ゴースト&レディを観ました(原作未読ノー予習1回目!)
ミュージカル「ゴースト&レディ」感想〜〜〜!
仕事忙しくて中々行けなかったんですが、やっと観ました。
せっかくなので完全ノー予習での初見です。
ちなみにこの時の私は
・原作→未読。シリーズものの一部らしいとは聞いた
・前知識→「幕開きで大きいSEが入るらしい」「幽霊とナイチンゲールの話」
・ナイチンゲールに関する知識→小学生の頃に子供向けの伝記を読んだことがあるような気がする程度
・芝居好きの20代女
この状態で観た初見感想です。
何度か観て分かることもあるだろうし、原作との違いとか世界観の設定とかあるんだろうけど、初見の感想は初見の時しか書けないので、今回は純粋に舞台で示されていることだけでの感想を書きます。
原作がこうだからとかは知らん。
上記を踏まえてお読みください〜!
内容別にまとめるの大変なので時系列で思ったことどんどん書きつつ、連想ゲームみたいに話題があっちこっち行きます。多分。
ネタバレしかないです。
■開演前
ジャ〜ン!!
2階席のほぼセンター!観やすい〜。
チケットあるよって誘ってくれたフォロワー、ありがと♡
緞帳の写真は他の人が撮ったのを見たことがあったけど、生で見てもやっぱり綺麗だしかっこいい〜〜〜〜〜!!!!
装置は松井るみさん。
流石、カーテンの魅せ方が素晴らしいですね…!
シアタークリエで観た、大竹しのぶさん主演の「ピアフ」もるみさんの装置で、やはり額縁やカーテンがとても美しかった記憶があります。
この作品にすごく合った美術家を選んだんだな〜〜〜ってすごく思いますというか、この世界観をかっこよく魅せるなら他にいないんじゃないかしらとさえ思える。
2階席だったので、客席の壁や天井付近にも赤カーテンやらの飾りが施されてるな〜とは開演前から思っていたのですが、開場中など、暗めであまりちゃんと見せるような照明は当たっていなかったので、飾っているというよりも、何かの仕掛けを隠しているのかな?とか思っていました。(後から思うと当たっているような、当たっていないような…?)
上の方のカーテンの、センター寄りの左右対称なドレープが、センターのもののようなヒダの寄り方じゃなくて外側が細くキュッっとなってるのが特徴的だなあと思っていたんですが、この形で固定じゃなくて、本編中でこのドレープがけっこう沢山動いて、飾りの形を変えていて、なるほどそのためだったのか〜〜〜!となりました。
いくつかの飾りの形を作るのに、その全てでヒダを綺麗に見せるドレープ作り、複雑そう…!!!
銀の刺繍模様とかだったりするのか、深いヒダでギュッと濃い影が入り、そのヒダの表面をなめるような照明でハイライトが白く光る表情がとても印象的でした。
床は開演前からちょっとだけ模様が見えていたけど、鉄板…?のようにも見える色合いとブツブツした表情のある色面。これ、なんのデザインなんだろうな〜と思って楽しみに開演を待ちました。(途中でこれか〜〜〜〜!!!)って答え合わせができましたね!!!
■1幕
この先まあまあ辛口というか、ここは好きだけどこことこことここはモヤですみたいな感じなので、好印象の感想だけ読みたい人は自衛してください。
つまり他をあたろう。
別にこき下ろしてるって訳じゃないつもりだけど、プラスもマイナスもごちゃ混ぜで好き勝手言うので。
あと長い。初見のくせに!うるさい今しか書けない感想は今のうちなんだよ!
読んでくれる方の自衛のためにもうちょっと詳しく言うと、
キャラクターたちにはかなり好印象の感想を書いています。
転換素敵だねみたいなことも。
ただ、作品の構成、根本的なところから言いたい放題なので注意。
今回は原作未読状態で書いてる、舞台のみの感想とはいえ、原作ファンの人は多分読まない方がいいです。
それでも良い人たち、どうぞ…
最初のSE、事前に大きい音するって注意喚起聞いてたからかもですが、思ったより余裕だった!
あと、もっと怖い音するのかと思ってた(銃声とか)けど、私は最初に聞いた時「古いカメラのシャッター音…?」って思った。
カシャン…!みたいな音…????
後から思うとカメラ関係ないので、ドアが閉まる音のSEとかだったのかも。
上手の袖から劇場スタッフの制服のような男の人がゴーストライトを持ってきて、置いて去る。これで「ここは終演後、関係者も帰った後の劇場の舞台裏である」ことが分かる。
ゴーストライトのオレンジ色の光が青白い炎に変わって浮かび上がり、ゆらゆらと移動した先でパッと消えると灰色の男が立っている。
導入かっこい〜〜〜ね
灰色の男、思ったより動作が「「「「実体」」」」って感じ。めちゃめちゃ質量を感じる動き…?と衣装だな
まあ馬車の揺れも反映されるし物にも人にも触れるし、その辺けっこう物理がきくタイプの幽霊なのかも。
なるほど、劇中劇の構造なのね。劇中劇って言っても、これは終演後の劇場で幽霊が見せてくれる幻?みたいなもので「ノートルダム〜」や「ひばり」みたいに劇中で誰かが演じてるんじゃないけど。
…だよね?これ実際の上演設定じゃないよね…?
