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心の容赦なし子さん
2年前の今頃は、乳がんの放射線治療を受けていた。
月曜日から金曜日まで毎日、6週間通った。
放射線科は、先生と放射線技師、看護師みなさんのチームワークが良さそうで、それぞれ笑顔を見せながらお仕事をしていらした。
もちろん患者の私にもとても親切で、その明るさにどれほど救われたことか。
30日間の治療が始まってすぐに、術側の左腕が上がらなくなってしまった。
肩から腕まで痛い。
同じ位置に照射しなければならないので、最初に無理のない姿勢とポーズとベッドの角度を入念に調整してもらう。
肌には照射位置のガイドとなる線をペンで書き、消えにくいテープでマークする。
放射線治療では毎日同じポーズを取り続けることが大事なのだ。
胸と脇に照射するので手は上に上げなければならない。
でも痛くて同じポーズが取れない。
神スタッフのみなさんはすぐに集まって対処してくださった。
ひとりの女性技師のかたが、私の手を持ってそーっと大きくまわしてベッド頭上にあるバーを握らせてくれた。
いつものポーズに近い。
「大丈夫?」
私が頷いた次の瞬間、
彼女はぐいっと私の肘をベッドに押し付けた。
ぎゃーっ!
痛いっつーの!
もちろん心の中だけの声。
放射線科のホスピタリティに感動していた私は、優良患者を目指していたので、肩が痛いということは伝えた上で、痛いのは我慢した。
「このままキープできますか?」
答えはイエスしかない。
毎日の照射は二方向から1分以内だったと思う。
終わってもバーを掴んだ左手は左手の自力で戻せず、右手で手首を掴んでそーっと元に戻した。
その日から私は放射線技師の彼女のことを容赦なし子さんと呼ぶことにした。
もちろん心の中だけだ。
なし子さんはいつもクールな雰囲気だった。
2年前の今頃はちょうどFIFAワールドカップカタール大会の開催中で、看護師さんのひとりと挨拶がわりにサッカーの話題で盛り上がっていた。
そしたらいつもはクールな容赦なし子さんが容赦なく会話に割って入ってきたので私は驚いた。
日本代表では誰を応援しているのか聞かれた。
私はワールドカップの時だけのニワカファンなので誰ということもなかったが、咄嗟に田中碧選手の名前を口にしてしまった。
「イケメンド真ん中じゃん!」
となし子さんと看護師さんが笑った。
私はうちの長男と変わらない年齢の田中選手じゃなく、もっとベテランの長友選手とか吉田選手と言えばよかったと後悔したが、そんな私にお構いなく容赦なし子さんは自分はメッシファンであることを教えてくれた。
メッシの試合を見にスペインまで行ったこともあると言った。
なし子さんこそド真ん中じゃん!
2022年ワールドカップはメッシ率いるアルゼンチンが優勝した。
ワールドカップの話をしているうちに放射線治療は残りわずかになり、年内最後の診療日に30回の放射線治療が終了した。
なし子さんは最後の日に、
「よいお年を。もうここに戻ってこないようにね。」
なんて、ムショか?というセリフを言っていたが、
私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
肩はずっと痛かったし、放射線で焼けた肌のトラブルなどはあったが、あの30日間、元気で通えたのはスタッフの方々の穏やかな明るさに支えられたからだと思うのだ。
先日、ニューゲ(乳腺外科)で術後2年の検査をした。
今回の検査では超音波検査の時間がやけに長い気がして、何かあるのかと落ち込んでしまった。
翌々日に結果を聞くまで不安だったが無事3年生になってホッとした。
現状維持で術後3年目に入った。
診察が終わって、放射線科の建物の横を通り過ぎながら、
「元気です。ありがとうございます。」
と心の中で言った。
感謝の念を惜しみなく、ぐいっと容赦なく送ってみたのだった。