第一章第十八話 リュウガ対コシロー
リュウガは目視で弟を見つけたが、
レガの姿が無い事に気づいて、
更に離れた場所にいても
聞こえるようなを大声を発した。
「おい! レガをどこにやった?
今ならまだ見逃してやるから彼を引き渡せ。
俺だけがお前の素顔を知ってる事を
貴様は知ってるはずだ。
鬼神よ、貴様の本当の人格と話してみろ。
少しだけ待ってやる」
「一体何の話をしてるんだ!?
鬼神って誰だ?
レガに何かあったのか?」
リュウガは明らかにいつもとは違う
コシローに対して、妙な顔つきになった。
「悪魔もさっき空にいたし、
何が起きているんだ?
兄さんなら何か知ってるんだろ?」
近づこうとするコシローに指先を向けた。
「そいつは俺の黒衣だろう。
お前が宝物庫にいくはずはない。
お前の嗅覚は獣以上に鋭い。
つまりは地下壕に行く途中で
気づいたんだな?
そうだとすれば奴等は‥‥‥
てめぇの腹ん中か?
一体お前は誰だ?
俺を兄さんなんて呼ぶ貴様は
明らかに俺の弟じゃねーんだよ。
正体を現しやがれ」
コシローは笑みを浮かべて
嘲るように大笑いした。
「ハハハハハハッ! まさかお前が
来るとはな。予定外だが歓迎してやるぜ! お前の弟は確かにいるが、
あいつはずっと眠ったままだ」
「貴様は誰だ?
俺の知ってる鬼じゃねぇな。
奴よりも危険なヤツみてぇだ‥‥‥」
「やはり鬼神に気づいてやがったのか。
アイツは確かに俺たちの中では最強だった。
弟じゃないと、あの時に気づいたんだろ?
たった一度の戦いだけで、弟では無いと
気づくお前もある意味では化け物と同じだ。
だが、あれだけでは確信を持てなかった
はずだと俺たちは考えた。
あの時から俺たちは来たるべき時まで
眠りにつく事にしたが、
力を持て余した鬼は度々出る
ようになっていった」
「来たるべき時までとはどういう意味だ?」
その一言でリュウガの目が、
鋭い刃物のように変わった。
「分かってんだろ? 兄弟。
今この時の事だと」
兄はすぐにその理由に気づいた。
「なるほどな。鬼神が頻繁に出ては、
動物の生肉を喰らっても、咎めなかった理由はそれか」
弟の姿をした化け物の形相が一変して、
笑みが消えて、真顔になった。
「鬼神が何度もお前を警戒しろと
言っていた意味がようやく分かった。
確かにお前は問題児のようだ。
ここに来たのは運が!?」
有無を言わせず、俊足からのリュウガの
拳打が腹部に深く刺さると、
前かがみになった頭部の髪を掴み上げて、
下げると同時に顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
重い膝蹴りから浮いた体を更に、
下から後ろ廻し蹴り
を背中に入れて打ち上げた。
そして自らも飛び上がると、回転蹴りを
腹部に再び打ち込もうとしたが、
相手の視線を感じて、隙を突かれないよう
足を引いてタイミングをずらして、
回転速度を高めた肘を打ち込んだ。
その際、確実に入った肘打ちに対して、
ぬるっとした違和感を感じた。
コシローを落とした間に、確かめよう
とした時、激しい憎悪を感じたかと
思った矢先に、コシローは
飛び上がってきた。
それに対して、徒手による防御態勢の
構えを取った。
リュウガの得意とする水流の拳は、
打撃を寄せ付けない流しの構えであった。
腹を空かせて飢えた猛獣のように、
リュウガの腕を両手で掴むと、
そのまま牙の生えた口を大きく開いて
噛みつきに来た瞬間、
縦拳を顔面に容赦なくぶち込んだ。
再び落ちゆくコシローであったが、
ノーダメージなのかと思わせるほど、
見事に地上に下り立つと、鼻血をふき取り
ながら笑みを浮かべて兄を見据えた。
リュウガの中で元々肌の合わなかった弟で
