万夫無当唯一無二の戦武神・呂布奉先軍記物語 第二章 第3話 地公将軍 張宝
術師と呂布が出た場所は
草木が茂る森の中であった。
しかし、地面には足跡が幾つも
あり、人が通る道は無かったが、
若葉が踏みつけられた跡や、
若枝が折れている様子から大型
の獣か、呀月か敵が通った事が
分かった。
術師は後ろにいる呂布を見て、
口に1本指をつけて、黙って
ついて来るよう指示した。
呂布は黙ったまま頷くと、
前かがみになって身を低くして
術師の後に続いて行った。
暫くすると、大きな木々が何本も
倒され、草木が腐り果てた広場に
出た。術師は倒された大木の折られて
むき出しになった折れ目の匂いを嗅ぐと、
まだ新しいものだと察した。
そして、呂布に手を翳して
待つように伝えた。
術師は呀月と相性の悪い敵である事を
瞬時に見抜いた。
そこから見えたものは術師を迷わせる
ものだった。
呀月と紗月の攻撃は両者の得意とする
術を利用して大抵の場合は剣の使える
呀月だった。
ここで術師の心を乱したのは、紗月の方が
先に力を使い果たした事にあった。
しかも二人で帰って来れないほど、敵を
警戒していたことになる。
つまりは二人で戻る危険性があったという
事になる。しかし何故だ?
術師は辺りを見渡しながら、首を横に振って
いた。これほどの破壊力を持ちながら、僅かな
時間さえも与えれない程までに速度もあると
なると、2、いや3つ以上は極めた者の相手だと
いうことは‥‥‥まさか! 奴が⁉
術師は呀月の隠れた場所を探していた。
彼の属性は火と金属性であった。
金属性を極めた者は超絶師という者になる。
あらゆる無機物を自在に操る術であるため、
隠れるには最適の属性と言えた。
瞬間的な攻防にも長けていて、呀月が剣を
使うようになったのは超絶師になってから
だった。
まるで妖刀のようなその剣は、呀月によって
命を与えられたかの如く、その剣先は誰にも
読めないほどだった。
今、彼が隠れている以上、その命ある剣を以て
しても、勝てない相手だと即座に見切りをつけ
て、紗月を逃がし、自らは私が来る事を信じて
やまなかったのだろうと思うと、術師は必ず
助け出すことの決意は不動のものとなった。
身動きひとつ見せない術師であったが、
呂布だけに木の葉さえも揺れないほどの
微風が当たると共に、術師の声が頭の中に
聞こえてきた。
『呂布よ。私が動いたら呀月の体を掴むのだ。
同時に私が異空間を開くき、お前を掴む故、
そのまま中に飛び込むのだ。私を信じて恐れず
に飛び込め。それまではその場から動かず
待つのだ。その時はもうすぐに来る』
呂布はこれまで感じた事の無い緊張感に
何故だか分からなかったが、今も何かが起きて
いる事だけは分かった。
森の中であるのにも関わらず静か過ぎた。
動物の鳴き声や姿も一切なく、何かに恐れて
いるかのように、姿を消していた。
術師は呀月の居場所を理解した。一番安全な所
に来ている事が分かり、二十歳に過ぎないのに、
これからどうするか分かっている事に感心を示した。
その為、術師の心は痛んでいた。
呀月が思っている事は半分は当たっていたが、
残りの半分は思いもよらない事であったからだった。
術師は呂布にはやはり運命を感じていた。
彼以外には難しい事であったからだった。
呀月を掴んでそのまま異空の間に飛び込むには、
相応を遥かに凌ぐ物理的な力が絶対的に必要であった。
静まり返ってはいたが、気配に敏感な獣たち
は逃げ出し、大勢の人間の気配を感じ取っていた。
彼は呀月に木属性の自然を操る力を使って、
準備は整った事を伝えた。
術師の足元から呀月が飛び出した瞬間に、
彼は片手で紗月たちのいる零陵城までの扉を作ると
同時に、「火焔極大鳳凰の舞!」と叫ぶと手から炎が
吹き出し続ける中、呂布は呀月の体を抱えるように
掴むと、そのまま言われた通り扉へと突っ込んだ。
術師は軽やかに地面を滑るような足取りで、すぐさま
示し合わせた通り呂布の腕を掴むと足に力込めて、
呂布を強く押し出した。
奉先は弾かれたように、吹き飛んだが、すぐに術師の
腕を掴もうとしたが、彼は自分自身で腕を引いて異空
の扉を閉めた。
彼は呀月に目を向けると、彼は気落ちしたかのように
視線を落として何かを知っている様子だった。
「一体どういうことだ!?」
呂布は何かを察して黙ったままでいる呀月に
