短編小説「夢予報」 #XR創作大賞

『今日の夢は雨のち曇りでしょう。』
ニュースから流れてくる音声を聞いて、僕はため息をついた。ここ最近、ずっとこんな夢が続く。
「今日の会議も上手く進まなそうだな……」
気怠げな気持ちで僕は今日の支度を始めた。

2040年、人工知能とコンピュータが遂に人間の脳を完全に模倣できるレベルまで発展し、それに伴い脳科学分野も急速に発展した。シミュレーションが行えるようになったからである。
結果として、これはXRデバイスの進化にも繋がった。

それまでのXRデバイスはコンタクトレンズやイヤホンといったウェアラブルタイプ――それでも相当小型化はしていたが――や、手術によって埋め込むインプラントタイプの2択しかなかった。
特にインプラントタイプはより正確に身体情報を取得できるため、技術者のコミュニティでは普及が望まれていたがどうしても手術に対する恐怖心、高額な費用がネックとなり、普及率は中々上がらずにいた。
そんな中に登場したのがインタラプトタイプと呼ばれる新たなデバイスだ。

それまではユーザの神経地図を解析するのに非常に大きな設備と計算能力が必要となっていた為、特別な施設で検査を行い手術をする必要があったのだが、これが不要になったのだ。ユーザは側頭部から挟み込むようにして2つ、小さなデバイスを取り付けるだけ。装着した瞬間に脳のスキャンが走り、そのデータをクラウド上で解析する。その時間はわずか数分、クラウドコンピューティングに人工知能、そしてビッグデータの為せる技だ。この技術により、XR業界は大きな発展を迎える事になる。

『次の会議の資料を"探索"しますか?』
「よろしく頼む。」
すると、部屋の中に様々な風景が現れる。

人工知能が発達し、様々な自動化技術が発生した現代では人類の仕事はそのほとんどがクリエイティブに関するものだった。「いずれそうなるだろう」と言う声は昔からあったが、本当にその通りになってしまった。そして、人々はどれだけ奇抜なアイディアを提示できるか、まだ見たことのないクリエイティブを生み出せるかで評価される時代となったのだ。まさに人類総クリエイティブ時代の到来である。そして、それをサポートするようなAIが次第に求められていくようになった。

これも違う、あれも違うと頭で考えるたびにどんどん景色が変わっていく。その間にもAIはユーザのシナプスの具合をチェックしており、一番活性化する要素を分析しながら景色を変えているのだ。
「......これだな。」
さて、あとはアレが悪さしなければ......
『時間になりました、会議システムを起動します。』

「それでは本日の会議を始めていきます。まずは今回のクライアントですが...」
進行役が会議を進めていく。が、出席者は皆あんまり顔色が良くない。
「なぁ、なんだか今日の会議、空気重くない?」
同僚がDMを送ってくる。
「なんだ、今日の夢予報見てなかったのか。雨のち曇りだってさ。」
「あぁ......どうりでね......」

インタラプトタイプは脳神経を通る微弱な電流に文字通り"介入"し、コンタクトレンズやイヤホンなしに視覚や聴覚をハックする仕組みだ。とはいえもちろん、その出力量は物理的に制限がかけられていて、間違えても神経を焼き切るなんてことはない。しかし、それとは別の障害が現れることになった。電波の影響を受けることになったのだ。

私たち人間の脳は頭蓋骨や皮膚に守られていて外側からの電波や電流、といったものの影響を受けることはない。しかし、このインタラプトタイプのデバイスを頭につけることで......アンテナの役割を果たすようになってしまった。とはいえこれが直接的に健康に被害を及ぼすことはない。間違っても体が勝手に動き出すことや視界や聴覚が勝手にハックされるなんてこともない。だが、微弱なノイズが人々の思考に影響を及ぼすようになってしまった。ノイズの原因は様々だ。強い電波や強い電流を扱う装置、磁場の乱れが影響するとの報告もある。これを完全に防ぐ方法はなかった。今でも研究は進んでいるが、影響を軽くするので精一杯だった。そこで、代わりに「夢予報」というサービスが登場した。

ノイズはどれも物理的な要因で、だからこそ追跡は容易だった。各ユーザのデバイスの情報を収集・解析することで、まるで天気予報のように悪影響のあるノイズの状況を追跡・予想することができるのだ。元々このデバイス自体がクラウドサービス上に成り立っているものだったので、とても早い時期に実装され、人々に馴染んでいった。『夢』というのは紛れもなく一番影響を受けやすいのが就寝時、夢を見ている時だからだ。そしてどれだけ影響を受けるのか......の指標には、これまた馴染みの深い天気の名前と同じものが使われた。そして今日の夢予報は『雨のち曇り』......想像通り、悪い状態を指している。

「まるで今日の会議の"心模様"みたいだ、なんてな。」
「......なんだかいつものお前らしくないな。」
今日の会議も一悶着ありそうだ。

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