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万夫無当唯一無二の戦武神・呂布奉先軍記物語 序章

遥か昔、荊州・南陽の地に、
頭に黄色い布を巻いた黄巾党を
名乗る大軍が押し寄せて来ていた。
大将の名は張曼成ちょうまんせい
力自慢で、抵抗する村々を襲い、屈伏させ、
更に兵力を加えながら南陽城に向かっていた。

荊州を攻めていた黄巾軍の総司令官である
馬元義ばげんぎが朝廷軍に捕らえられたと聞き、
南陽城に密かに農民の恰好をさせた配下を先行させ、
民衆に呼びかけて仲間を集めさせていた。

張曼成は軍を待機させて、一騎で城門前まで進むと
槍先を南陽城郭じょうかくの太守
褚貢ちょこうに向けて叫んだ。
「我が主は天の御使いなり!それに逆らう事は罪人なり!」
内部から仲間が門を制して開城すると、
張曼成は開いた城門に向かって怒涛の如く、
駆けていくと、軍勢も一斉に城に押し寄せて
褚貢を仲間に捕らえさせると
天に逆らう罪として処刑した。

そして荊州城に囚われの身となっている
馬元義を朝廷軍から救うため、南陽城に火を放ち、
全軍を率いて荊州城に向かった。

先頭を行く張曼成の槍先には褚貢の首が高々と
掲げられているのを見た、通り道にある
村や街から恐怖に負けた者たちが彼等の後に続いた。
その数は進むに連れてどんどん増えて行き、
今や3万の大軍勢を率いる張曼成は悠々と進軍して行った。

南陽城落城の話は影の者たちにより
荊州城太守丁原ていげんと、
朝廷軍の大将軍の宋典そうてん
耳には入っていた。
しかし、その情報は南陽城落城の時の情報であった。
報告では1万であった為、難攻不落の荊州城を
指揮する宋典は余裕のある顏を見せて
城郭に椅子と机を運ばせて、酒を片手に待ち構えた。

今、張曼成が三万も従えているとは
夢にも思わず大将軍の肩書に見合う
金銀が散りばめられた剣を腰に携え、
その一度として使われた事の無い鞘を
見せつけるように撫でていた。

長きに渡り荊州城の太守をしてきた
丁原に呑めとも言わんばかりに、
酒を突きつけた。
「宋典様はごゆるりと奥にお下がりください。
反乱軍めらは私どもだけで片付けます故、
ご安心下さいませ」
と礼を以て断りとした。
「ふんッ。たがたが1万の軍勢など、
この堅固な荊州城に寄り付く事さえ出来ぬわ」
酒を断られて不満そうな態度を露わにした。

「ときにお主、大層美しい娘がおるそうだな」
酔いが回り出し、度が過ぎる発言をした。
「はあ・・・確かにおりますが、
婿はもう決まりましたので、ご容赦願いたい」

「誰のおかげでお主も、娘も、
婿も助かったのか今一度考えてみよ」
うつむき黙り込んだ丁原に対して、
宋典の配下が口を出した。
「太守殿、朝廷内でも特に信任厚き
陛下の直属の家臣であられる宋典様の
言葉は陛下のお言葉ですぞ!
よろしいですな?」

「・・・戦が終わった後に宋典様の御屋敷に
連れて参ります」
思わず剣に手をかけそうになったが、
丁原はぐっとこらえて怒りの眼差し
を床に向けた。
「陛下には丁原殿の事をよくお伝え致そう」
薄汚い笑みを浮かべて宋典は満足そうに頷いた。

太陽が、大地を焦がすほど熱する頃、
張曼成率いる3万の軍勢は、荊州城近くまで
迫っていたが、暑さにやられて士気も下がり、
進軍速度は徐々に低下していた。
特に行軍途中で加わった農民たちは、
ろくな装備も無いままだった為、草履をはいて
いる者はまだマシであったが、中には裸足の
者も多数見られ、歩けなくなる者も多数出ていた。

それを見た張曼成は、歩けなくなった者たちを
置いて、進軍速度を速めたが、それは逆効果となり、
兵士の数は激減し、2万ほどにまでに落ちていた。
荊州城の影たちはその事情は知らず、
兵士が倍にまで膨らんでいる事を報告に走った。

報告を受けた太守丁原と朝廷軍の宋典は
敵軍が2倍にまで増えている事を知り、
難攻不落の荊州城を落とす為に軍を集結
させているのだと思った。

荊州城の兵士は戦い続けて5千にまで兵力は
減っていた。
朝廷軍は荊州城を攻め立てていた
馬元義の軍との大戦で、騎兵隊三千、
歩兵五千までになっていた。
両軍を合わせても一万三千、援軍も来ない。
それに引き換え、敵は二万に加えて更に兵力が
集結すれば、この荊州城に押し寄せてくる。