襲うかのように問い詰めた。
「俺たちが居たら邪魔にしかならなかった‥‥‥」
猛る男はどうにも納得のいかない気持ちを抑えながら、
呀月の胸ぐらを掴み上げるて顏を近づけて吼えた。
「あの人はどうなる?」
彼は視線を逸らしたが、呂布は更に顏を近づけた。
「俺に分かるわけねぇだろ‥‥‥
一つだけハッキリ分かる事はある」
「なんだ? いってみろ?」
「俺たちはまだまだ弱いんだよ。
お前も、俺たちもな‥‥‥」
呂布は現実を知って、男をそのまま手放した。
地面に落ちた呀月は、力無く言葉を発した。
「紗月は、妹はどこにいる?」
「城にいる。腕利きに警護させているから心配ない。
それよりも敵は何者だ?」
呂布は視線を落として口を開いた。
「分かんねぇけど、兵士だけでも相当な数がいた。
敵将は何人か倒したが、倒しても倒してもキリが
無かった」明らかに疲労の色を見せていた。
「幻術にかかったのでないのか? 幻術なら同じ
属性を持つ妹が見破れたはずだ。まるで罠にでも
かかったみたいに‥‥‥待てよ」
「どうした?」
「何となく読めてきた気がする」
呀月は暫く黙ったまま考え込んでいた。
「確かかどうかはこの際置いとくが、あれが罠
だったとしたら納得できる」
「どういう意味だ?」
呂布は呀月が言っている事の矛盾をついてきた。
「罠だとしてもお前たちは罠にかかったんだろ?
何が言いたいんだ?」
「違う。俺たちに対する罠じゃねぇとしたらって
話をしているんだ。師は外気功も取り入れる事が
出来る。だから広大な場所での戦いのほうが有利
なんだ。俺たちはただの餌だったのかもしんねぇ。
もう木や土は俺が戦いで使っちまったからな」
「だとしてもあの人に勝つのは至難の業だろう。
到底殺られるとは思えんな。力自慢の
俺さえも、先ほど俺を押した力は、見た目では
軽く押した程度だったが、痛みさえ残るほどの
力だった。ひとまずはここに居ても何もできん。
城に入ってどうするか考えよう」
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「なるほどな。してやられたと言う訳か」
「貴様が零陵城に出向くよう仕向けたが、
ここまで上手くいくとは思いもよらなかったわ」
術師は空に浮いている人物を見上げて言った。
「だが、あの双子はただではやられん。大勢の
敵倒したはずだ。違うか?」
下からでも分かるほど、男の顏が引き攣った。
「この状況を作り出せたのであれば、奴らは
英雄として死んでいった殉教者となるであろう」
「張宝よ、戯言は沢山だ。貴様を倒し、次は
張角を倒して黄巾賊を壊滅させてみせようぞ」
「貴様! 一体何者だ!? 張梁の仇を討って
ここをお前の墓標としてくれようぞ!
コイツを喰らえ!」
張宝は両手を上げて、瞬時に至大な太陽の
ような炎を作り上げると、一気に下にいる
術師に投げつけた。
両脇の木の陰からも、小さな火炎弾を絶え間なく
撃ち続けてきたが、術師はその一瞬、一瞬の間に、
見事な体術で躱しつつ、隠していた剣をサッと
抜くと同時に、二本指を剣に当てて滑らせて風を
纏わせると、臆する事なく巨大な炎に
向かって飛び上がった。
土属性を極めた大元師である術師は、自然を操る
事ができた。飛び上がったその瞬間に、体にも風
を纏い、撃剣を持ってそのまま突っ込んだ。
秒を長く感じさせるほどの僅かな時間が経過した
時、炎の中から暗い陰りが見えたかと思うと、
瞬刻を与えず、気づけば刃が目の前に迫っていた。
空に浮いていたせいで、刹那の間での動きは
出来ず、僅かに身を下げつつ、熱気を一切感じさせ
ない鋼に違和感を覚えたが、その思いは一瞬で
掻き消された。
意識して身を下げていたはずだったのに対して、
鋭く光る刃に顏が引き寄せられていた。
張宝はその剣先が頬に当たり、炎よりも真っ赤な血
が滴り落ちる時に、鋼に映る黒い影動くのを見て
危険を感じ取り、即座に金属性である錬金術を
手が斬られる覚悟をして刃に触れようとした。
張宝は恐れから極々一瞬ではあったが、炎の中から
飛び出してきた黒い影による拳打の方が素早く張宝
の体を捉えて、異常に深く重い拳を胸に打ち込まれた。
張宝はその拳打によって吹き飛ばされる前に、
その者の腕を両手でしっかりと掴むと、業火を
生み出した。
術師は火炎の中を通る時には、特殊属性である