(後から思ったんだけど、実際に上演する設定じゃないなら、戯曲として実際に書かせる必要…ある?夜な夜なこうしてグレイが語り続けてるとかだったら生きてる作家に書かせる必要ないから、書かせるんだったら実際に戯曲として上演されてる設定で始まっても良いのでは???)
紗幕すごい綺麗に透けるな〜〜〜!劇場のセットだ!!!写真でちょっと見て楽しみだったやつだ!
言い忘れていましたが、私は映画や舞台のバックステージを舞台にした作品が大好き!!(最終的な印象でこれが仇になるとは…ね)
劇場セットかっこい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あ、これ客席けっこう人形かも?オペラ座の怪人のマスカレード的な、出演者の代わりに人形で人数カサ増しするやつ!??
って思って目を凝らした途端にギュルンッって人形全部消えて空の客席になったのびっくりした〜〜〜〜〜〜〜!!!!
わぁ…
突然ですが、ミュージカル版の「ウィキッド」のラストシーンが、解釈違いで…納得いってないんですよねの話をします。
なんかね、たとえグリンダに思いを託したとしても、エルファバは、闘うことをやめるだろうか。と思う。虐げられている人々や〈動物〉たちの権利のために闘っていた彼女が、その道半ばで自ら、闘いから身を引くだろうかと思う。
闘い続けた末に願い届かず倒れることはあっても、自ら身を引くことはしないんじゃないかなって…。
目標や信念を持って生きている人が、困難に遭遇した時に、闘いをやめる流れがかなり解釈違いというか、端的に言うと苦手で、しかも今回は実在の人物を扱ってることもあって、苦しむ人々を救いたい主人公が、初っ端から思い通りにいかないので死にたいです殺してくださいって主張するの、まだ序盤なのにもう無理って感じで引…。
あとなんか、楽曲がどれも難しそうですね…
グレイもフローも…
序盤からナイチンゲールに「死にたい」って言わせまくるあたりでちょっと引きつつ、進みます
客席どかして馬車になるの面白いけど、それよりも馬車の背面のパネル?だけ別で出してきて合体させるところがすごく演劇的でワクワクしちゃった。
地面の揺れが反映されるゴーストさん。
はいはい壁を抜けられる表現ね、良いねそういうの、古典的で演劇的でとても好きです。
なんか飛んだんだが????→あっグレイが飛び去りましたの演出!??
これは……必要…?
背後の壁を抜けた時点で「いなくなった」ことは理解できたので、そこからちょっと経ってから飛び去るの蛇足に感じたかな…明らかに人形って感じだし
フローの家のセット、脇のところが大道具の木工の骨組みをデザイン的に見せてるの可愛い〜〜〜
そうね現実の風景じゃなくて劇中劇だもんねこれ。
あと、壁にかかった額縁や時計の配置がずいぶんと上の方に偏ってるな、不自然だなと思ったら案の定で草わよ。
お父さん美声すぎるでしょ。カッコ良!→平良さんでした。(この後も、この人いいな〜と思うとだいたい平良さんだったりした)
実際に見るまで、できるだけ他の人の感想は聞かないようにしてたんですが、それでも時々聞こえてきてた役の名前、アレックスくん!!君か〜〜!
婚約者の役なのね。
フローに「結婚はしません」「私も国のために働きたい」って言われた時の返しが「お互いに考える時間が必要だと思う(ニュアンス)」だったのが好印象でした。
この時代の男として、しかも目上の家柄の婚約者として、ここで「お互いに」って言えるの、思想が柔軟だなと思った。
おっなんか今までと違って曲の雰囲気に入りやすい曲きたな…(それまでの曲はなんか、うまく曲の世界観に導入してくれなくて客席を置いて舞台上だけで勝手に盛り上がってる印象があった)
と思ったら、これがフォロワーの言ってた「クリミアへ行こう」か〜〜〜!!
いい曲!!!!!!!!!!!!
なんか、強すぎずと言うか、大音量大迫力みたいなのに頼らずに、落ち着いた曲調ながら確かな意思の力強さと言うか、静かな決意と、小さな一歩だとしても、一歩一歩を踏みしめるような丁寧な音の紡ぎ方で素敵だなと思った。
フロー自身も、戦地に行くことを家であれだけ反対されてたわけだけど、ここで集まってくる綺麗な格好の女性たちは、どうやって送り出されたんだろうか。
フローが行くことが決まってから世間の認識とかって多少変わって期待されてたのか、風当たり強かったのか…とかは考えちゃうね。
「ついて行く」って、「ついて行く」だと思ってたんだけど、この先割と進んでから「憑いて行く」だったんだ…。ってなりました。
「取り憑いてるんだよ」じゃなくて、その前に「取り憑くんだよ」の段階で説明ってあったっけ?
