第一章 第二十一話 リュウガの死闘
リュシアンは手を上げて、
門番に合図を送った。
巨大な扉に薄く張られた薄氷にヒビが
入っていって門が開かれた。
道中でリュウガはリュシアンに王が
割って入って来た場合の事を問いかけていた。
北の勇者と呼ばれている男は誰にも見せない
ような、悔いを残しそうな顏を見せていた。
リュウガはそれを察して、そうなった場合、
自分が気絶させることを、彼が答える前に
言い渡した。
気絶させた後に、預けると言った。
劣勢になった場合、人質とされる恐れが
あったからだった。
彼の顏は安堵感から涙を流しそうになったが、
すぐに凍りついていた。
しかし、顔つきだけ見れば充分に気持ちは
伝わってきた。
門が開かれて、三名は中に入ったが、
リュシアンが先頭に立って、その後ろに
レオニード・ラヴローと同等の立場のように
する事により、誰も止めようとする者は
いなかった。
リュシアンは毛皮を着たまま、王室に続く
大きな螺旋階段を一歩一歩踏みしめるように、
力強く上がって行った。
壁は粗削りを見せていて、巨大な山を削って
造り上げたことを知り、外壁の厚みから
門さえ守っていれば、天然の要塞として
敵を寄せ付けないだろうと思った。
そうしているうちに、赤いカーペットが続く
最上階について、嫌でも二人の緊張感が
伝わってきた。
リュウガはリュシアンに、戦いの場は恐らく
王室になるであろうと話していた。
外に逃がせば地の利で劣り、逃げられてしまう
可能性があったからであった。
邪魔してくる兵士たちは殺す事になる可能性が
高くなることを告げて、出来るだけ邪魔が入らない
ようにするのが、二人の役目となっていた。
王の配下によって門は開かれて、リュシアンは中に
入れたが、ラヴローと顏を隠しているリュウガは
止められた。
槍を十字にして、行く手を阻んだが、兵士たちの
がら空きの腹部に、リュウガの拳が同時に入り、
声も出せないまま前に倒れた。
ラヴローはそれを見て殺したのかと思ったが、
「大丈夫だ。気絶させただけだ」
彼の心を察したかのように、そう呟きながら
中に入って行った。
中には王の護衛の兵士が二名と、王座に座る
王とその隣には、例のものがいた。
緑色のフードを深く被り、王に何かを耳打ち
していた。
リュシアンたちは戦に慣れてはいたが、
個での戦いには慣れてはいなかった。
その点、リュウガたちは暗殺者の末裔として、
個での戦いに慣れていた。
そして彼は歴代でも1、2を争うほどの者で
ある事は今では誰もが知っていた。
リュシアンが王に言葉をかける前に、
リュウガは動いていた。
王座まで階段が五段あった。
彼は一段目で階段にヒビが入るほどの力を
込めて飛ぶと、来ている白い毛皮を一回転
しながら脱いだ後に、王たちに投げつけて
視界を奪った。
そして跳躍からの一撃は側近に向けられた。
しかし、その拳は重厚な壁を殴りつけていた。
躱された事に対して、リュウガの
口元は緩んだ。
玉座とは逆の方へと躱していたため、
王が騒ぎ出せば兵士たちを動員すると見て、
リュウガは一番簡単な暗殺拳で気絶させると、
そのままリュシアンの方へ力を殺して、
浮かせるように足を腹部に当てたまま
投げつけた。
そしてすぐに視線を戻したが、奴は消えていた。
ほんの刹那の間であった事から、直感的に来ると
感じて、攻防に長ける三角飛びで敵の居場所を
探そうとした時、影の中に入った。
彼は咄嗟に後転蹴りを繰り出した。
視界では捉えきれなかったが、蹴りと何かが
ぶつかり合う感触を確かに感じた。
そのまま、二転、三転と回転した時に敵に目を
向けるとフードの中で歓喜したような口元だけは
確認できた。
