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第一章 第九話 コシローの恐るべき謎の力

リュウガは何者かが急接近している事に気づいて、
軽く跳躍しただけで高い枝の上に音も立てずに登っていた。

確かに向かってきていたはずの気配は途絶えて、
どこにいるのか探ろうとしたが、完全に気配を消していた。
それだけで充分、強者である事を悟れた。

膠着こうちゃく状態をする暇さえ無いと判断した
リュウガは先に仕掛けた。枝の上から枝へと直線的に
高速で飛び移って、餌を撒いた。

その速度は増していきながらも、枝が折れないように
飛び移った瞬間に力を殺して、再び枝の付け根の部分
を蹴りつける事により、木の揺れも僅かなものでしかなく、
こんな芸当が出来るのは、あの方しかいないと悟った。

「リュウガ様! レガです」
その一言でリュウガは地面に降り立った。

「お前だったか。見事な気配の断ち方から手練れだとは
思ったが、アレの報告か?」
リュウガは空を見上げた。

「はい。ご報告が遅くなり申し訳ございませんでした。
気絶していたんだろう。ギデオンも気絶していたから
お前も気絶していると思った。配下の者たちはどうした?」

「‥‥‥恐らくですが、悪魔だと思いますが、私が目覚めた
時には‥‥‥」
言葉を濁したのを察した。
「分かった。お前だけでも助かったのは幸運としよう」

「若。その装備はもしや‥‥‥流威様の残された物ですか?」

「そうだ。手に入れるのに苦労したが、その甲斐は充分に
ありそうだ。使いこなすまでは時間がかかりそうだが、
どれもが実によく出来た代物だ」

突然、二人ともが一斉に飛び上がった。
レガは冷や汗であろう汗が滲み出ていた。
それを目にしたリュウガは敵の強さからしても、
レガよりも強い敵だと感じた。

「レガ。お前は館に戻って仲間たちに話して欲しい。
今回ばかりは命令はせん。自分たちの意思を尊重する。
家族のいる者は除外しろ。我らはエルドール王国に向かい、
その後、イストリア王国に行く。重ねて言うが命令では
決して無い。ここはもうコシローヤツの手に
落ちるだろう。父にも一応話してやれ。言う事聞くとは
思えんがな、俺からの最後の気遣いだ」

「若はどうされるのですか? この何者かはわかりませんが、
恐ろしい魔物かもしれません」

「ここから先に行かせる訳にはいかん。進路を変えるだけ
なら困難では無い。それに俺は今は力を出していないだけで、
強さ的には同じくらいの相手だ」

主は決して強がりなど言わないタイプである事から、
これほどまでに恐ろしい相手でも戦えるほどまで強く
なっているのだと悟った。

「分かりました。それではこの戦いに身を投じる者だけに
戦いの用意をさせます。共にイストリアに逃げたい者たち
も連れていくのですね。ギデオンに関しては奴の意思に任せる
という事を若が言っておられた事をお伝えします。
準備が出来次第、出発します。一刻を争う事態なのは
私はこの目で見たので理解できます」

リュウガは頷いて見せた。

「敵がお前を襲ったら、そのまま館を目指せ。
俺が相手をするからそのまま走っていけ」

「はッ!」

レガが地面に飛び降りた瞬間、鋭い爪に光が当たり
輝きを放つのが見えた。

リュウガは神速で飛び降りて、刀は抜かずに爪を避けて
カウンターぎみに顔面に拳打を打ち込んだ。

相手は大きく吹き飛んだが、すぐに何でもないように
起き上がってきた。
「ッて―――な! お前かよ」

「そいつはこっちのセリフだ。アイツは俺の部下だぞ?
分かってやったのか?」

「いや、知らなかったが、どうでもいい。俺の求めていた
時代が到来した。
力が全てを決める最ッッ―――――ッ高の時代がな!」

感情を込めて心の底から喜んでいるのは分かった。

「まあ、お前にとっては最高かもしれんな。俺は今は
やる事がある。お前の遊び相手はいくらでもいるから
見逃せ」

「俺はお前をずっと殺したいと思っていた。
逃がす訳ねーだろ。お前を食いたくてたまんねーんだよ。
バレてるぞ‥‥‥お前の強さを感じる。お前を食えば
俺はもっともっと強くなれる!」