そして名前だけ聞いてたキャラその2、エイミーちゃん!君か〜〜〜。
よろしく〜〜〜〜
この辺のシーンの前後忘れちゃった…
なんか、「劇場」の客席をかたどったセットって、あまりにも視覚言語としての力?影響力が強くて、劇中劇構造ってだけじゃなくて、その劇中劇の内部でも「客席」と「舞台」がかなり構図として主張してくるので、ステージングはかなり気を使わないといけないなと思った。
エリアの分類というか、端的にいうと、上(客席)にいる「状況を観覧する」人々と、下(平土間、舞台)にいる「物語の当事者たち、現場にいる」人々の扱いをちゃんとコントロールするというか法則的にしないと、セットの持つビジュアルでの意味合いが強すぎて、上にいたり下にいたりする人とか、上と下に同じ属性の人々がいるとか、分けてる時と分けてない時がぐちゃぐちゃになってる時があるな〜と思いました。
中盤以降で、舞台全体を病院に見せている時、特にセンターに大きな階段が置かれて、1階と2階が繋がっている時は、この空間が一つの建物の中になるので、上と下は同じ属性になると思うんです(あと後半の雪景色の時もそうだと思います)。
が、劇場の赤いカーテンが残っていた頃や街中、戦地などの屋外のシーンでは、1階と2階をもうちょっとしっかり区別した方が面白いというか、世間や世界、国の上層部などが、ナイチンゲールたちの活動を「見ている」というのを、劇場モチーフとともに見せられたんじゃないかな〜と思いました。
後半はそれでもけっこう意識的に2階に都市部の人々、1階に戦地とかで分けられていたと思うけれど、前半まだ劇場色が濃い時にぐちゃってしてたのがかなり気になったりした。
えっと、話をストーリーの軸に戻します。
クリミアに着いたところ、軍人たちに帰れ!って言われたあたりの、めちゃめちゃ火力の強いシスターたちが地味に印象的。
彼女たちの力強さというか信念の強さを感じられてよかったです。
戦地の描写は…そうですね…印象としてはなんだろう。人が少ない…?(あけすけ)
もっと強い言葉で言うと「ぬるい」ってちょっと思っちゃった…。
絶望の話をしてる割に元気な人が多いし、劇場だったセットから中身の部分がなくなって骨組みの構造だけ残るのはかっこよかったですが、それでも劇場と共通のセットだから場も綺麗(質感がマットだから綺麗に見えるのかも…?)だし、あと端的に言うと死人が少ない。
フローたちによって救われるシーンはもちろん大事なんだけど、救える前にどれだけの人が息絶えていったかとか、彼女たちが来てからも救えなかった患者たちっていうのは、前と比べて減ったとしてもやはり多かったはずで、みんなを助けたかったフローやエイミーにとっての絶望って、そういう「救えなかった人々」が毎日毎日いること、それが積み重なっていくことも大きいんじゃないのかなと思います。
あとなんか、「戦地」であることがあんまり生かされていないようにも思う。負傷兵がいるっていうのと軍人たちが仕切ってたっていうのと、環境が劣悪なことだけで、シーンの内容としては町の病院でもあんまり変わらないというか…。ここが「戦場」である危険さとか、残酷さとか、人々の感覚が通常でいられなくなるような場所、そんな場所で患者たちが安心できる病院の環境を整えたことが大事なのでは…。
パーティのシーンでも五体満足に元気な人が多すぎるというか、元気になった人もいるだろうし管理側の軍人もいるだろうけど、問題なく元気に踊ってる人か、ベッドに座ってる人の2択って感じで、もっと例えば、踊ってる人の中にも松葉杖ついてる人がいたり、頭や手足に包帯巻いてたり、片脚、片腕しか動かせない患者が沢山いて、それでも動く箇所を動かして、つかの間の楽しい時を過ごしてるみたいな見せ方をしてほしかった気は…します。
「戦場の絶望」をちゃんと描かないと、そこに描き出す「希望」の印象も弱まるというか…。
あと、戦地の病院っていう、生と死がこんなにも入り乱れる場所なのに、この場所や人々に対するグレイの反応がなさすぎる。
途中途中で会話に挟まってくる男ってだけになりつつある。なんだお前。
幽霊と戦地っていう組み合わせが放置されてるように見えるのなんだかな…(1回しか観てないので見逃してる可能性は大いにあり)
野中さんジョン・ホール!!良いな〜〜〜〜〜。不遜な感じと、いろいろ面倒くさそうな態度とか、リアルな質感の良い味…。
彼が出てきたあたりで、病院の天井のアーチが低い位置まで降りてくるのは、フローにかかる圧力の重しみたいで良いな〜と思いました!