リュウガから強い殺気が放たれると、その笑みは
更に喜ぶかのようなものへと変わった。
(先手必勝!)暗殺者は本分を発揮して、得意の
瞬発力を活かした一瞬消えたと誰もが思う中、
その姿はフードの側近の真正面にあり、
敵に向けられた拳をフードの者は
両手で受け止めていた。
一瞬の隙が出来て、リュウガはもう片方の手を
刃へと変えた手刀を以て、斬りつけた。
纏っていた緑色の妖術者のような衣類は、
斬り裂かれて、床に散った。
その姿は明らかに人間ではないものであった。
苛立ちからリュウガに攻撃してきたが、
冷静でない攻撃など、彼からすれば得意の
流し打ち放題であった。
手を出せば受け流され、倍の力で拳打を
打ち込まれ、その攻防は尋常ではない速度で
あった。リュシアンでさえ目で捉えるのが
やっとであった。
全ての攻撃はリュウガに捌かれ、同じ速さで、
その威力が倍増された拳が的確に急所に入って
いたが、それらは全て微かにずらす事により、
一撃必殺には至っていなかった。
相当な手練れであると見て、何か呪文のような
人間の言葉では無い言葉を呟くと、近くにいた
兵士たちはリュウガに襲い掛かってきた。
彼の手が兵士たちに向けられている僅かな間に、
横目で様子を窺っていて、ハッと
気づいて、向かってくる兵士たちを強い掌底で
吹き飛ばすと、叫んだ。
「リュシアン! ここから全員逃がせ!」
その声に従い、ラヴローに王を預けて、
王の間から出るよう命じて、逆らう者は
強制的に連れて王室から外へ出した。
リュシアンは部屋に残って、リュウガは
これから起こる事を知っているのを、
自分も知りたいために残っていた。
「あああああああああァァァァァッッツツツ!」
その姿はどんどん強靭な肉体へと変貌していき、
先ほどまでのような人間の大きさでは無い、
正に悪魔そのものと言えるものであった。
天然の要塞で最上階であったため、高さは充分に
あったが、部屋が小さく見えるほど巨大な悪魔の
姿にリュシアンは声を失っていた。
「貴様、一体何者だ? 我の姿を見ても驚き一つ
見せぬとは、見た事があるのだな」
「まあな。なら俺が知りたい事も分かるはず。
答えてもらおうか?」
「よかろう。どうせ喰い殺すしな。我にも封印
されし者はいる。
貴様が生きている理由は知らんが、生きている
のは奇跡と言えようぞ」
「場所を変えねぇか? ここじゃあ狭くて
力を出し切れないだろう? それに逃げる
機会を得るかもな」
「我が負けるはずが無かろう。
まあよい、ここは確かに狭い。逃げるにしても
この地ではそれも適わぬであろうしな」
「この上に開けた場所がある。
そこなら貴様も力を出し切れるであろう」
巨大な翼を広げるほどの場所では無かったので、
王室の壁に穴を空けて、そこから上に飛んで行った。
リュウガはリュシアンを見たが、信じられないような
顏をしていた。
彼は悪魔が空けた穴から最上階を目指して駆け上って
いった。
リュウガが屋上へついた途端に、巨大な手が彼を
掴みに来たが、彼は逃げずに踏み込む事によって逃れ、
連続の拳打を打ち込んでいったが、思わず舌打ちが出た。
掌底に切り替えて、身体エネルギーを凝縮したものを
打ち込むと、充分な間合いは取れたが、たいして効いて
いない様子を見せていた。
ここにきて、武器が無いのは厳しいものであったが、
考えるだけ無駄であった。それに本来は暗殺拳の技
を駆使して戦うのが本分であると思い、存分に思いきり
戦ってやるとばかりの気迫から出す殺意を再び向けた。
相手はケルベロスのような雑魚とは違い、圧倒的な
強さを持っていたが、油断のならない敵だと認識
していた。
二人の思いは時間にすれば極々短いものであった。