リュウガは目では捉えきれない速度で近づくと、
飛び上がりながらそのままの体勢で一回転しながら、
帯刀している黒刀の鞘で、喉を突き刺すように力を
込めて押した。

「分かったな? 今はまだお前じゃ俺は食えねぇんだよ。
まだやる気なら本当に殺す。俺には時間がないからな」

悶え苦しむ実弟を見てそう言った途端に、
木が何の前触れもなく倒れてきた。

リュウガは軽々と避けたが、コシローの上に大木は落ちた。
そこからぬっと巨大な手が闇の中から出て来たと思うと、
手負いの実弟はその腕に噛みついた。

実兄は関わり合いにならなくて済みそうだと思い、
その場から土埃だけを残して身を消した。

コシローは噛みついたまま、その肉を食らった。

痛みからその大きな拳を木に叩きつけたが、
コシローはその巨大な腕を走りながら、巨大な獣の顏に
拳を叩き込んだ。

頬をぶたれたその獣のふらつき加減から、力に関しては
相変わらずの剛腕であると思ったが、今はまだ身体能力
の上昇中であると思うと、力がどのくらいまで上がるか、
そして、他には見た事も無い程の耐久力、怒り、殺意、
それらを備えているコシローは恐るべき者に成長しつつ
ある段階にいた。そして、一番厄介なのは固い牙と、
強靭な顎から発する噛みつく力は、普通に物を食べる
ような感覚で、何でも食らうものだった。

その猛獣の牙というより、鋼の刃のような鋭い牙は、
狂喜に満ちた表情で血を浴びながら、噛みついていた。

巨大な拳の主は木々をなぎ倒してその姿を見せた。
百獣の王であるライオンのような顏をしていたが、
二足歩行で歩いて来て、何よりも大きさには驚いた。
そして小さな男が噛みついている拳を、思いきり
地面に叩きつけた。

地面が凹むほどの力強い力をぶつけたのに、
コシローはすぐに立ち上がり、獣のように吠えた。
口からよだれを垂らす姿を見て、捕食の王は
初めて恐れを抱いた。木を掴んで殴りつけても、
拳で何度も何度も殴りつけても、その男の傷はすぐに
回復して、立ち上がってきた。

リュウガは離れた場所からその様子をうかがっていた。
そして、自分と同様に今も尚、力が上がり続けている
事を知り、流威が言っていた、性格や得意とするもの
等が能力に影響するという事を思い出していた。

もしも、奴に超々回復力のような能力を
身につけられたらと思うと、正直倒せる自信のほうが
低いと感じていたが、コシローヤツの性格上、
誰かの配下になる事は絶対にないことだけは
断言できた。

そこで初めてリュウガは流威の言っていた
第三勢力の意味を知った。

神も魔王にも何者にも、屈する事の無い連中の事も
書かれていたが、読んでもいまいちどんな奴らなのかが
分からずにいたが、コシローのように凄まじい強さが
あれば、なるほどなと、一人納得していた。

そして敵を見て、竜王ギヴェロンの事が頭を過った。
動物であっても、神の遺伝子さえ高ければ、昇華する
事も理解できた。

そこから彼は更に考え続けて、ある結論に達していた。

ドラゴンや亜種の存在は書かれていたが、
何故、その証拠とも言うべき骨などが一切無いのかを、
防寒効果もある防具とマントに身を包み、答えを見つけ
だしていた。

我ら人間は、例え神の遺伝子が発動しても、姿自体が
変わる事は無い。だが、獣の類はそうでは無い。
奴等の世界は単純だ。力が全てと言っても過言ではない。

竜族や巨神族などもいるようだが、奴等は他のどの種族
よりも、強くて誇り高いと書庫にあった本に書かれていた。
奴等の神の遺伝子により巨大化するが、あのライオンの
バケモノよりも大きいと言う事になる。

リュウガは二人の戦いの結末を見る必要性を
感じて、一人、木の上から二人の戦いを見ていた。

真正面から思いきり殴られて、吹き飛ばされても
コシローはすぐに立ち上がってきていた。

実兄はそれが理解出来ずにいた。

あのバケモノも疲れが見え始めていた。
攻撃をしている方が先に疲労が出るはずが無い。
しかもいずれの攻撃もいくらコシローであっても、
痛みは蓄積されていくはずである程の強い攻撃を
受けながらも、全く効いて無いように見えるが、
あの喉への攻撃をした時は苦しんでいた。

本来なら死んでいるはずであるほどの威力を
のせた攻撃にも耐えていた。
絶対に戦う事が無いのであれば、知る必要はないが、
戦いになる可能性は充分にあった。
そのため、リュウガは弱点を見定めようとしていたが、
ライオンのバケモノは頭を地面に押し付け、
コシローに許しを乞うようにしているのを見て、
第三勢力と言うより、このままでは
第四勢力にもなりかねないと思いながら見ていた。

