お仕事でボツになったエッセイ②
お仕事でボツになったエッセイを3日間にわたって供養するコーナー(?)2日目です。
「平田香澄」さんのモデルは私です。こんなにできる人ではなかったですが、バッグメーカーで営業職として働いていたのも、何かを「作る」側にいきたくて悩んでいたのも実話。
「作る」ものがバッグではなく文章となり、今こうやって発信できていることを嬉しく思います。ぜひお読みいただけたら嬉しいです。
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平田香澄は、渋谷にあるバッグメーカーで営業職として働いている。日々店舗にまわって自社商品を提案し、店頭に置いてもらうのが主な仕事だ。
香澄の担当顧客は雑貨屋をはじめとした小売店。何度もお店に足を運ぶうち、発注担当の店長とも仲良くなり、そのお陰か否か、個人予算を達成しない月はひと月もなかった。
そんなあるとき、いつものように外回りに出ようとすると、上司から引き留められた。
「平田さん、ちょっといいかな」
「はい」
少し、ドキッとする。この間、外回りの帰り道で買い食いしたのがバレたのだろうか。それとも、部署異動?
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上司は会議室の椅子に腰掛けると、雑談もそこそこに切り出した。
「実は、kaedeさんとのコラボモデル製作、平田さん主導で進めてみてほしいんだ」
思いもよらぬ提案に、えっと声を出してしまった。
kaedeは、今をときめく同世代のイラストレーターだ。つい先日開催したばかりの個展では、イラスト以外に服飾や陶芸作品もあわせて展示するなど、創作の幅を広げている。
「ぜひ挑戦してみたいですが、どうしてわたしが?」
「平田さん、人との関係性築くのうまいじゃない。バンバン数字あげるし。今年3年目でしょ?新しい仕事を任せるにも、いいタイミングかなと思って」
にこりと笑う上司。その姿を見たら、いてもたってもいられなくなった。
「やります。わたし、やったります」
「その言葉、待ってたよ」
上司は席を立ち、会議室の扉を開け放った。
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kaedeとの打ち合わせは、怖いくらいとんとん拍子に進んだ。商品は、リュックとミニトートバッグの2型。素材はファーを使って、kaedeらしいポップさも演出。ロゴマークはどこにつけようか…。
同世代ということも相まって、気づけば、ふたりは友達のように話す仲になっていた。
*
こうして迎えた、商品発売決定当日。香澄とkaedeは渋谷の大衆居酒屋に飲みに行った。
「いやー、お疲れ様!」
「本当にお疲れ様だよ」
キンキンに冷えたジョッキをぐっと握りしめ、乾杯する。仕事終わりのビールがいつも格別においしいのはなぜだろう。
「香澄と出会えてよかった。仕事だったけど、まったく仕事してるって感覚になんなかったんだよね。楽しかったわ」
「わたしもkaedeに会えてマジでよかった。まさかここまで仲良くなれるとは思わなかったよ」
「ほんとだよね」
「梅水晶、白子、あん肝ポン酢、鶏皮、あとなんかいる?」
「最高、だし巻き卵も追加で」
「最高」
お互いの注文を褒め称えあい、オーダーするときのワクワク感といったらない。
すべてのつまみが出そろったタイミングで、kaedeが言った。
「実は、わたしまたギャラリーで個展をやろうと思うんだけど」
「おお、いいじゃん」
「そこに、”ネクストクリエイター”のコーナーを設けようと思ってて。香澄さ、商品置かない?」
ええ、と香澄は声を上げた。ここ最近、驚くようなことばかり起こる。
「私が?”ネクストクリエイター”?」
「香澄、前チラッと言ってたじゃん。実は、つくる側にも憧れてたって」
確かに、そうだった。香澄は美大に入学した当初、クリエイターとして生きることを志していた。けれど、ものをつくればつくるほど、自信を失った。世の中にごまんといるクリエイターに、わたしはなれるだろうか。
いつしか夢を諦め、香澄は「つくりたい」と考えていた「鞄」に少しでも近づける企業に就職した。商品を生み出す企画職ではなく、営業職として。
つくるのは、辞めよう。人と話すのも大好きだし、企画が生み出した素晴らしい商品を世の中に広めよう。こうして、慌ただしくも充実した毎日を過ごすうち、すっかり忘れていたつもりだった。
けれど内心、思っていた。「いつか、挑戦したい」と。その”いつか”は、1年過ぎ、2年過ぎ、3年目になった。
「やります、私、やったります。このセリフ、ここ最近で言うの2回目なんだけど」
「え、いつ」
「kaedeとのコラボモデル、つくるって決めたとき」
何をつくろう。今のわたしなら、きっとできる。
頭の中で眠っていたアイディアがむくむくと広がっていく。
鞄からノートを引っ張り出して、スケッチをした。kaedeはにこにこと笑って、それを眺めているのだった。
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