
第一章 第二十三話 アクリーナ・バザロフとキーラ・バーベリ
リュシアンは一番高い場所にある
鋼鉄で出来た櫓の閉じられた窓を叩いた。
薄氷が砕け散った後に、もう一度、
窓に向かって、
握った拳をガンガンッと鳴らした。
僅かに下に隙間が見えて彼は叫んだ。
「私だ! リュシアンだ!」
「王子の御帰還だ!! 門を開け!!」
白竜から滑り降りるように
翼の上を早駆けで降りて行き、
振り向いて白竜に笑みを送った。
白竜は羽ばたくと、
白い雪が舞い散り視界が悪くなった間に、
姿を消していた。
リュシアンは開かれた門から中に入ると、
その足で王座の間に駆けて行った。
玉座に座っているのは間違いなく父であり、
リュシアンは大きな息を吐いて安心した。
「父上。ただいま戻りました」
そう言って、片膝を着いた時に
違和感を覚えた。
リュウガの従者であるサツキは確かに、
父は床に臥せっていると言っていた。
「立ち上がれ。我が息子よ」
そう言われて父は治ったのだと感慨無量な
気持ちが勝り、今となってはどうでもいい
事だと思った。
「ナターシャの姿がないが、
どこにいるのか知っておるか?」
「はい。父上の側近となっていた悪魔が
目をつけていたので、
一時的にイストリア王国にて守って
頂いております」
「そうであったか。色々大変な目に
遭わせたようだな。
我が知らぬ間にそのような事に
なっていたとは我ながら情けない」
「とんでもございません!
父上だからこそ耐え切れたのだと
私は固く信じております。
そう言えば、ラヴローの姿が見えませんが、
何か御申しつけでもされたのですか?」
王は見た目も漲る程の力を
身につけており、
白髪は黒髪になっていて、
全盛期よりも力強いのではないかと
思わせるほどの容姿も圧倒的威圧感も
取り戻していた。
「レオニード・ラヴローは実に忠実に
余のために働いてくれた。
しかし、悪魔たちとの戦いで深手を負った。
暫くは戦うことは困難となったので、
ヴァンベルグの奥地にある療養所に
送ったのだ。
❝真氷の館❞に行くには、現実的に考えて、
この城を抜けなければ行けぬ。
グリドニア神国の大軍が来ようとも、
雪崩に呑まれて全滅するだけだ」
「そうでございましたか。
ラヴローは私の腹心です。
それにグリドニア神国は暫くは
動きが取れないとの情報も入手しました。
ラヴローの様子を見に行きたいのですが、
御許し頂けますでしょうか?
あと特殊能力に特化した特殊部隊を
作りたいのですが、
許可をくださりますか?」
「我が息子にして、ヴァンベルグの
跡取りである王子を
縛るものなど何もない。
余の許しが無くても行きたい所に
行けばよい。
しかし、ここより奥地は猛獣などもおる故、
其方の腹心や配下を連れて行くがよい。
そういった意味でも、
お前の言う通り今後の事を考えると
独自の部隊が必要になるだろう。
我が直臣以外なら誰でもお前の部隊の
一員に加えて構わん。
新たに能力者たち組み込んで、
最強部隊の指揮官となり、
グリドニア神国の制圧戦の時が
来るまで鍛え抜いてやれ。
❝真氷の館❞の警備隊長には
お主が行く事を伝えておこう。
警備も万全にしておる故、
敵と思われたらマズいのでな」
「父上のご尽力ありがたく受け取ります。
それでは準備をして行って参ります」
リュシアンはホッとした気持ちで、
父が完全復活を遂げたのは、
リュウガが話していた
❝神の遺伝子❞の働きなのだと理解した。
彼の言う通り、時間はまるで止まったように
遅く進んでいる事をリュシアンは実感した。
「それでは父上。私は❝真氷の館❞に行って
ラヴローの様子を見て参ります」
「道中気をつけて行け。
猛獣も以前の猛獣とは
訳が違うようだからな」
リュシアンは礼を取った後に、
踵を返して王の間を後にした。
同行者は、ナターシャ直属の良き相談役で
あり、護衛官である孤立化していた
ソフィア・ウルノフもナターシャと
合流するまでの期間限定で、
独自の特殊部隊である
❝ハウンド部隊❞に組み込んだ。
その他、ラヴローと同様の三腹心の二人を
副隊長として入れた。
両者とも既に特殊能力に目覚めており、
その力は絶大なものであった。
王子は王の言葉を理解して、
護衛役として適任である腹心である
サウロ・ロビンと
アルベルト・バジルを連れて
行く事にした。
サウロ・ロビンは攻撃型特化の
特殊能力者であり、
アルベルト・バジルは
攻防選択型の特殊能力者であった。
ソフィア・ウルノフに関しては
能力者である事しか
分かっていなかったが、
妹の護衛官を務める以上、
相応の実力者である事だけは
分かっていた。
四名は兵士たちも噂しか聞いた事の無い、
ラヴローの怪我を治していると
言われるヴァンベルグの最奥地へと
足を進めた。
ラヴローの怪我も治っている頃か、
もうすぐ完治すると父王から聞いていた。
連れ帰るのが第一の目的であったが、
王国の王子である自分ですら
知らない施設にも関心を抱いていた。
(一体いつから存在していたのだろうか?