その後にアーチと一緒に転換幕的な使われ方をする石壁?の絵は、なんか狭い地下牢みたいに見えて、シーンによってはなんでこんな場所で…?という感じもした。
部屋っぽい奥行きが描いてあるからかな…。石壁の廊下だったら別にそうは思わないかも。
グレイがいろんな暴言(好きの裏返しの言い換えパラダイス)吐くのを観ながら「それは恋だね〜〜〜〜」ってなる曲、箸休めか?????
エイミー〜〜〜〜〜〜〜!
私は けっこう あなたのこと 好きよ。
なんか漏れ聞く評判だとエイミー嫌われてる印象なんですけど、私けっこう好き〜〜。
彼女なりに頑張ってるけど、フローのようになれない、うまくいかない、って葛藤、あるよねえ。「私もあなたと同じよ」って言われても、実際不器用で看護の作業でもうまくできないことも多くて、しんどいこともあるよね〜。
そしてアレックスくんおひさ〜〜。
えっやっぱり私こいつも普通にけっこう好き。
再会シーン、強く強く信念とともに闘ってきて、患者や仲間を救う、守る存在であり続けたフローが、恐ろしくて危険な目にあった時に、あんなふうに自分を「守られる側」にしてくれちゃう存在が現れたら、揺れるよね。
というか、弱さが出るというか甘えたくなるよね…とか思ってたんですが、フローがしっかり「側にいてほしいのは前に進む勇気くれる人(うろ覚え)」みたいなこと叫んだので、守られるつもりはないぜ!!!ってのがわかりました。つよい。
うわ今まで観た中で一番かっこいい美南さん出てきた!!!!!
でもフライング低!!!!!!!!!!!!!
という衝撃の1幕ラスト!!!!
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、1幕終わりの時点での感想、ものすごい根本から否定することになっちゃうので言い淀むんですけど(2幕観たら印象変わるだろうし…)、
「グレイが邪魔」
そんなことある??????って感じだけど、フローの物語を追っていくのにグレイがノイズと化してて、話の途中途中で挟まってくるうるさい男(恋なう)という印象…
そんなことある?????主役ぞ???????
ていうかこいつ視点の劇中劇なんだが???????????
なんか…なんか、「エビータ」のチェとか、「エリザベート」のルキーニとか、物語の中と外の行き来や接続が上手かったんだなぁ…って…
チェは直接物語の中には入らない代わりにエバとだけ会話するって特徴がうまく機能してて、ルキーニは本当に外と中の行き来が上手い…。
あと、トート閣下って改めて色々と都合が良いというか、上手いキャラクターだなぁと思う。
「エリザベート」って上手くできてんだなぁって思っちゃった…。脱線でした。
話を戻します。
この作品、戦場シーンでは形骸化したデザインになるとはいえ、それでも客席と平土間という構図は強く残る「劇場のセット」の中で物語が展開してて、しかもシアターゴーストが主役の話で、
それこそフローの実家のセットとか大道具風だったりしたけど、
劇場、芝居っていうモチーフが今のところ全然物語と関わってこない。
ただ2人が出会った場所がそうだったってだけ。
そして、戦場に移っても、その特性がグレイとほぼ影響しあわない。
グレイとというか、幽霊という存在と影響し合わない。
戦場という、人と人が憎しみあって殺し合って死人がどんどこでる場所なのに、グレイはフローの周りの人間関係に手を出してるだけで、そこに戦場あんまり関係ない…
ので、なんか、なんだろうね…1幕までの段階でのド正直な感想が「グレイが邪魔」になってしまう。
劇場や演劇のモチーフも全然内容に絡んでこないので、もうナイチンゲールの半生の部分だけで観たいかも…
ところで同じスコットさんの演出の「ノートルダムの鐘」も劇中劇構造だけど、あの舞台は、教会で行われるキリスト教演劇というか「聖史劇」の構図で、客席から舞台を見ると、ちょうど聖堂でバラ窓を正面にして、聖歌隊がバックにいる、「舞台側」が見えるようになる。
あくまで私たちのいる客席側が劇中劇の中でも客席側で、舞台の上は劇中劇でも演技エリア。
でも今回の場合は舞台の上に劇場を丸ごと乗せているので、劇中劇の構図の中に「客席」も入ってくる。これが難しいというか、「劇場」という意味合いが常にものすごく強く主張してくる部分だなと思いました。
(そういえば、クリミア着いたあたりでマクベスのセリフ引用してたけど、芝居だと思ってやれってあの状況でやるの、正直全然好ましくなくて、つまりあの状況で「演じ」させるのか〜〜〜〜〜〜という感情だったし、あとそもそもグレイが芝居好きに見えないのもなんかな〜と思いました。「ハムレット、1万回は観たなあ」の言い方とか、他のたくさんの引用もなんだけど、劇場にいたから観たってだけで、芝居が好きなように見えないんだよな〜〜〜〜)
まあいいや。幽霊関連の描写がなさすぎて今はノイズに感じるけど、1ラスでもう1体、意味ありげなゴースト出てきたし、2幕までちゃんと見れば違うはず!!!