あったが、既にコシローは消えた存在だと
認識して殺しの対象として、殺意を見せた。
その瞬間、弟の体をした別人から笑みは
消え失せ、これまで見た事の無い顏つきに
変わった。
そして、暗殺者の下り立つ場所から、
サッと素早い動きで離れて、
まだ着地もしていないのに
いつでも戦えるよう
臨戦態勢の構えをしていた。
明らかに違うのは冷静な顏だけでは
無かった。慎重かつ的確な動きで、
完全にリュウガの間合いと、
瞬間的に出せる俊敏さをも考慮して、
まるで見切ったかのように距離を
取っていた。
リュウガが着地する刹那のタイミングで、
まるで合わせたかの如く、襲ってきた。
自分の間合いだと思っていたが、
それは間違いだった。
誰かは知らないが、奴の間合いだった。
足の指先が地面に触れるか、
触れないかの時ほど無防備で
あると二人は知っていた。
明らかに戦い慣れた者の動きであったが、
臨機応変に戦うことに対しては、
リュウガの本領発揮とも言えた。
浮いているか、浮いていないかの時は、
足に力を入れる事も出来ず、
攻撃したとしても速度や威力は殺される
攻撃を仕掛ける方にとっては、
絶対的に有利だった。
しかし、リュウガの場合、難敵に出会った
時の事を考えて、相手の力を利用する事も
出来るよう工夫を凝らしていた。
勢いをつけて殴りかかってきた時、
掌で拳を受け流して、
外側の腕に掌を当てたまま滑り込み、コシローから生み出されたその威力を増して
勢いをつけさせて、自ら生み出す力では
無く、相手から発される力を使って、
己の力とした拳を極めていた。
そして今も完璧に決まっていた―――その
はずだった。
最も得意とする下段光速回転からの
肘打ちは、相手の足の骨さえ砕き、
角度を変える事により金的や、
勢いを殺さずに、拳、肘によるアッパーは、
胸下から顎まで疾風を生み出し斬り裂く程の
比類なき力の強さは、相手の体質や物質に
対して無関係に通用した。
そして今や、神の高遺伝子により
その威力は想像を絶する悪魔や天使にも
匹敵するものとなっていた。
リュウガが完璧なタイミングで技を
放とうとしていた時、不思議な事が起きた。
『リュウガ様。レガです。
時間はあまりありません。
ですので、私の最初で最後の頼みを
お聞きください』
『これは……思念か? どこにいるんだ?
お前を助けに来たが、他の場所に連れて
行かれたようで、どこにいるのか分からない』
『私のことはもうよいのです。
それよりもお伝えしなければならない事が
ありますので、どうかお聞きください』
『分かった。話を聞こう』
『ありがとうございます。
特殊能力に目覚めるには条件がありました。私は貴方様をお守りする事を
強く念じました。普段よりも遥かにです。
リュウガ様ならお気づきでしょうが、
弟君様はもう人間ではありません。
コシロー様も確かに残っていますが、
恐ろしい何かに憑依されております』
『‥‥‥レガ‥‥‥お前は喰われたのか?』
『そうです。ですから私の事は
お忘れください。
私は最後に命が消える前に、
貴方様に伝言をお伝えするために
残ったただの思念に過ぎません。
貴方様と戦えば、必ずこの一番強い者を
出す時にだけ、生まれる思念を
残したのです』
『‥‥‥分かった。仇は必ず取る。
墓も建てる』
『いえ。私の仇は今すぐには取れません。
思念故に、本来の時間の経過とは異なり、
長く感じますが、今は少しでも時間が
惜しいので、話をお聞きください』
『特殊能力の発動条件は、心に強く
根付いたものが要因だと言うのだな?』
『はい。ですが、おそらくそれだけでは
ありません。あくまでも一例として、
ご記憶ください。
そして、今、貴方様が戦っている
