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『居酒屋の失敗』第三章「失敗の原因」その2


5.自分の理想にこだわり過ぎた

 「自分の理想にこだわり過ぎる」というのは、素人の開業に良くある失敗原因なのだが、これも、ものの見事にハマってしまった。
 かなりの数の居酒屋を飲み歩き、接客含めて自分の理想を追い求め、思いつく限りの事を実践すべく計画して実行したまでは良かったのだが、結果的にそれらが上手く行かなかった際にリカバリーするアイデアや余力が全く無くなってしまった。所詮自分の理想の実現というのは単なるマスターベーションに過ぎず、誰にでも通用するなどというのは、幻想に過ぎないというのをイヤというほど思い知らされたのである。

 もちろん自らの理想形にて営業する事が完全に悪いとまでは言わないが、全てについて拘り過ぎるのは、利用者に受け入れられなかった場合、単に「ウザい」とも思われかねない。自分的には多少つまらない、納得がいかない部分があったとしても割り切って、第三者的な目で見てバランスが取れた店づくりを心掛けるべきだったのである。

 前述の静岡の珍しい食材というのも理想にこだわって失敗した一例だが、以下他にも多々ある失敗した理想について挙げてみたい。

(1)禁煙

 失敗したこだわりで真っ先に挙げられるのは、オープンからしばらく店内を「禁煙」にした事だろう。これで見事に出だしから大きく躓いてしまったのである。
 受動喫煙防止法など無い時代ではあったのだが、世間の風潮から禁煙にする店もかなりあり、どちらにするのか?というのは大きな課題ではあった。自分は元々喫煙者で、むしろヘビースモーカーだったが、20年近く前にやめてからは、ご多分に漏れずタバコの匂いが嫌いになった。そして内装もキレイにした事だし、禁煙にしようと決めたのである。

 しかし、単純に禁煙だとマイナスイメージしかない。そこで店外の入口横に喫煙コーナーを設けて吸ってもらい、手間を掛けたお詫びとして飲み物をサービスするというアイデアを考えた。ところがいざ蓋を開けてみるとこれが全くと言って良いほど受け入れられなかった。
 そもそも入店直後に禁煙と聞いただけで出ていくお客の方が多いくらい。「大衆酒場」を標榜しておきながら法で禁じられている訳でもないのに禁煙にする事自体が間違っていたのだった。

 そしてある超ヒマな祝日営業の時に唯一のお客だった近所のスナックママと常連さん達の、特にママ(と言っても自分より明らかに年下だったが…)に禁煙についてさんざん説教されたのだが、その中での一言が非常に的確だったのである。

「あなたはこの土地が分かってない!」

 「都心じゃあるまいし、多摩地区の更に立川でそんな事やってもダメだ。ここはそんな品の良い土地じゃないよ」といわれたのだった。
 
 さすがにそこまで言われたら、俺個人の感情で禁煙を押し通すほどの意義もなく、売上が深刻な状況でもあったので、マイナス要素は少しでも取り除こうという事で禁煙はやめた。しかし、一度来て禁煙だと知った喫煙者達は、当然のように二度と戻って来なかった。そして禁煙を好んで来ていた人達まで来なくなってしまったのであった。

(2)宴会コースをやりたくなかった

 自分がお客の立場としては「飲み放題付の宴会コース」を利用するものの、コンセプトが「老舗大衆酒場」であり、店をやる立場としては絶対にやりたく無かった事もあり、オープン時には宴会コースを設定していなかった。もちろん宴会自体は受けるが、席だけ予約のアラカルト提供を考えていた。
 当時はコロナ前。どの居酒屋もグルメサイトを使って「いかにお得な宴会コースを用意しているか」を競い合うような状況だったが、自分的にはどこ吹く風で、そんなのやらなくても絶対成功すると信じて疑わなかった。

 しかしながら、30席ある店を経済的に健全に回そうとすると、とてもじゃないが宴会なしでは無理だとすぐ分かった。少人数のお客のみ相手にすると効率も悪いし、「人数」ではなく「組数」で考えると団体より何倍も集客しなければならない事になり、よりハードルが上がるというのが実際に営業してから分かったのであった。
 仕方なく急遽グルメサイトを利用して宴会コースも設定したのだが、元々やりたく無かった事もあり、ラストオーダーで一生懸命仕入れた日本酒達を大量にオーダーして残すなどを平気でする一部お客の質の悪さにも辟易し、結局最後までどうにも割り切れなかった。

半ば無理矢理設定した宴会料理

(3)ベタな地域密着店にしたくなかった

 コンセプトが「大衆酒場」でありながらが、ベタな地域に密着した店にしたくなかったというのもあった。具体的には、カラオケを置かない、ボトルキープをしないの2点。地方に良くあるような、濃い常連相手のスナック的な店にしたくなかったのである。

 カラオケについては、物件の条件で禁止というのもあったが、個人的にカラオケが好きでは無いため、なんの迷いもなく置かない事は決めていた。しかし、オープン当初に来たご近所さんと思われるお客には、かなりの確率でカラオケが無い事に不満を示された。

 もう一つのボトルキープについては、「日本酒の店」というのを押し出したかった事もあり、参考にしていたいくつかの店もやっていなかった事もあり、当初は全くやる気が無かった。これもカラオケ以上に要望が多かったのだが、結局どうしてもと押し切られたお客数名のみしか受けなかった。
 中には「眞露ないの?眞露」という数名での高齢女性客もいたのだが、そんな時は丁重にお断りしながらも、心の中では「そんな店じゃねぇよ」と呟いていた。

 しかし、当然の事ながら今考えると、どちらもやっていればもう少し常連が付いたかと思うし、ある意味理想やこだわりで失敗した中で最も分かりやすい部分かとも思う。商売として割り切れるもの、割り切れないものの加減が上手く出来なかったという事であろう。

(4)宣伝広告を行わなかった

 通常の居酒屋であれば「ぐるなび」「ホットペッパー」「食べログ」の3大グルメサイトを使った、主に宴会コースを派手に紹介する宣伝広告を行うところなのだが、前述の通り宴会コースを設定しなかった事もあり、更に「しっかりした内容であれば宣伝などしなくてもお客は来る!」という超絶自信満々状態でもあったため、オープン当初はSNS以外に無料版のぐるなび、食べログのみしか利用せず、宣伝広告を積極的に行わなかった。
 ところがいざ蓋を開けてみると正に「井の中の蛙」状態で、そんなに上手く事が運ぶはずも無く、結局オープン1ヶ月後には有料グルメサイト含めて宣伝広告を行わざるを得ない状況になってしまったのである。

 宣伝広告とグルメサイトの利用については数々のエピソードがあり、それだけでかなりのボリュームになるため別項にて後述するが、最初からしっかり計画していれば、オープン時にもっと認知度を上げる事が出来ただけに、これも失敗の一因となってしまったのである。

本当はやりたくなかった飲み放題付宴会メニュー

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