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変分自由エネルギーの熱力学的解釈  (7/15/2022最終版)

※自由エネルギー原理については、こちらに最新版の解説がありますのでご参照ください。
  自由エネルギー原理について誰でもわかる、明快かつ深い解説 -1-

 「ポジティブ感情サイクルとカルノーサイクル」で最後に触れたFristonの変分自由エネルギーと熱力学の関係について、多くの方のおかげで研究を進めましたので、現在まとまってきた部分をご報告していきたいと思います。

 まず、ちょっとしたと言いながら重要な前置きです。

 みなさんはマクスウェルの悪魔をご存知でしょうか。古典電磁気学の基礎方程式や、気体分子の速度が従う分布関数、熱力学の4つの状態量の関係式などに名を残す19世紀イギリスの偉大な物理学者J. C. Maxwellが1867年頃、提唱した思考実験です。断熱された箱に一様な温度の気体を入れ、箱の中央の仕切り壁に小さくて軽いドアをつける。ドアのそばには小さな悪魔がいて、左側から速い分子がやってきたとき、あるいは、右側から遅い分子がやってきたときだけ、ドアをそっと開けて分子を通す。悪魔はドアを開閉するだけなので気体に仕事をしない、しかしこの作業を続ければ、箱の左側の温度は下がり、右側の温度は上がる。この結果、箱の中のエントロピーが減るという熱力学の第2法則に反する事態が起きてしまう。後にマクスウェルの悪魔は分子の速さという情報を扱うのためにエネルギーを使い、その情報をエネルギーにすることで温度勾配を作っているということがわかりました。そして約150年後の2010年、鳥谷部祥一、沙川貴大、上田正仁、宗行英朗、佐野雅己は情報を自由エネルギーに変換する実証実験にはじめて成功しました。また数式で言えば、ランダウアーの原理によると、温度Tの環境下で「系に関する情報を1ビット蓄え、そして,それを消去する」ときに発生する熱の下限は、k をボルツマン定数、 T を温度としたときに E=kTln2 になるとされています。
 このように、情報がエネルギーに変換されることを元にして、情報理論と熱力学をつなぐ研究分野を情報熱力学といいます。以下この記事では、K. J. Fristonの変分自由エネルギーを情報熱力学的に解釈することで、マクロな視点からのより深い理解を目指します。

 そこで、以下本論の考え方は、アナロジーとも言えますが、アナロジーとは、自然の中の別の領域に属すると考えられるものどうしに、類似の規則を見出すことで、語源はギリシャ語で比例だそうです。これは、自然が実は少数の規則、原則からできており、より原則に近い規則を発見するほど、その規則が多数の領域に適応できることを意味しているのではないでしょうか。つまりある領域で人間が見出した規則が他の領域でも成り立つのは、見出した規則がより本質的であったということになります。数学的に正しいアナロジーであれば、その数学自体やその適用範囲が正しい限り。正しい結論を導くものと思います。この意味で、以下の論はアナロジーであっても。その蓋然性は高く、単なる比喩とは異なると考えております。本論で用いる原理原則は、蒸気機関の発展とともに、18世紀に成立し、今日まで無数の実験事実によって裏付けれてきた、(古典的)熱力学の基本原理です。

 まず熱力学の方から始めると、熱力学第1法則とそのルジャンドル変換より、

dU = TdS-PdV …(1)

dF =-SdT-PdV …(2)

(2)式-(1)式 

dF = dU-SdT-TdS …(3)

(F:ヘルムホルツの自由エネルギー、U:内部エネルギー、 S:エントロピー、T:温度)

 カルノーサイクルが高温源または低温源と接触している過程、即ち等温過程では、dU = 0, dT = 0 なので、(3)式は、

dF = -TdS …(4)

となります。また、断熱過程では、dS = 0 なので、(3)式は、

dF = dU-SdT …(5)

 一方で、フリストンの自由エネルギー原理とは、吉田・田口による紹介を引用すると、「外界に関する生成モデルと現在の認識から計算される変分自由エネルギーを最小化するために、1)脳状態を変えることによって正しい認識に至る過程 (perceptual inference) 、2)行動によって感覚入力を変えることによって曖昧さの低い認識に至る過程 (active inference) の二つを組み合わせている」ものとされています。式で示すと、

変分自由エネルギー(VFE) =  Shannon surprise + Divergence(カルバックライブラー情報量(DKL)…  (6)
または、
変分自由エネルギー(VFE) = Ambiguity + complexity … (7)

となります。


20221216 一部名称のみ最新版に統一


 次回は、この変分自由エネルギーと熱力学の原理を用いた、感情の研究を深めたいと思います。


<参考・引用文献>

田崎 晴明「悪魔」との取り引き : エントロピーをめぐって 日本物理学会 Vol. 66, No. 3, 2011
https://doi.org/10.11316/butsuri.66.3_172
Toyabe, Sagawa, Ueda, Muneyuki, and Sano, “Experimental demonstration of information-to-energy conversion and validation of the generalized Jarzynski equality”, Nature Physics
http://noneq.c.u-tokyo.ac.jp/researches.html
吉田 正俊・田口 茂 自由エネルギー原理と視覚的意識 日本神経回路学会  Vol. 25, No. 3, 2018
https://doi.org/10.3902/jnns.25.53
吉田 正俊 自由エネルギー原理と視覚的意識 シンギュラリティサロン 東京 第31回公開講演会 06/08/2019
http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001673.php
国里 愛彦・片平 健太郎・沖村 宰・山下 祐一 計算論的精神医学 - 情報処理過程から読み解く精神障害 勁草書房 2019
田崎 晴明 熱力学‐現代的視点から 培風館 2000
鈴木 昇一 情報熱力学と知能情報量 創成社 2015
安池 智一・秋山 良 エントロピーからはじめる熱力学 放送大学教材 2016
加藤 浩・浅井紀久夫 情報理論とデジタル表現 放送大学教材 2019


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