ということで2幕へ〜〜
■2幕
ボブくん素直で良いな〜!
キャラクターたちはメイン級もアンサンブルの登場少ない役も割とみんな好きかも。
やっぱりこの正面に階段がついて全体が一つの空間になる構図は好きだな〜
2階でもリハビリしてる?兵士が歩いていったりするのいいね
ヴィクトリア女王の曲、どういうテンションで聞けばいいのかちょっと戸惑う。
せっかくだからナイチンゲールという「天使」がコンテンツ的にというか英雄的に祭り上げられたりする描写もあったら、劇の構図に合ってて面白いんだけどな
デオン姐さんめっちゃ良くないですか????かっっこよ…
ビジュアル的な美しさというよりも、芯の通った強さがかっこよ…
女として生まれて男として生きて、女として殺されたこの人だったら、好きな女も全力で守れない、煮え切らないグレイみたいな男めっっっっちゃ嫌いそう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
本気で守りたいならって言うのわかる…言いそう…(言った)
強いっす…!
だからこそ善悪じゃなくて己の欲と意思が強くて揺るがないジョンホールを選んだのも納得〜〜〜〜
エイミーとアレックスへえ〜〜〜〜〜〜?????
良いじゃん???????????
私別に全然問題ないと思う〜。フローはそもそも最初から「結婚はしません」って言ってたし、さっきも守られる気はないって(独白だけど)意思表示してたし、
守られるつもりはない信念に生きたい女(婚約破棄済み)と、
フローの生き方を否定して連れ帰らずに、彼女の望む人生を生きさせて、それはそれとして自分は誰かを守りたい男と、
戦場で心折れて守られる道を選んだ女、みんな希望通りでは?
ただね〜〜〜去り際のアレックスのセリフ?歌詞?だけは、この男の役をどう見せたいのか分からなくて「??????」って感じでした。
言ってることって大きくは
・君は1人でも大丈夫
・軍で良くない噂も流れてるよ
・戦地を離れてもできるだけ力になる
の3つで、「1人でも大丈夫」はなんか、「見捨てた!??????お前〜〜〜〜っ💢」て感じで、
噂の件は「だから気をつけろよ」なのか、「もっと控えめにやれ(疑念)」なのか発言の意図が読めなくて、
で、最後の「離れても力になる」宣言は最初の「1人でも大丈夫」と矛盾してて良く分からん…
エイミーと結婚するのは別に問題なくない?と思うし戦場を離れるのも任期が終わったなら別にって思うけど、なんだろ〜
「かつては恋人、婚約者という関係で今は違うけれど、この先は戦友、仲間として君と共にあるよ」ってことなら「1人でも〜」が余計だし、噂の話は伝え方もうちょっとさ、だし、
絶望描写のために彼女を捨てた男として描くならそっちに振り切ってくれた方がいいんだけど…
アレックスをどういう奴として見せたいのか分からなすぎて困惑しちゃった…。
あとね、エイミーも1幕の歌では「わかるよ…」って思ったんですけど、2幕の方だと「1番星」ってワードが引っかかるかな。
1幕段階だと、「フローのように強く立派に生きたいけどできない」という印象だったのに、「1番星」って入れちゃったから、「スターはあなたで私は脇」みたいな印象が付いちゃったというか、フローのような生き方をしたかったんじゃなくて、フローのような評価を得たかったように見えてしまう。
彼女の見せ方として、この歌詞で合ってるのか、意図されてない印象が付いちゃってるのかは謎。
絶望、絶望ねえ。
人の絶望を秤にかけてはいけないんですけども。
いけないんですけども、フローの絶望の原因を、患者たちではなくて軍と上手くいかないことや元婚約者や同僚の方に持っていくのってどう…?とは思う。
もちろん悩みの種、心労の種はいろんな人間関係にもあるだろうけど、殺して欲しいと思うほどの絶望、彼女にとってのそれを作るのは、信念ではなく他者からの評価や去っていく人たちだろうか…。
フローレンス・ナイチンゲールという人を聖人や天使のようにだけ描きたくないというのは大いに理解できるんだけど、
これまでのシーンの戦場や患者の描写、自身の死というものへの向き合い方もちょっと引っかかるところがあった上で、どうにも彼女の信念や使命というものよりも、「自分可愛さ」由来の感情の起伏が勝つ脚本、描き方だな〜と思う。
聖人や天使ではない1人の女性としてフローを描くことは、信念よりも自己愛が勝つ俗物っぽい描写でなくてもできるのではと思う…というか。
最近観た作品に、東宝主催のミュージカル「この世界の片隅に」があるんですけど、これは戦地ではなくて国内の人々を描いているものの、戦争の中で生きる女性の話で、で、この作品でも主人公の大きな感情の起伏が描かれるシーンの1つとして、男女の過去と現在の関係性が悩み、苦しみの種になるんですね。でも、こちらはそういう「俗っぽさ」「普通の人の普通の悩み」というのに、ものすごく意味がある構成になっているし、そこに意味があることをちゃんと作中で示してくれる。
今回の場合は、フローの絶望が軍との関係やアレックスのことやエイミーの離脱、その他が重なった心労であるとして、その理由に対して「そのくらいで」とは全く思わないんですが、
戦地の病院で使命を果たすべく生きている彼女の描写をするのに、「絶望」の原因に選ぶのは自分の周りの人間関係なんだ…????