勝ち目は無いと影の情報から二人は思った。
丁原は宋典の狼狽ろうばいぶりから、
この城を捨てて撤退する気だと思った。
気に食わない人物であったが、朝廷軍が
去れば、籠城戦になったとしても、
朝、昼、晩に軍を編成して、休む暇を与えず
攻め立てられれば、どんなに守りに徹しても
もって3日だと思った。

娘の婿がいればと丁原の頭を過ったが、
結婚の報告を親友にするために、
世を受けた生地に戻っていた。
影に速馬を与えたとしても、
往復で五日はかかると思うと、
生きた心地はしなかった。

彼は宋典のほうを下げた眼差しから、
そっと覗くように見上げた。
配下の者と何かを話しているのが見えた。
そしてこちらに目を向けたが、
視線を落として気づいていないように見せた。

「丁原殿、我らは馬元義を反乱軍の大将として
朝廷に連れて参る。奴等の狙いは馬元義の救出
故に荊州城には攻めて来ぬはず」
もっともらしい理由をつけて逃げ出す気なのだと
いう事は明らかだった。
仮に反乱軍に荊州城の兵士数が五千だとバレたら、
間違いなく一斉に攻勢に出る。
冷たい汗が額から滴り落ちて、床で弾けた。

朝廷軍は確かに馬元義を討伐する為に援軍として
来ていた。丁原は言葉を失い、喉に何かが詰まった
ように口を閉じていた。

「丁原殿、ご安心しなされ。娘は我が軍が宮廷に
連れ帰ります故」
どこまでも腐り切った宋典に対して、無意識に刀に
手をかけた瞬間に、宋典の近衛兵隊長の
武良ぶりょうが丁原よりも早く剣を抜いた。

城郭にいる荊州城の城兵と、
朝廷から派兵された兵士たちの間に、
目には見えないが一触即発の空気が流れた。
束の間が永遠の時にように感じた瞬間、
その空間を割るように、物見櫓に配置された
兵士の声が飛んできた。

間を置かず、高い位置にある物見櫓の鐘が
三度鳴り響いた。
それは敵兵を目視で捉えた時の合図だった。

近衛兵隊長の武良は刃を鞘にサッと納めると、
すぐに近衛兵たちに次々と命令を下し、
北門から逃げる手を打っていった。
当然、丁原の娘も連れ去る手はずを整えた後に、
敵兵の数に目を奪われていた宋典に、耳打ちした。
宋典は武良の言葉に対して、
「我が馬車に同乗させよ」と言った。
その一言は丁原の耳にも入ったが、
下唇を噛んで荊州城の兵士に防衛の指示を命じた。

痛みと鉄の味が口の中にじわりと広がるのを感じて、
理性を保とうとしていた。
武良は宋典を配下の近衛兵に連れて行かせると、
太守に声をかけた。

「出来るだけ時間を稼がれよ。荊州城は落ちても
また取り戻せばよいだけのこと。身命を賭して陛下の
お役に立つのもまた太守の務め。無用な考えは
起こさぬ方が御身の為ですぞ。貴方はここで
死すとも、血族が途絶える訳では無いのですから」

優男は笑みを浮かべて、見下すような眼を
向けながら言葉を吐いた。
そして踵を返した時、再び丁原は剣に手をかけた。
その瞬間、目の前から武良の姿が
煙のように消えたかと思うと、背後から首元に
冷たい刃を突きつけられている事を悟った。
血も滴り落ちないほど、その鋼は浅く傷跡だけを
残すだけに止められていた。

城兵が男の背後から槍で突くと同時に、
槍が届くよりも速く、兵士の間を駆け抜けた。
「無駄な事はやめなされ。貴方にはまだ生きて
貰わねばなりませぬ故」
男は慣れた手つきで剣を鞘にスーッと流し込むように
納めると、一時の間を置いてカチッと音を立てて
鋼を差し込んだ。

注意して聞き耳を立てなければ、聞こえない程の
静かな音から床に微かな振動が伝わり、
男に槍を突きつけた城兵たちの首が滑るように
石床に落ちていった。

城郭にいた首の無い城兵たちは、
痛みを感じないうちに死んでいた。
生命を失った四人の兵士たちは、
次々と沈むように倒れていった。

熱いはずの体は、風が吹く度に
厳冬のように冷たくなり、丁原は体中から
汗が噴き出していた。

「丁原様!? これは一体・・・」
城壁で、命令を待っていた兵士たちが
城郭に駆けつけてきた。
仲間の死に対して、何が起きたのか動揺する
兵士に、丁原は太守として命令を下した。

