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小栗の椿 会津の雪㉑


第六章 激戦①
 
 
 越後口から攻め寄せてくる西軍を、どこかで防がなければならない。
 会津軍は、只見川沿いに隊を配置し、敵の侵入を食い止める策に出た。只見川は目を見張る様な広い川幅に、豊かな水量をたたえた青渕が続く要衝だった。会津軍は舟を撤収し、川を挟んでの銃撃戦が繰り返される。
 町野隊長率いる朱雀隊士中四番隊は、川を渡り街道で敵を迎え撃った。
 まるで浪間の岩だ、と銀十郎は思った。退路のない戦いに、命をかけて臨む会津の侍達は強い。銃器も、兵の数も劣っているのに関わらず、互角かそれ以上の戦いをすることもある。それでも、押し寄せる波の様に岩の隙間をぬって、圧倒的な兵士の数で敵は南東へ向かって行く。
 九月一日、秋が深まり紅葉の映える中、銀十郎達誠志隊の一部は、一竿の渡船場の番を任されていた。
「寒みいな……」
 大柄な身体の割に寒がりな伝三郎が、手を擦り合わせる。
「本当に。この間まで暑かったのにな」
 腕を組んだ龍作が猫背になって同意した。
「情けねえな。こんなのまだ序の口だろう。早く冬になって欲しいよ。な、銀」
「ああ」
 源忠に振られて、銀十郎は神妙な面持ちで頷いた。
 早く冬になり、雪が降って欲しい。そうすれば、戦は一旦休止し、会津は息を吹き返すことができるかもしれない。
 郭外で戦っている諸隊の中には、銃弾がつき、槍を手に敵陣へ捨て身の突進をしているものもあるらしい。西郷頼母が呼びに行った援軍は、仙台からも米沢からも未だなかった。
「さいちゃんが、用意してくれて助かったな」
 富五郎が胸に手を当てて独り言の様に言った。夏用から厚手の軍服に着替えることができたのは、本当に有難かった。
「あんたのおかみさんかい?」
 誠志隊の他の隊士が耳聡く聞きつけ、からかう様に言った。
「まあ。似た様なもんかな」
 はっきり否定するでもなく、富五郎は軽く受け流した。
「へえ。羨ましいなあ。あんたら、上州の生まれだろう? 村で待っているのか?」
「いや。小栗様の奥方を守って、はるばる会津に来ているんだ」
「そりゃ、女の身で難儀したろう」
「肝っ玉の据わった女だからよ。でも、やっぱり女だからさ、俺が守ってやらねえとな」
 本気とも冗談ともつかない口調で、富五郎は調子を合わせている。
「怒るなよ。あいつだって、戯言だってわかって言ってるんだろうからさ」
 伝三郎が小声でつぶやいた。
「別に、何を言ったって構わねえよ」
 銀十郎は、手入れをしている銃から視線を動かさずに答えた。
 それは本心だった。真っ当に生きてきた男には、誰かのために戦うのだと、己に言い聞かせなければ戦えないだろう。
「銀。おめえだって、少しは口に出したっていいと思うぜ。戦の最中だから言えることもあるだろう。村に帰ったら、言えねえだろ」
「……おまえには、言われたかねえよ」
 伝三郎の言葉にはからかいの色は微塵も感じられなかった。だからこそ、銀十郎は戯言にした。伝三郎は唇の端だけを歪めて、息を吐いた。
「銀ちゃん!」
 高台に偵察に行っていた光五郎が、獣道を駆け下りてきた。
「敵が、もうすぐ川向うを通るよ。こっちには気付いてねえみたいだ」
「数は?」
「それ程多くねえ。三十ってところだ」
 現在ここにいる誠志隊の数でも十分やれると、銀十郎は判断した。
「敵が来るぞ。隠れて、準備!」
 一瞬で兵士の目に変わった。低い姿勢で身を隠しつつ、対岸を凝視する。
    敵は気の抜けた様子で、対岸沿いの小道を通って行く。木の箱を乗せていた荷車を二人の人足が押している。数人を除いて銃は持っていなかった。
 木の影から様子を窺っていた銀十郎に、仲間の視線が集まる。こくりと頷くと、伝三郎と源忠、龍作が川岸の隠し船へ向かう。
 銀十郎は狙いを定めた。黒い軍服姿に朱いかぶり物の男が、銃を肩にかけている。まだ若い男だ。雄大な阿賀川の水面に目を細める。
「撃て!」
