山形サポに聞いた木山監督評
Q.山形時代の木山監督のサッカースタイルは?
A.一言で言えば固く守ってカウンターが多かった。
Q.木山監督が率いた3年間でJ1昇格は見えたのか?
A.木山体制3年目にプレーオフ決勝まで行けたとき(徳島に敗れて入れ替え戦行けず)が唯一見えたと言える。それ以前はロマンを追い求めてズッコケたりもしていたので、リアリスティックに戦い抜いた3年目は良いところまで行けた。
Q.木山監督の攻撃面の戦法はどんな感じか?
A.答えになっているか分からないが木山監督は相手毎に何処から攻めるか等の戦略を立てるのは上手かったと思うが、その戦略をどういう風に実行するかを落とし込むのは苦手だったように思う。ある程度選手任せだった。
Q.木山監督は若手の育成にも定評があると伺ったが、山形の3年間ではどう感じたか?
A.割と若手を登用する監督だと思う。若くてもいい選手はどんどん試合で使ってくれると思うので、その辺は期待できると思う。
Q.木山監督が就任して、まずどの部分を着手していたか?
A.山形は元々守備のチームだったため、その流れで最初は守備をしっかり構築するところから始めていた。
少し質問の意図とは外れるが、実は木山監督はロマンを追い求めたい人だと思っている。と言うのも、1年目の終盤から4-3-3を試した時期があった。
そこで割といい試合ができて、その手ごたえのまま2年目のリーグ開幕を迎えたが、初戦で水戸にボコボコにされてからしばらく勝てない時期が続いてしまい元の3-4-2-1に戻して何とか立て直したということがあった。
なので、木山監督はロマンを追い求めたいけどリアリストとしてしか輝けない人みたいな感じだと思う。
Q.前後の監督と比較して、木山監督はどんな印象だったか?
A.今いる選手で戦えるチームを作るのは上手い監督だという印象だった。やりたいサッカーが先にあるというよりは、今いる選手でどういうサッカーができるかを考えるタイプに思える。
その前の石崎監督はどちらかというとやりたいサッカーが先にある人だったので、その点では手堅いチームを作るのは上手い。
Q.J1昇格に最も近づいた体制3年目、その3年目に近づけた要因はどんなことか?
A.一番は最初から3-4-2-1の現実的な戦い方でやり通したからだと感じている。もちろん、その時に在籍していた選手たちの能力や成長による部分もある。
Q.木山サッカーのポイントとなるポジションはあるか?
A.山形でメインだった3-4-2-1だと、前線の3人が生命線だった。特にシャドーのポジションは攻守にかなり負担が大きかった。
岡山で3-4-2-1で行くなら、シャドーのポジションに良い選手がいれば、戦えるチームになると思う。
Q.試合中の修正が得意かどうか?
A.試合中の修正は不得意だと思う。
Q.4-4-2と4-2-3-1は使っていたか?
A.4-3-3崩れで4-2-3-1になったり、ダイヤモンド型の4-4-2はあったが、ほとんどやっていないと思う。
Q.守備の手法はどのようなものか?
A.基本的にセットディフェンスだった。相手がミドルゾーンにボールを運んだ辺りで、プレスでサイドに追い込んで狩るといった感じ。なので自ずとサイドからカウンターが多くなり、急先鋒のシャドーに負担がかかっていた。
Q.木山監督のインタビューを見ると、そんなに守備から入ってたつもりはないらしいが、実際木山監督のサッカーは守備的という評価である。リアリストなところがそういう印象になっているのか?
A.おそらくその通りだと思う。戦略を立てるのは上手いが、そこから一歩掘り下げて戦術を落とし込むのは苦手なので、どうしても現実的な戦い方でないと結果が出せないと思う。
ただ、やはり木山監督は川崎のように圧倒的なボール保持で攻め倒すサッカーを理想としている節はあるので、恐らく本人もそのギャップで苦労している部分はあると思う。
Q.小坂雄樹コーチはどんな人物か?
A.相手の対する戦略としてはまっていた試合がそこそこあった。その点では小坂コーチの分析を信頼していると思う。
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