ポンコツ忍者のショートショート
転生 石川五右衛門
「忍者?」
神様の顔色が変わった。
「忍者って、あの忍者?」
ニンニンと僕がにこやかに返事すると神様は深くため息をついた。
「ダメですか?」
僕の問いにダメではないがぁと言いながら傍らの手帳を広げた神様は、しばし熟考したのちため息をつきながら僕を見返してこう呟いた。
「オススメできる人が残っていないね」
そうですかぁと今度は僕が熟考する番だった。
今がどういう状況かというと、つい15分ほど前僕は死んだ。休みなく苛烈な勤務を続けていた身体がついに限界に達してしまい心筋梗塞を起こし倒れたのだ。そして天界へとたどり着いた僕は衝撃の事実を知った。僕はどうやら、本当は今日死ぬはずではなかったらしいという事を。まだまだ、これから波乱に満ちた、過酷で熾烈で悲惨でヴァイオレンスな人生を送る予定だったらしいのだ。しかし、最近寿命管理番になった新人天使が操作を誤り、なんともあっさりと僕の天寿を全うさせてしまったらしいのだ。そのお詫び?ということで、僕は新しい人生を送るため転生することになった。
ここで、僕に2つの選択肢が与えられた。1つは何かチートな能力を授かり新たな何者かに生まれ変わる方法、もう1つは歴史上の偉人として転生する、特にチートな能力は無いものの現代知識を使って過去の世界で無双する方法。どちらも楽しそうだが、歴史好きな僕は後者を選択した。「そうか、それで、誰に生まれ変わりたいのかな?」と聞かれても、そんなに簡単には答えられない。「そうだよね、では、憧れの職業とかはあるかな?」と聞かれ、ほぼ即答に近かったのが忍者である。特に深い理由は無いが、昔から好きだった。服部半蔵、猿飛佐助、風磨の小太郎、霧隠才蔵、松尾芭蕉、自来也、由緒雲月、百千丹波・・・有名な忍者はたくさんいる。中には実在したのかその存在を危ぶまれる者もいるが、逆にその妖しさがカッコいい。どうせなら彼らのようなダークヒーロー的役回りで裏社会から実社会をリードする存在を演じてみたい。だが、神様からオススメできないとハッキリ言われてしまったのだ。んっ?オススメできないだけで、選べはするのか?そもそも、忍者なんて後ろ暗い仕事しているのだし、オススメできるような人の方が稀なんじゃないか?よしっ、確認してみよう。大丈夫。断られてからが営業だ!僕は営業マン時代に上司に何度も言われた言葉を胸に神様に尋ねてみた。
「オススメできないってだけで、いることはいるのですよね?」ギョッとした顔をした神様は顔をひきつらせたまま
「一人いることはいるけど、この人忍者と言うより泥棒だよ?」
「泥棒?でも、忍者なのですよね?」
「まぁ、忍術はつかえるよ」
「それ、誰ですか?」
「有名な泥棒だね 天下の大泥棒 石川五右衛門」えっ?あの人、忍者だったの?なんか全然忍んでいるイメージ無いし・・・まぁ、でも忍術使えるって言うし、有名人だし、楽しそうだし、やってみようかな。
「じゃあ、五右衛門でお願いします」
「えっ?」
「僕、五右衛門がいいです」
「いや、あの、良く考えたほうがいいのに、ハァー、この人泥棒だし、最後は結構ひどい死にかたしちゃうよ」
「えっ?そうなのですか?」
「最後は京都の河原で釜茹での刑」
「ひどいな」
「しかも煮たっているのはお湯じゃないよ。グツグツ油を煮たたせてその中で釜茹で。まぁ、頑張ってくださいよ」
「やっぱり、もう少し考えようかなぁ」
「それじゃ、健闘を祈っているねぇ 頑張りなさいよー」
「あぁぁぁ」
石川五右衛門となって室町の世に転生する際に神様から注意事項を聞かされた。どうも最近転生する人たちが、現代知識を活かして色んな技術をイノベーションしているせいで、歴史が大きく変わってきている。そのせいで、世の中が色んな歪みを抱えてきたので、その歪みを正すべく少し補正を入れたというのだ。つまり、歴史上の偉人に後世の人々が抱いているイメージと違う言動や振る舞いは修正されるので気をつけるようにとのことだった。
この補正のおかげで、五右衛門らしい五右衛門となった僕改め我輩は天下の大泥棒として大活躍していた。巨大なカツラを被りド派手なメイクと衣装で大阪の町を暴れまくる 神出鬼没で破天荒な手口に連日人々の噂の的だった。ある日、とうとう天下の大阪城に忍び込み天下一と名高い香炉「千鳥」を盗もうとしたが失敗したので、代わりに千両箱を担いで天守閣に登ると、あまりの高さに目がくらみ脚も震えた。(おぉ、怖ぇ、目が開けられないよー)と思っていたが補正のおかげで口から出た言葉は「あっ、絶景かな、絶景かな~」だった。あの京都の南禅寺の山門の上から叫んだ名台詞と同じである。(そういえば、あの時も怖かったなぁ)しかし、今は真夜中、市中に響き渡る大声でそんなこと言って騒いでいたおかげで、お縄になり、とうとう京都三条河原にて釜茹での刑に処されることになった。
(うわー、ずいぶんいっぱい集って。僕なんかにお別れを言いに来てくれてありがとう)
「おうおう、ずいぶんと暇人どもが集まって、華々しく散る五右衛門様の最期を見届けに来たのかい?」本音と補正が交差するなか、いよいよ、その時が近づいていた。大きな釜の中にはグラグラと煮え立つ大量の油その中に飛び込むなんて恐ろしいことを考えただけでも頭が変になる。五右衛門はクラクラする視界を伏せ、心を落ち着かせようとするが(やっぱり怖いー)だがまたもや補正が働く。
「石川や濱の真砂は尽くるとも・・・」
(怖い怖い怖いよー)
「いっ、石川や濱の真砂は尽くるとも・・・」
(ひえぇぇぇぇ、怖いよ、熱いよ、誰か助けてェェェェェ)
「・・・我泣き濡れて蟹とたわむる」
(あっ、いけね これって石川は石川でも石川啄木の歌だ、でもなんで補正されなかったのだろう?・・・大泥棒のイメージ、あっ、なるほど そういうことか)
さすが、石川五右衛門は天下の大泥棒だ。
歌でもなんでも盗んじまうってことね。