 銀十郎が叫ぶのと、手元の銃が唸る音、若い男が倒れるのは、ほぼ同時だった。仲間の銃弾が一斉に対岸の敵兵に襲いかかる。数人がその場に倒れ込み、生き残った者は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
「よし!」
 富五郎が立ち上がって拳を上げる。
「まだ、油断するな。弾を込めろ!」
 先込銃では次の発射までに時間がかかる。
    舟で川を渡った伝三郎達が、対岸に上がって行くのが見えた。置き去りにされた木箱を、伝三郎と龍作で舟に積み込む。龍作は、倒れている兵から銃を奪った。三人は素早い身のこなしで、武器を舟に乗せ川岸を離れた。
「あ、危ねえ!」
 もう少しでこちらの岸に着くと思った時、富五郎が何かに気が付いた。銃を持ったまま胸壁を乗り越え、川原へ向かう。
 十数人の援軍が走って来る。それぞれが銃を手にしている。最新の元込銃だ。
「撃て!」
 敵が銃を構える前に、銀十郎は叫んだ。
 弾は、今にも銃を構えようとした大柄な男の胸を撃ち抜く。男はその場に倒れた。銃弾を辛うじて避けた敵が茂みの中に隠れた。
「おい。急げ!」
 富五郎が漸く岸についた三人に向かって叫ぶ。茂みから銃声が響いた。富五郎が三人を庇って前に立ち、銃を構え引鉄を引いた。茂みから、黒い軍服姿の男が落ちて川岸に倒れ込んだ。
 さらに間髪を入れずに銃声が響いた。富五郎の背中に朱い染みが見えた。くらりと身体が前のめりに倒れる。
 どぼんと音を立てて、水の中に転がり落ちた。身動き一つしない身体は、堂々たる川の流れにのって下流へと流される。
「富五郎!」
 伝三郎が呼ぶ声が聞こえる。
 敵の銃声は鳴りやまない。次から次へと、胸壁に弾が突き刺さる。敵の応援が増え、これ以上ここにいては全員が危なかった。
「銀ちゃん! 富五郎さんのことは、俺が……」
 身体を低くして光五郎が言った。
「気をつけろよ」
 喉が乾いて、低い声が掠れた。こくりと、光五郎が頷く。
「引け! 一時撤収!」
 銀十郎は後ろ髪を引かれる思いで叫んだ。
 
 
                 ◆
 
 
 宿舎の代わりにしている廃寺に光五郎が辿り着いたのは、日が傾いた頃だった。真っ青な顔でびしょ濡れになって帰って来た光五郎を、銀十郎は囲炉裏の火の近くに座らせた。
「早く脱げ、乾かさねえと風邪をひくぞ」
 桂輔が、力なく座っている光五郎の上着を脱がした。
「富五郎は、見つかったか」
 銀十郎はそっと口に出した。
「川下に、追いかけて……。岸に引き上げたけど……、駄目だった」
 冷たい秋の川に、光五郎は全身水に濡れることも厭わず、飛び込んだのだろう。凍えて歯のかみ合わない様子で語り出した。
「畜生!」
 富五郎が撃たれたところを目前で見ていた龍作が、拳で柱を殴った。
「あんなに撃たれちゃ、……仕方ねえよ。光五郎、すまなかったな」
 伝三郎が冷静に言った。
「富五郎さんは……」
 首を何度も横に振り、光五郎が続けた。
「川が恐ええって言ってたんだ。烏川みたいな澄んだ清流じゃなくてさ、こっちの川は水が濁っていて流々として恐ええって。だから、どうしても川から上げてやりたかったんだ」
 囲炉裏の火がパチリと跳ねた。銀十郎は、黙ったままその火を見据えていた。
「川岸に引き上げたんだけど、どうしようもなくて……。村の人に頼んで帰って来た」
 光五郎の拳が震えた。
「敵に見つかるかもしんねえって時に、よくやってくれた。落ち着いたら、供養に行こう」
 桂輔が着替えを差し出しながら言った。光五郎が頭を項垂れさせる。
 三国峠からこの方、何度も敗走した。命の危機を感じたことは一度や二度ではない。
 銃弾を受けた亡骸。背中に刀傷の残る少年の死体。死を間際にした苦しみから救うために仲間の刃にかかった首のない身体。
 それでも、仲間は誰も死ななかった。どこか自分達は大丈夫だと思っていた。
 銀十郎は打ちのめされていた。パチリと火が跳ねた。その小さな音さえも、自分を責めている様な気がした。
 仲間を失っても、戦は終わらない。