木属性で風を操り、炎避けとして利用していたが、
剣に使っていたように避ける風では無く、巻き込む
風を纏っていた。
張宝は拳の餌食となって吹き飛ばされたが、
術師は体中に自らの纏う風が炎を瞬時に取り込み、
彼の正体を隠すために着ていた衣類を
燃やし尽くした。
張宝は男を見て驚いた。天賦の才を生まれ持って
誕生した術師の世界では名の通った男だった。
「まさか貴様が関わっていたとは‥‥‥通りで
撃剣の扱いにも長けている訳か‥‥‥いったい
誰の差し金だ? 徐庶よ」
「私の意思だ。この十年間で乱世を正す者を
探す旅をしていた。あの双子を殺さなかった
のは賢明な判断だったな。殺していれば即座に
皆殺しにしていた。どちらにせよ殺すがな」
張宝は術師の中でも特別な木属性を極めている
徐庶に対して勝ち目は薄いと悟っていた。
せめて正体だけでも兄である張角に伝える
ための手段を考えていた。
頭にその事が過った事により、視線がズレた。
徐庶はその瞬間を見逃すほど甘くは無かった。
一足で、風を生み体に追い風を吹かせて、
距離を詰めると、焦りから不用意に手を出して
きた張宝の腕を避けて撃剣で切り落とした。
両脇にいた張宝の手下たちは背後から襲って
来たが、そのまま空中に止めたまま、張宝より
激しい烈火の焔で骨になるまで焼き尽くすと
地上に落とした。
張宝はその間に、切り落とされた腕の傷を
自らの火で焼いて止血していた。
徐庶はその行動にやや不信感を抱いた。
すでに決着はついているはずなのにと言う
決まった事に抗おうとする意味を探った。
思惑が読めずにいると、それは顏に出ていた。
迷いの顏だ。
張宝は敢えて攻めに出た。火炎を纏わせた
徒手で徐庶に襲い掛かってきた。
何かあるのかと思い、徐庶はその
慣れていない手刀を幾度か避けた後、無様に
感じて頭を掴んで終わらせようとしたが、
その手は空を切った。幻術だった。
(いつの間に? あの時か!)
それは傷口を塞ぐ行動に出た時に僅かな迷い
から隙を生んでしまっていた。
もう勝ちは決まっていた事から油断が生まれ
ていた。
しかし、逃げるという手は頭に無かった。
逃がさないつもりでいたからだ。
(仕方ない)
徐庶は張宝を逃がせば、厄介な事になる
と直ぐに判断して、エネルギーを大量に
使う事になるが、絶対に逃がさないように
森にある大量の地面の土を掘り起こしながら、
広範囲に半球形型の逃げ出す
ことを不可能にするため、更に硬質化した
ものを造った。
張宝は徐庶の近くに隠れる程度しか隙が
無かったので、それをじっと見つめていた。
彼は心の中で絶対に勝てないという思いが
強くなった。
徐庶は絶対に逃がさないために、巨大な牢獄
を造ったが、当然、見つけるためでもあった。
張宝は気配を断ち、視線も逸らして完全に
森の中でじっとしていた。
しかし、張宝にとっての悪夢はすぐに訪れた。
完全に気配は消せても、この中のどこかに
触れている限り、徐庶の支配地と言える
場所であった。木や土、水の中でさえも、
徐庶にとっては手に取るように分かっていた。
「終わりだ。お前ともあろう者がこんな
間抜けな真似を侵すとはな、
そんなに命が惜しいか?」
張宝はその言葉に猛りから来る最後の怒りを
見せた。全身に大木の高さまではあるであろう
大炎を纏うと、徐庶に襲い掛かった。
「やはり相当焦っていたようだな」
彼は一言そう告げると、炎を操り鼻と口に
火炎を逆流させた。
呼吸が出来なくなり、苦しみの声さえ出せず、
その場に崩れ去るように倒れて死んだ。
徐庶はそれを見届けると、自分の作った結界内
に敵がまだいるかどうかを入念に調べた後、
腰を落とした。
相当なエネルギーを使ったため、自分自身の
気力もかなり消費していた。
上空の背後から姿を消して近づく何者かに
気付くことは出来ずにいた。
それから三日後、呀月と紗月は気力を回復し、
師がいるであろう場所まで行った。
呂布は三千騎を率いて現地に向かった。
張宝の焼け焦げた死体は確認できたが、
争いの跡も見つからなかった。
呂布は兵士達に20名ずつに分けて、
隈なく探させたが、敵であろう死体と、
名前の彫られた撃剣を見つけた。
名剣であろうその鋼には、『徐庶』
とだけ彫られていた。
それから3日間、周辺も探したが、何の痕跡
も見つからず、零陵城に戻る事になった。