というモヤモヤがありました。
で、そんなの絶望じゃねえ!!!!って言って語られる内容もなんというか…うーーーーーん??????
ていうか回想シーン、絶妙に長くて「長いな…」って思っちゃう(いやでも主役の過去シーンよ?)(基本がフローの半生を追ってる構成なのでそっちメインに意識がいきがち)
回想シーンが始まる時、上手の台下からズルズルッってロープで幕が出てくるの、不意をつかれたし転換スムーズだしかっこいいしで興奮しました。
影絵のシルエットにこだわりを感じる。
なんかやっぱりさ〜〜〜〜〜〜
グレイが別に劇場や芝居に対して特別思い入れとかなさそうなのがモヤです。
捨てられた場所が劇場前だったから、罪を犯した後にここに戻ってきただけで、劇場で育ったとかではないし、
戻ってきた時に舞台の上の女に惚れたから通っただけで、芝居そのもの、劇場、演劇というものへの思いとかは全然語られないし、元になった言い伝えと、白骨が発見されたのが劇場内だからなんだろうけど、劇場内で決闘しないでください〜〜〜〜とかもある。
劇場にいる時に暗殺されたとか、役者として出演中に殺陣と見せかけて真剣で殺されたとかなら分かるんだけど、「決闘を申し込む」で始まるなら場所を変えろよ!!!!って思っちゃう。
劇場にも芝居にも思い入れなさそうずぎる。
1幕の芝居の感想とかも、「劇場にずっといたから沢山観ただけ」って感じに聞こえたし。
なので「芝居を書きたい」っていう主張もあまりに唐突な感じするかも。
たとえば、彼が生前この劇場の座付き作家だったけど、満足のいく作品を残せないまま死んだとか、
たとえば、彼は生前、名もなき売れない作家でこの劇場へは観客としてしか来れなかったけど、いつかここで自分の作品を上演したいと思っていたとか、
たとえば役者志望だったとか。もっと演劇との結びつきがほしい。
「シアターゴースト」なのに、そこの描写でシアターおよび演劇が大事にされてない感じがしてモヤモヤ。
は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
進もう。
デオン姐さんの放った短剣をグレイの身代わりで胸に受けて意識を失ったフローに、冷気を与えるグレイのとこね。
冷気の与え方って、刺された箇所に手を当てて気を流し込むみたいなのだと駄目ですか…?
その…いわゆる一般的な認識と、この作品の「ゴースト」の設定や概念が違うことは理解してるんですけど、やっぱり「死者との接吻」が意味するものって一般的にさ…みたいなのは、あり…
普通の人間だったら死ぬけど、毒には毒をで回復するって文脈かもしれないだろ。
それはそう…。でもそれなら、本来「冷気」が生者にとってどんな影響があるかとか説明入れてくれてもええんやで(なんども言うけど初見なので聞き逃した可能性はあります)
あと、浮くんだ???????
なんか地味なフライングというか低い人吊り好きだね??????
進もう。
ジョンホールさんに呼ばれて敵地へ〜〜
「戦争が終わっても負傷兵はすぐに帰れるわけじゃない」って台詞とても印象的。
雪景色だ。元々いた場所は水捌けが悪くてジメジメしてたから感染症も流行ったけど、ここはここで負傷兵も凍えて大変だろうな…もう少し耐えれば故郷に帰れた人が、寒さで衰弱して、なんてこともあるんだろうなとか思いを馳せつつ。
は〜いジョンホールさんとの一騎打ち!!
こういうの(本音の罵り合い)大好き〜!!!
デオン姐さんはなんで「天使」を殺すことにこだわってるんだろうね、その辺も知りたいね。
奥の2人のショボフライングバトル、ちょっと面白…
それよりも地上戦の方が、よくこんなシーツみたいな滑りそうな布の上で殺陣とかできるな…。捻挫とか、腰とか気をつけてくださいね…
ところで人間2人の方なんですけど、
社会的弱者層出身のジョンホールにせっかく「金持ちの娘がなぜ兵隊の世話なんかに明け暮れる 何故そこまでできる(ニュアンス)」みたいなこと言わせたのに、それに返すフローの歌詞が「心の羅針盤見つめて赤々と命燃やすわ」なの、なんだろうね…はずれた返しでは無いし、良いこと言ってるんだけど、今?