 翌日伝三郎と銀十郎は、町野隊長に報告した。奪った銃弾や銃を、町野隊長は「よくやった」と称えた。木箱の中には、銃弾の他に連射式の銃も入っていた。
「武器が尽きかけている隊が多い。大鳥殿の伝習隊が、武器と食糧の調達をかけ合ったが、正直譲るほどの武器がないのが実情だ」 
「大鳥圭介殿は生きておられるのですか?」
 町野隊長の口から出た名に、伝三郎が驚いた。母成峠で敗れた伝習隊の隊長大鳥圭介は討死したという噂だった。
「ああ。母成で敗れた後、米沢に負傷者を預けに行き、会津の危機を聞いて再びかけ付けてくれたのだが……」
 町野隊長の眉間の皺が深くなる。出会った時よりも頬がこけた。
 会津軍最強といわれた朱雀隊士中四番隊を率いる隊長は、隊士の死をどの様に受け止めているのだろうか。
「どうされたのですか?」
 伝三郎が続きを促した。
「……ご家老の中には、母成で敗れた伝習隊を快く思っておらぬ方もいる。よそ者に武器はやれぬとのお考えなのだ」
「恐れながら! 母成に援軍をとの要請を断ったのは、御家老の方だと聞いています!」
「伝!」
 かっとして今にも掴みかかりそうな伝三郎を、銀十郎は制した。
「いかにも。おまえ達の様な忠義者もおるというのに。大鳥殿のことはわしからも、上に進言してみよう。この武器があれば、一緒に戦えるかもしれん」
「ありがとうございます」
 銀十郎は頭を下げた。伝三郎も、苦虫をかみ潰した様な顔をしながら低頭する。
「二人に、これを……」
 町野隊長が、銃を二挺差し出した。
「これからも会津に尽くしてもらいたい」
 その一つに銀十郎は目が釘付けになる。最新型の七連射銃だ。
「小栗様の家臣達の働きは、我が隊でも十分認められている。銀十郎の銃の腕前は並ぶ者はない。それに、伝三郎は銃も剣も使いこなす達人だと評判だ。二人が持つ方が、この銃も十分の働きができるだろう」
 戸惑う銀十郎と、町野隊長の目が合う。長く共に戦った戦友として、信頼してくれているのだとわかった。
「はっ。有難く……」
 銀十郎は、両手で恭しく銃を受け取った。それ以上言葉にならなかった。
「有難き幸せです。期待に応える様、これからも精進いたします」
 いつも無口な伝三郎が、どこか芝居がかった口調で流暢に礼を言い、銃を受け取った。
 新しい銃は、ゲベール銃やミニエー銃に比べると小型で持ち運びしやすく、弾の装備も簡単だ。連射できるのも魅力だった。
「こいつは、すげえな」
 町野隊長のいる陣屋から仲間の待つ宿舎に向かいながら、伝三郎が銃を隅々まで眺める。
「ああ。こんなのを持っているヤツラと戦っていたのかと思うと、ぞっとするよ」
 銀十郎が手にした銃は、スペンサー銃と同じ造りだった。
 川崎尚之助の屋敷の庭で、八重に撃ち方を教えてもらった夏の日に思いをはせた。蝉の声が鳴り響く路地をさいと歩いた日が、随分と遠く感じられた。
 
 
                 ◆
 
 
 九月五日、貉森の街道で敵を待ち伏せた。銀十郎は、殿の形見のミニエー銃を背負い、新しい小銃を撃ちまくった。白昼戦になっても銀十郎は目のよさを活かし、味方に斬りかかろうとする敵の頭を狙う。連射銃のおかげで、多くの味方の命を救い、敵の命を奪った。
 町野隊長に『銀十郎が側にいたら、死なぬ気がする』とまで言われる様になった。敵を追い払い、残された武器を回収して撤収した。
 その晩は、村の百姓屋に兵を分散して泊まった。銀十郎達は狭い馬屋を借りた。焚火をすると、敵兵に見つかる可能性がある。灯りもない中、窓から差し込む月明かりの中で、壁に寄りかかって疲れを取る。
「ちょっといいか」
 沈黙を破ったのは、伝三郎だった。
「何だい? まだ、眠ってなかったのかい?」
 桂輔が言ったが、誰も眠ってはいない様だ。壁から身体を起こす気配がする。
「提案があるんだ。蝦夷へ行かないか?」
「蝦夷?」
 伝三郎の口から聞きなれない地名が出て来て、戸惑う声が聞こえた。
「伝習隊の大鳥様に会って来た。会津と完全に決別したそうだ。仙台藩はとっくに会津を見限って援軍を寄越さねえそうだ。俺は、大鳥様と一緒に仙台に行き、船で蝦夷に行こうと思う」
「蝦夷に行ってどうするんだ?」