王子である自分に秘密裏にした理由は何故?)
幾つもの思いが交錯する足取りを
重く感じていた。
「王子。あそこのようです」
アルベルト・バジルは白い雪で
カモフラージュになっている
施設を指さした。
「あれが医療施設なのか?
しかし、何故奥地に造る必要がある。
前線からここまで運ぶ間に
重傷者なら死んでしまうと思うが‥‥‥」
「前線が危険だからですかね?
この辺りにはあの施設以外は何も
ありません。
民たちは皆、南に居住地を構えています」
「お前たちはあの施設の事を
知っていたのか?」
「いえ。我々も初めて知りました。
最新情報を入手しましたが、最近改めて
造り直された施設のようです」
「造り直された? それは確かか?
修復や増築ではないのか?」
「はい。完全に破壊して
一から造り直されたと命令書には
記載されてました。
国王の烙印も確かめましたが、本物でした」
「そうか‥‥‥敵からの攻撃を
受けたのかもしれないな。
悪魔や天使が見つけて
破壊されたのかもしれないが、
奴等に見つかれば生き残った者は
いないだろう。
だから、奴等にも見つからないように、
あのように上空から見ただけでは
ただの雪原のようにしたのかもしれない」
「確かにその可能性は充分にありますね」
「分からない事の方が多いが、
行けば分かるだろう」
彼らがそのまま進んで行くと、
警備兵たちに止めようとする
様子を見せずにいた事から、
既に父王から伝わっているようであった。
入口近くまで行くと、厳重なドアが開き、
中から出てきたのは
二人の女性であったが、
すぐに責任者だと分かった。
二人は軍人のような制服を着ており、
リュシアンとは初対面であったが、
規律に厳しいようで、
しっかりと礼を取ってきた。
「国王よりリュシアン王子が
視察に来ると報せは受けております!
私はこの施設の警備隊長を
受け持っているアクリーナ・バザロフ
と申します。
王子にお会い出来て大変恐縮では
ございますが、
御来訪下さり感激しております!
後ろに控えておりますのは、
警備副長のキーラ・バーベリと申します。
この施設は医療施設ではございますが、
訓練施設もございます。
ですので、このように広い施設と
なっております」
「つまりは訓練で怪我等を負った場合に
備えて迅速に対応出来るように
医療施設もあると言う事か」
「その通りでございます。
それでは施設をご案内させて頂きます。
私はこの施設の全ての警備を
命じられておりますので、
キーラ警備副長に案内させます事を、
御許し頂きたいと存じます」
「父王の命令は絶対だ。
しっかり警備は出来てるように感じる。
戻ったら父に報告する予定だったから、
命令通りしっかりと警備を遂行していると
伝えるつもりだから、
全ての部屋を見させてもらうよ」
「はッ! 私も副隊長として全ての警備、
施設等は把握しておりますので、
御命令して頂ければどこでも
ご案内致します。
それでは中にお入りください」
リュシアンはこれほどまでに徹底されて
いるのは、父の選りすぐりの
精鋭だからこそであると感じていた。
自分のやり方とは違い、
力で徹底された部隊の凄さに
目が行っていた。
キーラ・バーベリは入口から順番に
部屋を案内していった。
訓練場では血の跡も残っている事から、
父の酷と言える命令を遂行している
事などを目にしながら奥へと進んで行った。
寒さのせいか、サウロ・ロビンは
少し目眩を起こして
僅かにふらついた。
「サウロ。大丈夫か?」
「はい。おそらく気候のせいでしょう。
ここは城よりも寒いので、
少し目眩がしただけです」
キーラはリュシアンに声をかけた。
「大丈夫ですか?