終始見ていたが、また能力が開花したら探る事にすると
決めたリュウガは、その場から去って館に向かった。


イストリア王国では大勢の兵士が気絶していたが、
大国だけあって、気を失わない一般兵もいれば、
将軍であっても気絶する人など、様々いた。

国民の中でもそういった事が多発していたため、
余計に混乱を招いていたが、何が起きたのかを
知るものはおらず、エルドール王国に連絡を取るべき
伝書鳩を送っていた。

本来ならばリュウガに連絡を取りたかったが、
あの国の王であるオーサイや、王妃コイータは、
これを機に何をするか不明であった事から、
リュウガならイストリア王国に来る際、必ず
エルドール王国に寄ると見て、ロバート王からの
連絡を待ち望んでいた。

館ではレガがギデオンに主の伝言を伝えた後、
地下の鍛練場にリュウガの配下98名を集めて、
彼の意思を伝えていた。
家族がいる者であっても、戦いたいと言う者
ばかりで、レガ的にはリュウガは絶大な支持を
受けていただけに、こうなるであろうと予測は
していた。

彼の直臣になれなかった者たちも出て来て、
人数は大幅に増えていた。限られた時間しかない為、
レガの独断でその者たちにも装備を整えさせていた。

誰もが不安はあったが、多くの者たちは自分の力を
使う時が来た事に誇りを感じていた。
それはレガやサツキ、アツキも同様であった。
誰もが殺しの技を修めていた訳では無かったが、
どの国の兵士よりも、強いという事だけは確かなもの
だった。

確かにこの時代に産まれたのは、刃黒流術衆にとっては
幸運以外の何物でも無かった。先祖伝来の殺しの技を
暗殺では無く、世界を救うために使える事を喜ばない
方がおかしいものだった。

そんな中、鍛練場にギデオンが入ってきた。
金色の鎧に宝石が散りばめれられた鞘と、白金の剣。

誰もが良い顏はしなかったが、レガとアツキ、サツキは
事情を知っていただけに、ギデオンの苦悩に満ちた表情
から何があったのか察することは出来た。

自らの命を捧げると誓いを立てた主は、戦いを既に
下りている事は予測の範囲内であったが、彼の眼は
光っていた。そして頬を伝うように一本の線が見えていた。

涙の訴えも、邪魔だとばかりにあしらわれた事を意味していた。
世界が滅する状況に於いても、隠れて過ごす選択をした。
その主を見限り、ギデオンについてきた近衛兵は、
68名であった。それは人望が無い男にとっては多すぎる数で
あった。父王の近衛兵はギデオンを含めて69名しかいなかった。

誰もが時が来れば、率先して戦いに身を捧げる覚悟があると
信じたかったが、最期の訴えも、全く以て虚しいものだった。

「戦いが終わるまで地下にて一族の繁栄を続ける」

と言われたギデオンは、初めて主に己の意見を告げた。

「敵は圧倒的多数で、エルドール王国やイストリア王国は
立ち上がるはずです。北方の国々も立ち上がり、狩人たち
も争いを止めて、結束することでしょう。
そして我らは最初に動くものだと、各国の王たちは待って
いるでしょう。戦いの鐘を今か今かと待ちわびているはずです」

彼の言葉は虚しく、目を合わせながらも酒を飲み、口の中で
味わっていた。

ギデオンはそれを見て、眉間にシワを寄せながら、手で目元を
隠した。そして覚悟を決めたように、

「最後までお供をしたかったです」

と言うと、黄金の兜を脱いで王の豪華で大きな飯台の上に置いて、
「今までご奉公させて頂きありがとうございました。私は戦い
の道を選びます」

そう言って、頭を下げた。暫くの時が経つまで下げ続けたが、

「もうよい。余の考えは変わらぬ。下がれ、目障りだ」

その言葉に、次々と兜が大きな食膳から落ちるほどまで
置かれていった。

そして黄金の近衛兵から、再び漆黒の者としての装備を
整え始めた。

ギデオンたちの装備が整った頃、リュウガが入ってきた。
彼は部屋に入るなり、
「いけるか?」とだけ尋ねると、「いつでも!」とレガ
が答えた。

「ではまずレガを大将として補佐を二名選んだら、
エルドール王国に向かえ。そして事情を話してイストリア王国
に共に向かって進め」

「若はどうなさるおつもりですか?」

コシローにもう一度会ってくる。確かめておかねば
ならない事がある。俺を待たずに出発しろ」

「はッ。お気をつけて」

リュウガはそれだけ伝えると、再び出て行った。


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