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あなたのボクシング
総合体育館に入った瞬間、目を奪われた。特設されたリングの上で、戦うあなたに。
1年の5月、先輩に誘われて付いていった総体。インターハイ出場をかけていろんな競技が行われていた。その中でもまさか、ボクシングに誘われるとは思わなかった。
でも体育館に入って、その理由がわかったよ。あなたがカッコ良かったから。
3年生のあなたは、最後の総体の一回戦に挑んでた。繰り出すジャブやストレート、その身のこなし、軽快なフットワーク、トランクス、全てが格好良かった。いや、美しかったと形容したほうが正しいかもしれない。
うちの高校はボクシング部がないんだってね? だから団体戦には出場できず、戦えるのは個人戦のみ。エントリーした選手はあなただけ。
ねえ、どこで練習してたの?
どこでそんなに鍛え上げたの?
ストイックなんだね。孤独にも勝てるんだね。
先輩からあなたの情報を教えてもらいながら試合を見ているだけで、涙が出そうだった。同時に憧れや尊敬の念も込み上げてきた。
先輩も、あなたのことを語りたかったんだと思う。
あなたの生き様がそうさせるんだよ。
学校からはもちろん、他校からもあなたを見に来てる女子がたくさんいたんだってね?
すごく共感できる。
あなたはヒーローだよ。
理屈だけじゃなく、雰囲気やオーラからもそう感じたんだ。
特にカッコ良かったのは、あなたの負けっぷり。
豪快で、潔かった。
2ラウンドが始まって1分すぎ、相手の右ストレートを思い切り顔面に食らったね。そしてそのまま崩れ落ちた。その曲線さえも美しかったよ。そして控え室に戻るとき、心配した女子が周りに押し寄せた。私もそこにいたんだよ? あなたは虫の息で呟いたね。「練習は負けてもいい、大事なのは本番だ」って。その時にはもう、私はあなたに惚れていたんだよ。
ねえ、なんでそんなあなたが、私を選んでくれたの?
信じられないよ。
心の中であなたって呼んでた日々が、目の前で涼介って呼ぶ生活に変わるなんて。
ちゃんと出会ったのは、ビーチだったね。夏になって海の家でバイトを始めた私が、朝ゴミを拾っていたときに、涼介は私を抜かしていった。
「あっ!」と思った。トレーニング姿を見られて嬉しかった。砂浜を走ってたから、そんなに足腰も鍛えられてたんだね。
それから店をオープンして二時間くらい経ったときに、涼介は店に来たんだよね。「ポカリありますか?」って。ないよ。海の家にポカリはない。そしたら「プロテインありますか?」って。ないんだよ。代わりにコーラを渡したね。本当は焼きそばも渡したかったけど、炭水化物ひかえてそうだから、辞めておいたよ。
何よりびっくりしたのは後ろ姿を見てから2時間、ずっとトレーニングしてたってことだよ。大きな胸板を滴り落ちる汗が、自分を追い込んで頑張ったことを物語ってた。
その次の日も会ったね。同じシチュエーションで。私がポカリを買っておいたから、驚いてたよね。キンキンのポカリを渡して、同じ学校の1年生だってこと、総体見にいってたこと、色々喋ったよね。私震えてなかったかな? うまく話せてたかな? 本当はめっちゃ緊張してたんだよ。涼介はそんなこと気にせず、シャワーまで浴びていった。海水浴してない人がシャワー浴びたの、初めてかもしれないよ?
それから毎日、朝のトレーニング終わりにやって来るようになったね。私はポカリを用意し続けた。涼介はお喋りではないけれど「ポカリは俺の血液だ」って言ってたの、覚えてるよ。面白かった。私も砂に『青春』って書いて、『なんて読むでしょう?』ってクイズを出したね。私的には『ポカリ』って答えてほしかったけど、『大塚製薬』って言われて、斜め上の発想に驚いたよ。『字が余りすぎじゃん』て、二人でケラケラ笑ったね。
それから二週間後くらいだったよね。初めて海の家以外で会って、告白してくれたのは。小さいころいじめられっ子に泣かされた八幡神社の階段が、思い出の場所に変わるとは思わなかった。私の記憶を塗り替えてくれてありがとう。
それから涼介はジムに連れていってくれた。トレーナーさんを紹介してくれたのも覚えてるよ。サンドバックに打ち込む姿もカッコ良かった。
でも私、ずっと疑問だったんだ。
なんで総体終わったのに、トレーニングを続けてるんだろうって。
三年生は部活が終わったら勉強モードになるのに、涼介はそんな雰囲気まるでなかった。
でもプロボクサーを目指してるわけじゃないのは知ってた。
行きたい大学があるって言ってたから。
だから理由を聞いちゃいけないんだって思って、何も言わなかった。
試合に招待してくれたのは、10月だったよね。そこでも私の応援は虚しく、2ラウンドで負けたね。なんでこんなにトレーニングしてるのに、負けるんだろうって悔しかったよ。もしかしたら私が時間を奪ってるのかもしれないって、疫病神なのかもしれないって、ネガティブになっちゃったよ。でも涼介は「そんな事ない」って言ってくれた。「練習は負けてもいい、大事なのは本番だ」って、聞き覚えのあるセリフも。私がその意味がやっとわかったのは、その次のボクシングの試合が終わったあとだったよ。
12月だったよね。また2ラウンドで負けたね。
セコンドの人は、カウンターを食らってグラつく涼介に、すぐにタオルを投げ込んだ。「すみません……」と謝るあなたに、『何を謝っとるんや、練習は負けてもええ。次が本番や』って、涼介と同じ意見がセコンドからも聞こえて驚いたよ。『今見たもの、忘れるなよ』って言われてたね。本当に何のことか分からなかったよ。会場を移動するまでは……。
涼介がボクサーじゃないって知ったのは、その時だったよ。
そこにリングはなかった。あるのは床と審査員席のみ。涼介は準備をしたあと、音楽に乗せて軽快なステップを踏み、ジャブやストレートを披露したね。今まで見た中で一番美しかった。涼介も本当にいい顔してた。この為に頑張ってきたんだってわかったよ。
規定演技が終わったあと、自由演技に映ったね。そこではロボットダンスボクシングから始まって、フラメンコボクシング・阿波踊りボクシングなど、音に合わせてめまぐるしく変わる動きに、魅了され尽くしたよ。
『シャドーボクシング』という競技を選んだあなたは、相手と戦うんじゃなく、ずっと自分と戦ってたんだね。その練習のために、相手がいるという臨場感を味わうために、本当のボクシングにも挑戦してたんだとやっとわかったよ。本当にストイックだよね。
マイナーなスポーツだから会場の人は少なかったけど、私は涼介の集大成に大きな拍手を送ったよ。あなたの3年間を、全て肯定したいから。
そして芸術点が発表されたね。あなたは一位だった。もう本当に、カッコよすぎます。私は幸せです。県内一のシャドーボクサーと付き合えて。あなたの頑張りを側で見させてもらって。
全国大会で東京に行っている今、私は家のコタツで祈ることしかできないけど、涼介を応援しているよ。自分の目標のために、英語を勉強しながらね。
試合が終わって落ち着いたら、LINEしてね。季節っぽくはないけど、氷を入れたポカリを飲みながら待ってるから。
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