相手の能力は判明しました。
この者は鬼の一族の者でございます。
その中でも特殊なタイプの鬼で、
喰らった相手の特殊能力や知識、戦い方等を
三つまで保有する事ができる者です。
私と戦った時は、冷静さも賢くも
ありませんでしたが、痛みを力や
超回復できるコシロー様の能力に
敗れました。痛みは即座に己の怪我を治し、力を増していく厄介な敵でした。
私の特殊能力や戦い方などを手放す事は
無いでしょう。
私の能力は防御型のカウンタータイプ
でした。お分かりの通り、何故負けた
のか不思議に御思いでしょう。
能力を使う時に精神エネルギーを消費
する事に早く気づけば、勝てたかも
知れませんが、敗者の弁に過ぎません。
あらゆる相手に対して有効な能力です』
『確かに相当厄介な能力だ。
コシローは天魔の戦いが始まる
以前から、超回復に近い力を持っていて、
俺でも倒しきれなかった。
奴は痛みを力に変換するのか?』
『はい。その上、異常なまでの超回復も
更に上がってます。今はまだ成長段階で、
その力が今、激増中でございます。
私の最初で最後の願いは、
今は撤退して頂きたいのです』
『俺はお前がいたから今がある。
仇を目の前にして、逃げろと言うのか?
俺が負けるとお前は言うのだな?』
『その通りでございます。
貴方様も特殊能力を身につけた後に、
更に技を磨いてさらなる成長を果たした後、
私の仇を取ってください』
『特殊能力とはそれほどまでに
人外的なものであって、今の俺でも負ける
可能性がある程だと言うのだな?』
『はい…もうお時間は余りありません。
これまで貴方様にお仕えできて光栄でした。
他の誰よりも貴方様は立派なお方です。
貴方様にしか世界は救えないと
私は信じております』
リュウガは下唇を噛んで、涙を堪えて
心で念じた。
『貴方がいたからこそ、
俺は生きてこれました。
貴方の最期の頼みはよく分かりました。
今まで自分に仕えてくれた事に感謝します』
思念は空が晴れるように消えた時には、
自らの態勢は拳が胸下に当たる瞬間で
あった。
彼が膂力に力を込めれば、
風は刃物のように斬れる事を避けるため、
腕を体に密着させると最大限まで
回転力を加速させた。
小さな竜巻が生じて辺りのものは
吹き飛ばされていく中、徐々に荒々しい
風を呼び寄せているかのように、
激しい突風が大きな竜巻へと
変化していった。
それはまるで天災の怒りのようで、
リュウガは怒りと己の無力さを
鎮めるために、
無音の咆哮を発することによって、
精神を静めて竜巻の上空から
アニーの背に乗ると、
その場から去って行った。
彼の最期の思念を受け取ったリュウガは、
いつでも的確な事を言うレガの特殊能力の
凄さと、今の自分の強さでも負けると
言われた己の過信に、特殊能力を
甘く見ていた自分に苛立ちを覚えていた。
彼はイストリア城塞に着くと、アニーを
馬小屋に入れると、アツキやサツキたちが
駆け寄って来た。
二人とも自分と同様に、レガに守られながら
育ってきた事から、サツキは冷静さを失い、
大勢いる中で泣き崩れて号泣した。
アツキもまた自分への悔しさから涙を
流していた。
レガに呼応してリュウガと共に
来た者たちは、誰もが涙した。
その日はいつも以上に静かな夜を
迎えた。
リュウガはその夜、皆を呼び寄せると、
彼を偲ぶように天魔のいる世界外に対して
祈りを捧げた。
その日、イストリア城塞のアレックス王の命
によって、国民全員が喪に服した。
静かな夜の中であっても、色々な場所から
涙が落ちる声が聞こえた。
リュウガはミーシャに、いつもとは違う一面の
素顔を見せて、涙を流していた。
彼女にとっては嬉しくもあり、悲しくもある
夜であった。