うーん。ここのフローの叫びは実際素晴らしいので全然あっていいんですけど、ホールの問いに対する答えとしてどう????というか、恵まれた身分に生まれながら、弱者たちのために一生を捧げた彼女に言わせる言葉として、あの男に1番響くのは「全ての(傷ついた/弱き)人のためになりたい」ってことを明言する方が綺麗というか、これまでに示されてきた要素とバチっとハマる気がして…
いや「心の羅針盤〜」以降の歌詞は良いので、それは残したまま、別でというか「金持ちの娘が兵隊のために」への返しとして他の言葉がほしいかな〜ってちょっと思う。という話でした。
54年後
わぁ…めっちゃ良い曲…。エビータのレクイエムみたいに亡くなってからの追悼歌じゃなくて、これから旅立とうとする人を見送る言葉なのも良いなぁ
君たち全員長生きだなあ
すごくない??????戦場を生き抜いた人々の生命力なのか…
私は今のところの印象としてアレックスもエイミーも、自分の道を選んだだけで共に戦場とその後を戦った戦友という認識で好印象なのでこのシーン普通に好き。
別に、どのツラ下げて〜みたいな感情はないです。
ボブ〜〜〜〜〜〜〜〜お前ほんと、いつも良いとこ持ってくよな…すきだよ…
グレイの「独りで逝かせるわけにはいけねえだろ」みたいなセリフ、個人的にはフローには「一人ではありませんでしたよ」くらいの返しはしてほしかったかもな〜〜〜〜
フローはグレイが消えたと信じていたかもしれないけど、ここに集まってるボブやアレックスたち以外にも、彼女には沢山の戦友がいたはずなので…。
グリンダの「私には友達がたくさんいたわ。でも大切なのはあなただけ」じゃないけど、グレイが特別なのは示すとして、彼を失った(と思っていた)穴はあれど、仲間たちと共に生きて、もう彼女は死のうとはしなかったっていうのも示してくれると素敵だな〜とか。
あっそうだ、ラスト!
ラストのランタン、綺麗ですね。
綺麗なんだけど、見せ方というか、灯りの灯し方がもうちょっとなんとかならんかな〜〜と思っちゃった。
あれが、フローが灯した灯りを彼女の意思を受け継いだ人々が後世へ、そして世界中へ広げていった希望の、ぬくもりの灯火のランプなんだってことは見りゃ分かるんですが、舞台上のやつが特にかな、全てのランプにもう灯りが灯った状態で、降りてくるんですよね〜〜
明かりがついたランプが大量に、一斉に降りてくるだけに見えちゃう。
たとえば、1人、2人くらいでも看護師やシスターのような人が順番に手に持ったランプに灯りを灯して、その間に灯りがついてない状態で吊りもののランプは降ろしておいて、看護師たちの灯りに続くようにポツポツと灯が灯っていって、最終的に全部が光るようにはならないものか…
回路の制御とかあると思うので、1つずつとかは無理だと思うし、客席側のやつはそれこそ同時にゆっくりつけるとかしかないかもしれないけど、せめて舞台上のやつは、もうすこし段階的に灯りが増えていった方が、フローの灯した灯が広がっていくように見えたんじゃないかなって思いました。
全部同時だと、綺麗は綺麗だけど、急にラプンツェルみたいになるというか…完成形の綺麗な画になるまでの過程に情緒ほしいかも。
お〜わり。
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。そうねえ。
まぁここまで好き放題に書いたのでお察しと思いますが、私は今回の初見ではこの作品とあんまり分かり合えなかったかな…
原作ありの作品に対して、すごく乱暴な発言であることは重々承知なんですけど、今回はその辺は考慮せずに、単純に舞台のみを観ての感想ということで書いてるので。
グレイやデオンの周りの話もとても面白かった(興味深かった)し、
フローの半生の物語も周囲のキャラクター含め魅力的だったけど、
正直ゴーストの話とナイチンゲールの話、別々のミュージカルとして観たい。
これが初見での結論です。タイトルから否定する感じで大変申し訳ないが…
途中でもちょこちょこ書いたんだけど、「シアターゴースト」という設定と、劇中劇という構造が、主張が激しいわりに意味を持たないというか、極端にいうと装飾的?ただの額縁になってしまっているように感じるというか。
◼️「人間(というか他人)不信のシアターゴーストが、芯のある強い女に恋をした話」がしたいなら、相方がナイチンゲールである必要なくない…?