お互いが同時に動いたが、一度見せていた瞬発力の上を
行き、リュウガは後手に回ったが、先ほどまでの戦い方
では倒せないと察した悪魔は、両手で思いきり上から
殴りつけてきた。
後手に回っていたのが仇となり、受けざるを得なかった。
片手なら拳打を打ち込む事はできたが、両手ではその隙は
無かったことから、彼は拳を合わせて両手で受け止めた。
重い一撃ではあったが、何とか拳に力を入れてブラす事で、
敵の両手は浮いて一瞬の隙が生まれた。
その一瞬を無駄にはせず、精神エネルギーを身体エネルギー
に変換して、強靭な体を更に格段に上げる事により、
コシローのような打たれ強さと純粋な力に変換させた。
対コシローの為に、考えたものであったが、長時間維持する
ためには精神エネルギーを大量に消費するため、使えないと
思っていたが、思わぬ所で活かせたと言えた。
コシローには無い瞬発力からの一撃は、コシローよりも遥かに
強力なもので、悪魔に先ほどと同様に中に踏み込んでからの
拳による高速連打は一撃一撃が重く、強靭な悪魔の肉体でも
耐え切れずに数十発の拳は、皮を破り、むき出しになった
筋肉を裂いてはいたが、確かに入れたはずの急所への攻撃まで
には至らずにいた。
しかし、残された時間は僅かしか無かった為、ほぼ互角と
言えるものであった。敵は躱さずに攻撃に集中し、
リュウガは受け流しからの攻撃のため、威力は凄まじいもの
であったが、1.5倍の時間がかかっていた。
リュウガは覚悟を決めて、わざと隙を作り誘いを見せた。
重くて大きな拳はすぐに飛んできたが、ギリギリで躱して
決め技である下方回転蹴りからの必殺の肘打ち上げを
放ったが、悪魔は初めて悪寒を感じて、身を上げて下方から
胸元辺りまでは裂けたが、決め手である顎には入らず
避けられた。
その時、空に何かを見た。
あの白竜であった。
高き場所からリュシアンが、剣を手にして飛び降りてきた。
正に彼の会心の一撃とも言えるその剣は、傷を負った体を
斬り裂くには充分であったが、咄嗟に首を横にして耳から
体の中央の腰辺りまで行くと、剣は折れたが、再び勝機が
舞い降りて来た。
リュウガの中にまで響く、掌底を裂けた肉の中から
心臓部分に向けて放たれた。内側からの掌底は、心臓を
破壊するには適切と言えるものであった。
立ったまま悪魔は死んでいた。
リュウガにはもう殆ど力は残されていなかったが、
リュシアンを掴み、「今すぐ逃げるんだ!」
「もっとヤバいのが出て来る前に‥‥‥」
呼吸も整える事が出来ない程まで、力を使い果たして
いたが、リュシアンはリュウガを見て、白竜を呼び寄せて
その場から急いで離れた。
リュウガの意識は微かではあったが、確かに残っていた。
「‥‥‥ヤバいのが‥‥‥奴よりも遥かに‥‥‥」
息も絶え絶えであったが、暫くして意識を失った。
リュシアンはリュウガの言葉から、白竜にイストリアに
向かうよう伝えた。
リュシアンはラヴローに、王と兵士たちを安全な場所まで
連れて行くよう伝えて、城から一時避難するよう厳命した。
リュシアンがリュウガをイストリア城塞に届けてから、
三日が経とうとしていた。
彼の傷だらけであった体は、徐々に回復していたが、
意識はまだ戻らないままであった。
ミーシャは泣き疲れて、眠っては起きてはまた泣き疲れて
眠るようになっていたが、回復の特殊能力を持つ
ヒール・アンジェラによって、体の傷は回復したものの、
精神エネルギーの全てを使い切ってしまっていたので、
後は、眠るのが一番の薬と言えた。
アツキはヒールを見て、役に立たないと最初は思っていたが、
リュウガが選んだだけあって、正しい選択だったと考えを
改めていた。そして同時に自分は何に向いているのかを
