、通常の獣の類では
無いかと思われます。獣程度に襲われたと
しても親交の無いイストリアに向かって来る
のは考えにくいと小隊長は申しておりました」
その言葉を聞くや否や、ガレッドはカイラに
隊長を託して、兵士と共に城壁に向かって
行った。
「ガレッド様!」
真っ先に声をかけてきたのは
カタルとゾイルだった。
酷く取り乱した様子で、それは兵士たちの
動揺に繋がりを見せていて、数は城壁から
溢れるほどまでに増えていたが、不安を
文字で書いたような顔つきをしている
兵士たちばかりであった。
すぐさま歴戦の老将はざわめきを打ち消す
ほどの怒声を上げた。
「静まれ!! 我らの盟友であるヴェール国
の親交あるガーランド族が正体不明の敵に
襲われている!
我らは剣とイストリアの大地に命を捧げる
誓いを立てた。ガーランド族を救うための
準備をしろ!
城壁に50名の兵士を配備し、城門前には
その他の全ての兵士は騎兵700名を揃えろ。
ゾイルは我の指示に従い指揮を執れ!
カタルは城壁に残り、異変を目にしたら
火矢を飛ばせ。
時間は無い!すぐに動け!」
大勢の兵士たちは命令通り一斉に動き出し、
いつも通りの戦士の早々とした正規兵の
本分を取り戻した。
「ガレッド様、申し訳ございませんでした」
猛る老将は眉をひそめて、カタルにしか
聞こえない程度まで声を落として言った。
「国王様たちは未だに目覚めておられぬが、
それは良い事かもしれん」
彼は怪訝な顔をして冷静に話す勇将の顔を
見た。
「一体どういうことですか?」
ガレッドは若き戦士に強い眼差しを浴びせた。
「お前は以前のお前と同じなのか?
何か自分に異変は起きておらぬのか?」
そういうと、彼はカタルに城壁に転がっている
小石を投げ渡した。
「それを握ってみろ」
彼は意味も分からず、言われるがままに
小石を握った。違和感をすぐに感じて彼は
手のひらを見ると、ただの荒い砂となって
床に流れ落ちてた。
「どういうことですか!?」
「声を落とせ。どうやら我々は何かの力を
得たようだ。私やお前は目覚める以前よりも
遥かに体の強さが増したようだ。
おそらくはその差はあるのであろうが、
正規兵士たちも遥かに強くなっているだろう。
話の続きは、この事と関連のあるであろう
敵を倒してから話すとしよう」
踵を返したガレッドにカタルは急ぎ声を
かけた。
「副隊長! 何故、弓で敵の戦力を削がない
のですか?」
言葉を発してからすぐに悟りの目を見せた。
「そういうことだ。何かあれば報せの火矢を
飛ばせ。頼んだぞ」
これまでの力加減で弓の玄を引けば、
玄が切れるために騎兵とした事をカタルは
理解を示した。
「ゾイル。奴等を蹴散らすぞ」
いつもとは違い、荒々しく興奮する愛馬に
不安な表情を隠せずにいた彼に対して、
老将は声を上げた。
「よいか! イストリアの騎士たちよ!
敵は魔の獣ではあるが、恐れる必要はない。
我らは神の加護を授かった。
今宵はその力を存分に使って敵を討つ。
これを見よ!」
ガレッドはとても一人で開ける事は不可能な
城門の前に立つと巨大な閂を軽々と抜き去り、
両手でグッと握り手を掴んだ。
城を守る城門は重く太く頑丈に造られていたが、
彼は力任せにその門を開いて見せた。
そして彼は振り返ると騎兵の騎士たちに向かって
咆哮を以て呼びかけた。
「我らは今宵、悪を討つ!
イストリアの騎士たちよ!
剣に誓った誓いを果たせ!」
騎士たちの指揮はこれまで見た事が無い程の
高まりを見せて歓声をあげた。
ガレッドは馬に跨ると、剣を抜いて高々と剣先を
天に向かって掲げて、一言だけ発した。
「我に続け!!」
その声と共にガレッドに続く700騎の白金の騎士
たちは、闇から向かい来る未知なる敵に向かって
駆けて行った。