史実の彼女に、芝居好きだったとか、あの劇場へ通っていたとかの劇場や演劇との接点があるのかも…?とも思ったんですが、ちょっと調べた感じだとそういう情報は見当たらず。
そして、ナイチンゲールというヒロインを選んだのに、グレイというゴーストに、「彼女の人生」に関わったからこその変化がみられない。
ああいう性格の魅力的な相手だったら、「戦地へ赴き生死と向き合い弱者のために尽くした看護の母」である必要が、感じられない。
彼がついて行く場所がクリミア戦争の戦地であることが生かされていない。
だったら、シアターゴーストの恋の相手は、かき集めたチケット代で桟敷席の端っこにいつも来ている貧しい女の子とか、いつかこの劇場で主演をと夢に見る若手女優とか、時代に訴えるために書きたい作品がある作家の卵とかでも良くない???????
◼️「ナイチンゲールをヒロインにして、彼女の半生を描きつつ幽霊と絡ませたいなら、"シアター"ゴーストじゃなくて良くない?」
「劇場」や「演劇」を、物語の外側だけで使って、内側とほとんど絡めないんだったら、別に、灰色の男じゃなくて良いじゃん。
彼女が求めていたのは「殺しの技術があるゴースト」ってだけ。
だったらこの話は、図書館や、病院の図書室で始まっても良い。そんな場所で、ナイチンゲールの伝記を読む子供とかの前にゴーストが現れて物語を語ってくれても問題なくない?
フローはとても著作の多い人だし、他の人がまとめた、彼女に関する本も多い。その方が、自然なのでは…。
わざわざ生きてる作家に取り憑いて戯曲を書かせた設定なのに、芝居の構成はその戯曲が実際に興行にかかる設定じゃなくて夜の劇場でグレイが見せてくれるだけなら、書かせるのは戯曲じゃなくて本でもあんまり変わらないのでは…
フローの物語と絡ませるのに「シアター」ゴーストである必要性が今のままでは感じられない、生かせていないって書いたんですが、シアターどころか、もしかして「ゴースト」の部分すら生かせてないのでは…?死人だけに、じゃね〜〜〜のよ
グレイのキャラクターって、今のだとちょっと特殊能力があって(特徴体質で)、ちょっと長く存在してて、過去に傷がある男ってだけになってる…かも?
あれだけ生と死の話しておいて、初っ端からヒロイン(生者)に「死にたい」って言わせるような話なのに、ゴーストがそれに返す答え、そんなんでいいのか?????
ゴーストの1番大きい要素って、当然だけどやっぱり「一回死んでる」ことなのでは?「死者」であることなのでは?????
死者と生者に、生死の話させるならもっとゴースト、幽霊でこそ言わせられるような台詞、あるだろ〜〜〜〜〜〜??????
グレイがちょっと変わった性質と能力を持った男としてしか機能してなくて、下手したら長寿の魔法使いとかでも置き換えられそうじゃない…?
劇場に現れる「灰色の男」というゴーストの言い伝えが魅力的であることと、
ナイチンゲールというヒロインを扱いたいということの、
別々のやりたいことを「無理やり抱き合わせた」ように感じてしまった。
グレイの物語の相方として「フローレンス・ナイチンゲール」を選んだ効果がぜんぜん描かれないのでヒロインフローじゃなくて良いじゃんとなるし、
フローの物語と関わるゴーストとして「シアターゴースト」を使う効果もぜんぜん描かれないのでグレイじゃなくて良いじゃんとなるし、
この2人だからこそ持つ背景や特性や周りの環境が、2人の関係性や物語に影響しなさすぎて、「劇場」も「戦場」も「時代」も、ただの背景画や額装になっちゃってるのが割と耐えられない。
作品作りの観点で…。
なんならキャラクター設定の「ゴースト」すら、あんまり生きてなくて装飾になってないか…
フローとグレイの物語それぞれは魅力的(グレイやデオンの話は、それはそれでもっとがっつり見たい面白さ)なのに、繋ぎ合わせ方が無理やりすぎて、劇場も演劇も、ゴーストの話も、戦争の中で生きた人たちの話も、どれもこれも描写が中途半端になってしまったような印象もある。
劇場で行われる劇中劇っていう構図、構成やテーマが、ドラマチックな額縁としてだけじゃなくて、もっとフローの人生や信念や、2人の物語と繋がってほしかったです。
最初の方にも書いたけれど、私はやっぱり芝居が好きだしバックステージを描いた作品が好きなので劇場モチーフに心踊っていたのだけど、逆にそれが仇となって、劇場モチーフの扱い方に納得がいかなくて、というか大切にされてない感じがしたのもあって、魅力的なキャラクターたちは素敵だったけどモヤモヤが大きく残っちゃったな…。
テーマやモチーフの扱い方がなんだろ、見栄えのする欲しい要素だけ集めたみたいに見えてしまって、どれも中途半端になるくらいなら、別々で見せてほしかったな、そのテーマ…って感じ。
役者によって印象が変わる部分もあると思うので、せめてグレイとフローくらいはもう片方のキャストでも観るために、もう1回はどこかで行こうと思っているし、原作も舞台と何がどのくらい変わってるのか気になるから、そのうち読もうとは思うけど…
今はひとまずこんな感想です。
暴言にお付き合いいただきありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?