「新しい国を作る。薩長の言いなりじゃねえ、独立した政府を作る。そのために戦う」
 龍作の問いに、伝三郎は答えた。
「伝習隊に見限られた。会津は負けるぜ」
 伝三郎の『会津は負ける』の言葉は、銀十郎には呪いの様に響いた。
「奥方様やおクニ様はどうするんだ」
 源忠が不満を吐き出した。
「会津が負けを認めれば、戦は終わりだ。抵抗しなけりゃ命を取ろうとは思わねえさ。それより、俺は殿の仇を討ちてえんだ」
「殿の仇……?」
 三国峠で仇を討とうとして叶わなかった仲間の間に、苦い思いが広がった。
「戦が終わって、奥方様達が敵に襲われることがねえなら、俺は村に帰るよ。悪いが、会津が負けようが勝とうが関係ねえ」
 桂輔が口火を切って考えを述べた。
「江戸で殿の世話になった者はどうなんだ? ご恩は忘れたのか?」
「忘れたわけじゃねえ。けど、会津がどうなるのかも、奥方様の無事もわかんねえ今、ここを離れたら後悔する気がする」
 江戸の小栗屋敷で暮らした龍作が答えた。他の仲間も頷く気配がする。
「銀十郎、お前も同じ意見か?」
 軽く溜息を吐きながら、伝三郎が問う。
 蝦夷に行くか。村に帰るか。二つの選択肢のどちらも、銀十郎は現実味を帯びなかった。
 村で百姓をする気は、伝三郎にはさらさらないのだろう。だから、自分の力を必要とする場所で戦おうとする。その気持が、銀十郎にもわからなくはない。銀十郎にとっても、村に居場所があるか自信がなかった。
 けれど、見知らぬ場所で戦う気力も沸いてこなかった。
「伝習隊が見捨てるならなおさら、俺はここを離れられない。最後まで会津と戦う」
「……そうか」
 身じろぎ一つしない伝三郎の影の、その表情まではわからなかった。……沈黙が続いた。
「……わかった。みながそう言うなら、仕方ねえ。大鳥様には、明日断ってくる」
 さっぱりとした声で、伝三郎が言った。
「おまえも残る方向で、いいんだな?」
 桂輔が念を押すと、伝三郎が「ああ」と低く答えた。
「変なこと言い出して、悪かったな。明日も早ええ。寝ようぜ」
 伝三郎の影が、頭を伏せた。
 安堵の溜息なのか、あちこちで息を吐く音が聞こえた。月明かりのみがほんのりと照らす暗闇の中、虫の声と風の音、梟の鳴き声が混ざり合う。その中に寝息が聞こえてくる。
 今日もよく走り、戦った。休める時に身体を休めることも、戦では重要だ。 
 それでも、銀十郎の頭は冴えた。
 伝三郎のあまりにも物分りのいい態度が頭から離れない。一度行くと決めた男が、仲間の反対で直ぐに考えを覆すだろうか。
 江戸の小栗屋敷でも伝三郎とは同室だった。夜中に起き出した伝三郎の後をつけると、井戸端で上半身裸になり、濡れた手拭いを腫れあがった脇腹に当てていた。
『これからは、銃の時代だ。今さら剣を習ったところで、戦で役に立つのか?』
 屋敷での下働きと、歩兵の訓練でクタクタだというのに、伝三郎は空いた時間を道場に通っていた。伝三郎は内緒にしていたが、銀十郎がたまたま安中藩の道場に入る姿を見かけたのだった。
『別に、侍の嗜みだ』
 むっとした声で伝三郎は言い返した。
『それなら隠さなくてもいいだろう。殿だって別に反対はしねえよ』
『言うさ。そのうち、もっと強くなったらな。だから、俺が言うまではばらすんじゃねえぞ』
 伝三郎がどすを効かせた声で言い放つ。
『黙っていてやるけど、身体がもたねえぞ。倒れる前に、殿に報告しろよ』
 銀十郎は忠告したが、結局伝三郎は誰にも言わなかった。道場で三本の腕前になった頃、安中藩士から直接殿の耳に入ったのだ。
『道場で一番の腕前になったら、言うつもりだったのによ』
 殿からお褒めの言葉と刀を賜ったのに、伝三郎は不満げだった。師範代をやっつけたと聞いたのは、その翌月のことだった。
 負けず嫌いで、頑なに一度決めたことはやり通す。それが伝三郎ではなかったか。
 暗闇の中、静かに時を待っていると、一つの影がゆっくりと立ち上がった。一際大きな影。伝三郎は、足音を立てずに外に出て行く。
 もう一つ、線の細い影が動いた。伝三郎の後を追ったのは、光五郎だった。