考え始めていた。
それから更に二日が過ぎた時、ミーシャが突然、おかしな話を
し始めた。
「だから言ってるでしょ! リュウガがもう少しで起きるから
御飯を用意しておいてって!」
カミーユは調理場でミーシャが何か言っていると聞きつけて、
向かっていた。従者のアリシア・ゴードンも意味が分からず、
困ったいた。
「ミーシャ。一体何の騒ぎだ?」
「リュウガがね、もうすぐ起きるから御飯が食べたいって
言ってたから、御馳走を作ってって言ってるの」
カミーユはアリシアに目を向けたが、彼女も全く分からない
様子を見せていた。
「ミーシャ。リュウガさんは起きたのか?」
「ううん。まだ寝てるけど、もうすぐ起きるって言ってたの」
カミーユはこの時、特殊能力である可能性を示唆した。
「ミーシャ。リュウガさんとは心で会話をしてるのか?」
「よく分かんないけど。リュウガがね、私に謝ってるの。
約束を破ってごめんって。でも御飯もずっと食べてない
から食事したら後で市場に行こうって言ってるの」
「それは、今も話してるのか?」
「うん。そうだよ」
カミーユはミーシャとリュウガは心で繋がりがある事から、
ミーシャの強く願う気持ちが、特殊能力を開花させたのだと
確信した。
「わかった。すぐに御馳走を用意してくれ。
それと宴会を開く準備も頼む」
「分かりました」
厨房は大急ぎで準備を始めた。
カミーユはその足でそのまま、父であるアレックスの元へ
向かった。
「父上。ミーシャの事でお話があるのですが」
「何かあったのか?」
「それが、恐らくですがリュウガさんと心で会話をしている
ようです。もうすぐリュウガさんが起きると言ってます」
アレックスは少し驚いたが、すぐに納得した様子を見せた。
「ミーシャが特殊能力を? リュウガ殿との繋がりを
考えれば有り得る事だと言えよう」
「それでお前は何が言いたいのだ? 何かあるから
わざわざ伝えに来たのであろう?」
「今回の事で分かりましたが、リュウガさんは非常に危険な
戦いをしています。リュシアンさんの話では目にも見えない
程の速さで戦っていたそうです」
アレックスはカミーユの言いたい事を理解した。
「なるほど。確かに命懸けの戦いの最中であれば、
問題になる可能性は否定できぬな。
だがそれをミーシャにどう話せば良いのか見当もつかぬ」
「はい。私もそう思いましたので報告に参りました。
今回の戦いではリュシアンさんも、リュウガさんが
いなければ絶対に負けていたと言っています」
「うむ。よく気づいてくれた。この件は難題だが、
何とかせねばならぬ問題と言えよう。まずは起きる
前に宴会の準備をさせるとしよう」
「はい。すでに伝えておきました。リュシアンさん
にもこの事を伝えに行ってきます。あの方もやはり
相当お強いので、数日で皆、更に強くなりました」
「うむ。我が国はリュウガ殿のお陰で大勢の者が
集まり出した。
中には武芸者や特殊能力者まで志願兵としてきている。
市場の賑わいも、彼らがいるだけで皆、
安心して暮らしておる。
リュウガ殿を始めとした刃黒流術衆の方々には、
大変助かっておる。
彼らの望みは優先的に聞くとしよう」
リュウガが目覚めた時には、ミーシャがじっと
顏を近づけて、今か今かと待っていた。
「色々言いたいことはあると思うが、
心配させてごめんな。
今回は武装して行けなかったから、
苦戦したが、もう大丈夫だ」
黙ったままでいるミーシャにリュウガは
どうすれば許してくれるのか考えた時、
彼女の心が語り掛けてきていた。
リュウガは彼女を抱き寄せると
力を抜いて抱きしめた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?