辛い場合は仰ってください。
休める場所にご案内致しますので」
「ああ。ありがとう、キーラ。助かるよ。
ひとまずは大丈夫のようだから
先に進んでくれ」
「分かりました」
先へ進んで行くと、突然、サウロが倒れた。
すぐにアルベルト・バジルが駆け寄って、
様子を見たが、意識不明の状態に
なっていた。
これを見てすぐにキーラは
横になれる場所へ案内すると
リュシアンに伝えてきた。
アルベルトはサウロを抱えたまま
リュシアンの後について行った。
「こちらです!」
キーラが二重扉になっている部屋を
開けると、中に次々と入って行った。
そこにベッドらしきものは無く、
冷たい石の床に
レオニード・ラヴローが横たわっていた。
リュシアンはドアの閉まる音がして、
咄嗟に振り向いた。
そこには小さな窓があって、
そこから中を覗いていたのは、
キーラと警備隊長のアクリーナ・バザロフの顏があった。
「どういうつもりだ!?
俺はこの国の王子だぞ!
すぐにここから出せ!
こんな山の奥地だからといって
いつまでも誤魔化せると思うなよ!
私の戻りが遅ければ必ず、
父王はこの地に兵を向けるはずだ。
今なら減刑してやるからすぐに開けろ。
父の恐ろしさを知らぬわけでもあるまい」
リュシアンの怒気は、施設が震えるほど
まで高まりを見せていた。
中を見ていた二人は最初は笑みを
浮かべていたが、
リュシアンの強さは建物を
揺り動かすほどであったのを
目の当たりにして、
笑みは自然と消えていた。
「分かったのならいい。さっさと開けて
どういう訳か話せ。今すぐにだ!
これは命令だ!」
再び二人は笑みを浮かべて、
警備隊長のアクリーナは
言葉を口にした。
「リュシアン王子。まだお気づきに
なりませんか?
それも仕方のないことでしょう。
しかし、冷静に考えてみてください。
貴方にはそれだけの賢さがある」
そう告げられ、リュシアンは頭に
悪夢が過った。
「‥‥‥父王の命令という事か?
だが一体何のためにだ?」
そう言いつつもリュシアンはバレずに意思
を持って特殊能力を使って、
ラヴローを回復させようとしていたが、
なかなか回復出来ずにいた。
「貴方は国王に対して服従して
いないからですよ」
「!? 何の事を言っている?
国王を救ったのは確かにリュウガで、
本来なら入れてはいけない者ではあったが、
あのままでは父王は悪魔によって本当の
悪魔になりかねない状況だった。
だから外部の助けを呼んだ事に対しては、
私の力不足が招いた結果であって、
他の者たちには関係の無い事だ。
私はその責任を取る覚悟は出来ている。
父王が許さないのであれば、
相応の罰は受ける。
だから他の者たちは解放しろ!」
女警備隊長のアクリーナは
全く心意に気づかない王子に対して、
呆れた顏を見せていた。
「貴方は根本から勘違いされておられますね」
「根本からだと?」
「そうです。我々が国王陛下を
裏切る事は有り得ません。
この地を知って生きているのは、
極々少数の者しかおりません。
貴方は陛下を救ったと思っておられる
ようですが、そこから間違っているのですよ」
「‥‥‥なんだと!?」
信じ難い言葉が耳に入り、
目がチカチカしてふらつく
ような感覚を覚えた。
「あの側近の悪魔は貴方の父上に
お仕えしていたのです。
しかし、それを知らない貴方は
陛下の邪魔をして、
あの悪魔を殺してしまった。
これは反逆罪に値します」
リュシアンは余りの言葉に、
何も考えられなくなって、
ただ話だけに耳を傾けていた。
「貴方とそこの皆さんには
ショックでしょうが、これが事実です。
そして皆さんは既に私の能力により、
私の支配下に落ちました」
「‥‥‥貴様!!」
「おや、流石はリュシアン様は凄いですね。
他の方たちとは違って、
実に強い精神をお持ちのようですが、
逆らえば逆らう程お辛くなるだけです。
絶望の中にあっては、
本来の力は出せないでしょう。
キーラ副隊長の特殊能力と、
私の特殊能力は実に相性がいいのです。
私たちにかかれば、貴方ほどのお方で
あっても、逆らうことは出来ません。
心を捨てて快楽に身を任せればいいのです。
陛下のために命を捧げる覚悟で
お仕えするのが忠臣というものです。
貴方はお強いからこそ、
陛下は貴方を生かしたのです。
その命を懸けて、
これからは王国に仕えるように、
皆さんに教えて差し上げるのが、
我々の任務です」
リュシアンは絶望の中にあっても、
強い精神で立とうと
したが、時間の経過とともに、
心が闇の底に落ちるのを
感じていた。