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空じゃない空へ【2023年天海春香誕生日記念SS】

「765のプロデューサーさん」

「あ、先生、お世話様です」

「いいえ、こちらこそ」

「みんなのボイトレに変わりはないですか」

「ええ。みんな素直で、たくさんのことを吸収してくれて、めきめき上達していますよ」

「そうですか、よかった」

「これもプロデューサーさんの手腕ですかね♪」

「いえいえ、とんでもない……アイドルのみんなが、夢に向かってちゃんと頑張っているからですよ」

「ふふ、765プロはアイドルちゃんもプロデューサーさんも、スタッフさんも皆さん素敵ですから。謙遜しなくて大丈夫ですよ」

「ハハハ、恐縮です」

「あ……でも……」

「どうかされました?」

「最近、少し気がかりな子がいまして」

「え、もしかしてまた亜美と真美が変なイタズラを? それとも茜か……」

「ああいえ、違うんです。春香ちゃんのことで」

「……春香、ですか」

「意外そうですね」

「いえ、そういうわけでは……春香がどうしたんですか」

「春香ちゃん、バースデーライブを控えているじゃないですか」

「ええ、そろそろ誕生日ですしね」

「そこで歌う曲を重点的にレッスンしてるんですけど……」

「上手く歌えてないんですか?」

「いえいえ、単に歌のレベルとしては申し分ないですよ。ただ1曲、本人がどうも仕上がりに納得いかない曲があるみたいなんです。私から見ても迷いがあるように見えますしね」

「そんなに難しい曲、セトリに入れたっけなあ。どれですか。」

「はい、えっと……」

~~~~

「~♪……うーん……もおーだいじょーぶだよー……ちがうなあ……うーん……うぅ……」

「春香」

「わっ、プロデューサーさん」

「ごめんな、自主練中だったか」

「えへへ、ちょっと……」

「ずいぶん悩んでるみたいだったけど」

「バレちゃいましたか」

「そりゃ、あんだけうーうー言ってりゃな」

「うぅ……そうなんです」

「体調よくないのか?」

「いいえ! 天海春香、元気ですっ!」

「そうか、それは安心だ」

「えへへ……実は、ちょっと歌のことで行き詰まってまして」

「ボイトレの先生から聞いたよ。『空色♡Birthday Card』が上手く歌えないんだって?」

「知ってたんですね、そうなんです」

「ちょっと前にLOVERS HEARTのみんなで歌ったじゃないか」

「そこなんですよぅ! 今度のバースデーライブ、『空色♡Birthday Card』を私ひとりで歌うじゃないですか」

「ああ、春香が主役だからな。誕生日だしいい機会だと思ってセトリに入れさせてもらったよ」

「はい、それはいいんですけど……みんなで歌ってたときは気にならなかったところが、ひとりで歌うと気になっちゃって……」

「なるほどな。具体的にどこが上手く歌えない、とかあるのか?」

「はい。サビの『もう大丈夫だよ もう平気だよ』のところです。うまく声が出なくって」

「なるほど……この曲でいちばん声が高くなる部分だ、それで一筋縄でいかないのかもしれない」

「そうなんでしょうか」

「まあ、あまり根詰めすぎるなよ。俺じゃ歌い方は教えられないけど、相談ならいつでも乗るからな」

「プロデューサーさん……はい、ありがとうございます」

「ひとまず、ひとりで唸ってばかりで解決しないなら、LOVERS HEARTSの他の子の歌い方を観察するってのはどうだ?」

「他の子を、観察……そうですね。やってみます!」

「頑張れよ」

「はい!」

(まあ、春香なら大丈夫だろう。ひとまず、引き続き様子を見てみよう)

