風になる
まだくらーい部屋で、ぱっと目が醒める。5時。アチャー、早起きしてしまった。本来は「やったあ、まだ5時だ!」と喜んでぼんやりするところなのだろうが、そうは問屋が卸さない。
すぐさまPCを立ち上げ、簡単にメールをチェックする。今日はやることが満載なので、前日からにわかに緊張していたのだ。キーボードをしゅたたん、とたたく。
忙しない雰囲気が伝わったのか、彼も目を覚ましてしまった。ごめんごめん。
たまごトーストを食べるか尋ねると「食べる〜」と言いながらシャワーを浴びに行ったので、その合間にせっせとたまごを茹でた。今日は失敗しなかった。よっしゃー!とガッツポーズ。
傍、らんらんと目を輝かせ「おかわりは?」と聞いてくれる彼。やさしい。
朝から作業をしてちょっとだけ疲れてしまったので、しばしラジオを聴きながら休憩。「猫の形をしたパンがあるらしい」という情報とともに、つじあやのの「風になる」が流れたその瞬間、小学生時代の記憶がバーっと蘇ってきた。
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小学5年生のとき、同じクラスのKくんに片想いをしていた。横顔がうつくしい人だと思い、授業中ことあるごとにじっと眺めていたところ案の定それがバレ、「お前、俺のこといつも見てるだろ」とからかわれる。「いや、見てないし」と意地になって答えてから何となくお互い気まずくなり、まともに会話を交わすこともないまま小学6年生になった。
クラスは離れてしまったものの、どうにかこうにか一緒に過ごしたくて、友達づてに情報を得て同じ給食委員会に所属した。
その委員会は所属メンバーの会議後、各教室にポスターを届ける決まりがあったのだけど、ある日、わたしが配布担当となっていた教室にKくんが立っていたことがあった。
放課後のまぶしいばかりの夕日に照らされたKくんの横顔は、相変わらずうつくしくて、何も話しかけられなかった。ただただ、Kくんの瞳がわたしを捉えませんように、と祈りながら逃げるようにその場を走り去った。背筋をしゃんと伸ばして立っているKくんの姿がチラリと見えた。
そのとき、音楽の授業で隣り合わせで歌った「風になる」が流れていたのだ。何で、今まで忘れていたのだろう。
中学に入学してからもずっと、「あのときKくんに話しかけていれば、何か変わったのだろうか」と考えていたのに。いつの間にか、寄せては返す波のようにどこか遠くへ消えてしまっていた。
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記憶は、儚い。日々は、連綿と続く。
ふっと横を見ると「今日は早く仕事を終えるぞ〜!」と意気揚々と玄関に出てゆく彼の姿があった。横顔が、きらきらと輝いていた。
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