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幽体離脱ごっこ

僕は小学生の頃から金縛り体質であった。

金縛りは寝入り端にやってくることが多く、「あ、くるくる」とわかるのだが、体が動かなくなってパニックになる。

そして、寝室の扉をドンドン!と叩く音が聞こえてきたり、老婆が馬乗りになって首を絞めたり、凶悪犯がナイフを持って近づいてきたりと、恐ろしいことが起こる。しかも、それが超リアル。明らかに夢とは違う。怖いので逃げようとするが、身体がまったく動かない。

こんな体験を、大人になるまでしょっちゅうしていた。特に、運動をして身体が疲れているときに多かったと思う。

このまま僕は一生金縛り人生を歩んでいくのだろうな、なんて思っていたのだが、あるとき、インターネットで、「金縛りで楽しい幽体離脱を!」みたいなホームページを発見した。

なんじゃこりゃ。

そこには、金縛りのカラクリについての詳細な解説があった。

曰く、金縛りは、身体の筋肉は眠っているが、意識が目覚めていているときに起こる。通常は、筋肉と意識の休息のリズムは同調するが、身体が疲れすぎているときは、そのリズムが狂う。

意識は起きているのに、身体は眠っていて動かない。いつも意のままに動かせる身体が動いてくれない。そこで意識はパニックに陥り、恐怖に襲われる。そして、潜在意識にある恐怖の象徴(人によって様々。僕の場合は老婆やナイフ男)がビジュアル化されて目の前に現れる。半寝状態なので、夢でみる恐怖体験とは明らかに違って、ものすごくリアルなのが金縛りの特徴。

なるほど!あの恐怖体験は、自分の意識が作り出していたんだ。
ホームページの管理人(たしか中年男性)は続ける。

このカラクリがわかれば、もう恐怖心はないでしょ?となれば、超リアルな楽しい疑似体験も可能だよね?幽体離脱ごっこもできるよね?

なるほど!首絞め老婆やナイフ男級のリアルさで、楽しい幽体離脱を体験できるのか。僕はものすごく納得した。このひと天才だと思った。

ホームページには具体的な方法も記されていた。

金縛りが「くるぞ、くるぞ」とわかったら、身体を右に転がし、そのままグワンと起き上がる。起き上がってしまえば、あとは、壁抜けや空中浮遊など、思いのまま。

やってみた。できた!

もちろん、身体を右に転がすのも、起き上がるのも、壁抜けするのも、意識がやっていることで、実際の身体は休息状態のままだ。え、それ夢じゃないの?と思うかもしれないが、明らかに夢とは違う。特徴としては、自分が金縛りにあっていることを認識している。自分の寝息がしっかりと聞こえる。あと、リアルな触覚がある。

リアルな触覚というのは、考えてみると面白い。たとえば指で柔らかいものに触れたとき、それが「気持ちいい」と感知するのは意識である。柔らかいものに触れたから気持ちいいのではなく、気持ちいいと感知したから気持ちいいのだ。

幽体離脱状態では、肉体が動かない分、意識は記憶を総動員してリアルな感覚を呼び覚ますようだ。だから、実際は触っていなくても、触感ははっきりとある。

ホームページの中年男性管理人が言うには、この幽体離脱ごっこは、経験と訓練を重ねることにより、どんどん楽しさが増大するらしく、彼のような上級者は、幽体離脱中に女性を見つけて近寄るらしい。リアルな触覚……そういうことか。

幽体離脱中は自分の寝息が聞こえると言ったが、寝ているときは、ゆっくりと深い呼吸をしている。何かの拍子に呼吸が乱れると、一気に金縛りが解けてしまう。つまり、身体が動くようになり、目覚める。

なので、幽体離脱ごっこを長時間楽しむには、呼吸が乱れるような興奮状態に陥らず、淡々と楽しむのがコツのようだ。うーむ、奥深い。

ちなみに、僕は女性と遭遇した瞬間にいつも目が覚める。ずっと初心者のままだ……。


木村タカヒロ日記(2018/4/13)より


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