「ここはよい!
すぐに全ての弓兵を北の城壁に配置し、
跳ね橋を上げて、投石部隊の準備にかかれ!」

「朝廷軍が北門に向かっておりますが・・・」
利字は太守として再び声を発した。
「奴等は朝廷軍に過ぎん! 
難攻不落の荊州城の本領を発揮する
絶好の機会だと思って気勢を上げよ! 行け!」

彼は自分自身に言い聞かせるように
強く言葉を吐いた。

太守に命じられた荊州城の全ての兵士は、
北の城壁にずらりと並び、
手には弓を持っていた。

荊州城の住民は丁原に協力を申し出て、
自分たちの家族や恋人を守るため、
必死になって大きな投石を運び続けていた。

肉に飢えた狼のような軍勢が徐々に迫る中、
戦いは始まった。敵兵は的になる事さえも
忘れて、我先にと水で満たされた深い溝へ
飛び込んで行った。
深々と掘られた溝から自力で這い上がる
事は不可能であったが、何か策があるのだと
丁原は思った。

兵隊長はその狂った行動に対して、
不気味ささえ覚えた。
その感情をかき消すように、
太守の声が飛んできた。
林明りんめい!」

その声で彼は声を張り上げて叫んだ。
「放て!!」
今か今かと待っていた兵士たちは一斉に
敵兵に矢を撃ち込んでいった。
矢を充分に用意して、次々と敵を消して
いったが、敵兵の数は多く、溝には大勢の
反乱軍の死体が浮かんでいた。
その多数の死体の数は溝の水位を徐々に
上げていくほどのものであった。

城壁から利字は全体の状況を見ていると
一人の敵兵が、瓢箪ひょうたん
手にして退いて行くのが目に止まった。

彼は弓をすぐさま手にすると、狙いを定めて
一矢を放った。

その鋭い矢先が、兵士の背中に刺さって
倒れた。が、どういう訳か他の兵士が
助けようとする気なのか、その確実に
死んでいる兵士に駆けるのを見て、
丁原は答えを得る前に再び、無防備に
走ってくる兵士に狙いをまして
今度は頭部を貫いた。

そして直ぐに弓矢を手に取り、
弓の弦を引き絞って、倒れた者の先にいる
一騎の武者に狙いを定めて矢を射った。

その鋭い矢は真っすぐ狙い通り、
その者に向かって風を切って放たれた矢は
槍を以て軽々と跳ね返された。

お互いの目は見えずとも、姿を確認できる
ほどの距離にまで前進していた。
両者は心の中で(貴様が将か)と呟いた。

騎馬に跨った者は、手に持った槍を
城に向けて叫んだ。
「全軍前へ! 荊州城を攻め落とせ!」
声と共に、武者の後ろに控えていた
兵士たちは一斉に城に向かって駆け出した。

丁原はうろたえる事無く、声を上げて命じた。
「投石隊! 放てい!」
城壁の遥か上を、弧を描くように巨大な石が
次々に放たれてた。

その巨石は、まるで援軍でも来たように
敵を蹴散らしていき、そのまま転がり続けて
大勢の民兵が、肉と血に化していった。

それを見た城壁の兵士たちは勇気を
与えられたように、気勢を高めて声を上げた。

丁原は微かな望みが見えてきた。
勝てるかもしれないと言う
希望の光が差すように、
太陽が明るく輝いていた。

その頃、南門から四頭立て馬車と、
それを取り囲むように金色の鎧をまとった
近衛兵が、北の都に向けて出発しようと
していたが、一騎の武人が立ちはだかるように
馬車と相対していた。

その武者を近衛兵隊長の武良は不思議そうに
見ていた。
何故ならその者との距離にしては、
有り得ぬほど巨大であったからだった。

馬車に乗っていた宋典は、なかなか出発しない
事に苛立ちを覚えて武良に声をかけた。
「武良よ、何事ぞ?」
「はッ。今暫しお待ちくだされ」

武良は前方を固めていた直臣の近衛兵10名に
命を出した。
「あの者を討ち取って参れ」
近衛兵たちは馬上から武良に向かって頷くと、
馬で駆けて行った。

それと同時に、一騎の武人も馬を疾駆させた。
明らかに速い馬に乗った上半身裸の男が、
近づけば近づくほど、その巨大さに冷や汗が
出るほど驚いた。自分たちの名のある馬がまるで
子馬のように見えるほど、その真っ赤な馬は
巨大な体を乗せるために産まれてきたかのように
至大だった。