「伝三郎さん!」
 光五郎が声をかけると、伝三郎が立ち止まって振り向いた。百姓屋の庭から街道に出る手前、大きな松の木の陰で、伝三郎の表情は見えなかった。
「……光五郎か。止めても無駄だぜ。それとも、力づくで止めるかい?」
「俺が、力づくで止められるわけないだろう」
「だったら、大人しく寝ていな。……まさか、一緒に蝦夷へ行く気はねえんだろう?」
「悪いけどそれはねえよ。俺は早く村に帰りてえ。戦はこりごりだ。役にも立たねえし」
「そんなことはねえさ」
 表情は見えないが、伝三郎が微笑した気がした。太い声が幾分穏やかなものになる。
「おめえがいなかったら、もう二、三人、仲間が死んでいたかもしんねえ。……おめえは、十分役に立ったさ」
 戦いには向かない。銃も満足に使えない。けれど、足は誰よりも早く、細やかなことに気が付く。光五郎の存在を、伝三郎がきちんと評価していたことに、銀十郎は胸が詰まった。
「引き止める気もねえ、付いて来る気もねえ。それなら、どうして追いかけて来たんだ?」
「聞いておきたいことがあるんだ。他の人がいたら言いづらいと思ってさ」
「何だ」
「俺は村に帰る。その時に、かよちゃんに伝えることはないか?」
「……」
 光五郎の言葉が意外だったのか、一瞬伝三郎が絶句した。
「かよちゃん、さいちゃんに愚痴を言っていたよ。でもあれって、寂しかったんだと思うよ。伝三郎さんにもっとかまって欲しかったんだよ」
「……ねえよ」
 大きく息を吐き出した後、伝三郎は言った。
「向こうを発つ時に、言いたいことは言ってきた。……なっ、銀十郎!」
 蔵の陰に隠れていた銀十郎の名を、伝三郎は呼んだ。気が付いていたのかと苦笑して、銀十郎は前に進み出る。
「全くおめえの竹馬の友は揃いも揃って、お節介焼きだなあ」
「……それについては、申し訳なく思うよ」
 近付いて光五郎と並ぶと、伝三郎が苦笑しているのが見えた。光五郎は唇を噛み締め、泣くのを堪えている。
「最後に、もう一度だけ聞く。銀十郎、蝦夷へ行く気はねえか」
 伝三郎が、正面から銀十郎の目を見据えた。目を逸らすことも誤魔化すこともできそうになかった。
「俺とおまえが共に戦えば負ける気はしねえ。おまえだって、わかっているだろう? 会津はもうじき負けるってことも、俺達は戦うこと以外に生きる術がないってことも……」
 わかっている。認めたくはないが、わかっていた。
 敵から武器を奪い、その武器でまた戦う。そんな戦いに何の意味があるのか。
「おまえは、何のために戦うんだ?」
 互いに競い合った友と呼べる男は、容赦なく喉元に言葉の刃を突きつけてくる。
「女のためか?」
 名を出さなかったのは、伝三郎なりの配慮だったのかもしれない。
「そうかもしれねえし、それだけでもねえ。俺は、……会津を捨てられねえ」
 絞り出す様に、銀十郎は言った。
 会津にいる大切な人を。ここで必死に戦う少年達を。見捨てることはできなかった。
「じゃあ仕方ねえな……」
 伝三郎が月を見上げ、ふいに口元を緩めた。
「リスみたいに可愛いかったな。真ん丸な目をきょろきょろさせて、ちょこまか動くし……」 
 厳つい男が目尻を下げて思い出しているのが、誰のことなのか一瞬わからなかった。
「俺が側にいたら、いつか踏んづけて殺しちまうんじゃねえかって、いつも恐かった」
 最後に強がりな友が見せた弱みだった。
「わかった。……ちゃんと、伝えるよ!」
 光五郎が湿った声で言った。
「ばか。独り言だよ」
 伝三郎はそう言ってはにかみ、手を上げた。銃を担いだ大きな背中を向け、迷うことなく月明かりの街道を進んで行く。
「一度南原に報告に行かなきゃいけねえな。三左衛門様、気を落とすかもしんねえが……」
 富五郎の死と、伝三郎の旅立ち。一人も欠けずに、親元へ返さなければならないと言っていた三左衛門は、責任を感じるだろう。
「辛い報告になるな……」
 光五郎が遠くの漆黒を眺めた。街道の先の森の中で梟の鳴く声が響いた。
 


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