近衛兵10名は一斉に襲いかかったが、
馬上の男が振った巨大な│戟《げき》は、疾風の如く
その者たちを一撃で吹き飛ばし、
軍を前にしても恐れる事無く、
更に馬を加速させて近づいてきた。

武に秀でていた武良ですら、その勢いに
飲まれるように恐れを抱いた。
周囲の近衛兵たちも馬を落ち着かせながら、
尋常では無い敵に対して、
自分たちの将である武良に目を向けた。

周囲の目から、己が行くしか無いと思った
武良は迎え撃つために、馬に蹴りを入れて
走らせようとしたが、恐れているかのように、
馬は大きな叫びのような嘶きを上げた。

武の誉として陛下より送られた白馬が、
まるで子馬に見えるほど、
鮮やかな赤い巨大な馬に跨る至大な男を
目の前にした武良は「死」と言う思いに、
体中から溢れ出すほど満ちていった。

剣を抜く気も失せるほどの敗北感を
味わい尽くした頃、自分の下半身が
馬上にある事を知った。

一瞬にして薙ぎ払われた武良は、
自分の体を見ながら死んでいった。

近衛兵たちは男から少しでも遠ざかろうと
後ろへ下がって行く中、
女の叫び声がおとこの身体を貫いた。
「奉先!!」
その声は妻になる貂蝉の声であった。

誰もが恐れる男の目が赤く光りを放ち、
目の前の馬車の幕を、ゆっくりと戟先で天に
向かって持ち上げると、永遠の伴侶と男がいた。

宋典は視線をゆっくりと、上に上に上げていった。
赤い眼が怒りを放ち、自分を見下ろしていた。

長い戟を反転させて、刃の真逆にある石突いしづき
突き出し、そこに貂蝉はしがみついた。
そのまま愛する伴侶を懐に入れて守るように、
馬上に乗せると、巨大な優しい手で、
彼女の目をふさいで、怒りの眼光で男を睨みつけて
宋典の体を太陽を受けた刃の一閃の元で、
一瞬で首を刎ねた。

まるで何事も無かったように、
巨馬で南門に近づくと、近衛兵たちは馬から降りて、
臣下の礼を取った。
その中を堂々と突き進むと、次々と男に対して、
ひざまずいていった。
八千の兵を得た男は、そのまま南門を通過して
それに続くように朝廷軍も後に続いていった。

義父上ちちうえ、只今戻りました」
城郭にいた丁原は、その声で振り返った。
そこには婿と、娘の貂蝉もいた。
その後ろには逃げたはずの朝廷軍もいたが、
宋典も武良もいない事に気づくと、
丁原は直ぐに理解した。

「よくぞ戻ってくれた。これで勝利は間違いない」
ほっとした様子を丁原は見せた。
貂蝉が微笑みを見せると、奉先も笑顔で応えた。
そして敵に目を向けた。
「義父上、あとはお任せくだされ」
義理の父親は安堵の表情で頷いた。
「貂蝉、直ぐに戻るので待っててくれ」
彼女もまた彼に恋する眼差しで頷いた。

彼は深紅の巨馬に跨ると、一層大きく見えた。
正に鬼神だと誰もが思った。

疲労の色を見せていた荊州城の兵士たちに
休むよう声をかけて、城門を開かせた。
城門が開くと、一騎駆けで勢いよく飛び出した。
向かい風の中、黒髪をなびかせながら、
清々しい顏で男は、馬上の男を目指して一気に
駆けて行った。

その様子を城郭から父と娘である丁原と貂蝉は
安心して、見守るように眺めていた。

巨大な馬に蹴りを入れて大きく飛び上がった
先には、大将の張曼成が見えた。

人の体ほど太い戟を手に、上空から着地と時を
同じくして刃を振るった。
細枝のように見える槍ごと、張曼成は縦一閃に
一撃で、槍も、体も、馬も叩き潰された。

大将を失った反乱軍たちは、
後に残った漢の存在だけで、逃げ出した。
荊州城の兵士たちは城壁から歓喜の声を上げた。

張曼成の軍勢敗北の報せは、
瞬く間に広がっていき、敗軍させた者の名も
広まっていった。

その噂を耳にして、一人の男が微笑みを浮かべて
冷たい茶で一気に喉を潤して、一言、呟いた。
「呂布よ、遂に動く時が来たか」
男は茶代を席に置くと、立ち上がり、馬に跨ると、
襄陽城を目指して馬を走らせて行った。

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