~~~~

「うーん、それにしても誰の歌を参考にしたらいいのかな……」

チハヤサーン‼

オマタセ、イキマショウカ

「あ、この声は……」

~~~~

「千早ちゃーん! 可奈ちゃーん!」

「春香」

「春香さん! 春香さんもご一緒にどうですか!」

「え? なになに?」

「ふふ……矢吹さんったら、それじゃ何のことか分からないわよ」

「えへへ、すみませーん! 実は、今日千早さんをカラオケにお誘いしたんです!」

「カラオケ……!」

「ええ。普段の練習とは違った角度から色んな歌の研究ができるし、矢吹さんの歌を聞いて勉強することもできるわ」

「勉強だなってそんな~! 私の方こそ千早さんから勉強することばっかですよぅ」

「行く行く! 私、ちょうど千早ちゃんと可奈ちゃんの歌が聞きたくて……」

〜〜〜〜

「「キミと歌おう♪この空の下♪ハートの温度が上がるね♪」」

「わぁ〜、千早ちゃんと可奈ちゃんのデュエットなんて新鮮……千早ちゃーん! かわいいよー!」

「も、もう……春香ったら……」

「えへ……一緒に私の曲を歌ってくれてありがとうございます!」

「こちらこそありがとう、とても楽しく歌えたわ。矢吹さんの歌は音楽が大好きだっていう気持ちがよく伝わってくるから、自然と熱が入って、楽しくなれるのかも」

「うんうん! 可奈ちゃんの歌ってそういう所が魅力だよね、わかるよ! ねえねえ、次は何歌うの?」

「あの……春香さん、さっきからずっと私たちばかり歌ってますけど、いいんですか……?」

「えっ?」

「ええ。せっかく一緒に来たのだから、春香も歌ったら?」

「あー……あはは、とりあえず私はいいかな。今日は千早ちゃんと可奈ちゃんの歌声が聞きたい気分なんだ」

「えー!?せっかくだから春香さんも一緒に歌いましょうよう!ほら、この曲とか……」

「えっ、あっ、ちょ、可奈ちゃん!?その曲は……」

「……?」

〜♪

〜〜♪

「「届け♪ きみへと続く青〜」」

「春香さんと〜♪ 空色♡Birthday Card〜♪ しっとりデュエット〜♪」

「はぁ……」

「……春香さん、もしかして楽しくなかったですか……?」

「へ? あ、いや、ちがうの可奈ちゃん!」

「うぅ……やっぱり私なんかが春香さんとデュエットなんて100万年早かったの可奈〜……」

「わー! わー! ほんとにちがうの〜! 信じて〜!!」

「春香、なにか悩んでいるの?」

「……え?」

「いつもの春香なら、どんな曲でも心の底から楽しそうに歌っていたわ。でも今日は……迷いが見える」

「……千早ちゃんはすごいね」

「春香さん……」

……

「そう、『空色♡Birthday Card』をソロで歌うのね」

「うん。自分でもなんで上手く歌えないのかわからなくて……それでLOVERS HEARTで一緒に同じ曲を歌った千早ちゃんと可奈ちゃんを観察してみたら何か分かるかな、って思ったんだ」

「あの曲は難しいですよね~。前にやよいちゃんとも話したんですけど、全体曲にあんなしっとりした曲が来るとは思ってなくて、最初は歌い方をどうしたらいいのかなかなか分からなくて……うぅ~色々先生に怒られたこと思い出してきました~」

「うん……」

「それで、春香が上手く歌えないのは『もう大丈夫だよ もう平気だよ』のところね」

「そうなの。プロデューサーさんに言われて気づいたんだけど、この曲で一番声が高くなるところなんだって」

「そうね」

「だからひとりで歌うと気になっちゃうのかなって」

「……あれ? でも、2番の『偶然に会えたら 話せるといいな』も同じ音ですよね?」

「あっ……」

「そうね。さっき聞いてた感じだと、確かに春香が言っているところは上手く歌えてなかった。けれど、2番ではあまり違和感がなかった。さらに付け加えると、最後のサビでもう一度1番の歌詞をリフレインするけれど、そこはやっぱり上手く歌えてなかったの」

「千早さん、すごい……1回聞いただけでそこまで分かるんですね」

「つまり、スキルの問題ではない、ということではないかしら」

「スキルの問題じゃ、ない……」

「春香、これはあくまで私の考えなのだけど……『空色♡Birthday Card』をどんな気持ちで表現したらいいのか、そこに迷いがあるのかもしれない」

「……どんな、気持ちで……」

「もう一度、しっかり歌詞と向き合ってみるといいのかもしれないわね」

「……うん、ありがとう。そうしてみるね」

「いつでも私たちを頼ってちょうだい。みんな春香には普段から助けられているのだから」

「そ、そうかなあ……」

「そうですよぉ! 春香さんのためになるなら、全力でお返ししますよ~!」

「うん……本当にありがとう! あ、それじゃあ早速なんだけど、2人にお願いが……」

ラララ~♪

カナ~♪

(2人に『空色♡Birthday Card』をそれぞれソロで歌ってもらった)

(千早ちゃんの歌には、パワーがある。優しい声なのに、その声がどこまでも遠い空に本当に届いてしまいそうな、そんな気がする)

(可奈ちゃんの歌は、透明だ。傷一つないガラスみたいで、可奈ちゃんの気持ちがまっすぐにこちらに伝わってくる)

(なのに私の歌にあるのは……迷い。千早ちゃんの言う通り、気持ちの迷いがある。どうしたらいいんだろう)

~~~~

「本日はシアタートークライブにお越しくださり、ありがとうございまーす!」

アリガトー‼

タノシカッター‼

ハルカチャーン‼

ハルカー‼オレダー‼ケッコn

イワセネエゾ‼

「ふぅ……短いイベントだけど、今日も盛り上がったなあ」

「あ、あの、春香ちゃん」

「あ、はーい! こんばんは! お越しくださりありがとうございます!」

「その……うっ……グスッ……ううっ……」

「えっ?! ど、どうしたんですか?! どこか痛いんですか、スタッフさん呼びましょうか?!」

「ごめ……違うんです……わ、私、ずっと春香ちゃんのファンで、よくこの劇場にも来たんです」

「そ、そうなんだ……嬉しいです」

「だけど……実は、しばらく来れないかもしれなくて……」

「えっ……どうして、ですか?」

「……海外に留学、することにしたんです。どうしても、そこで学びたいことがあって……」

「そうだったんだ……」

「海外に行けば、友達も家族もいないし、大好きな春香ちゃんにも会えなくなるから、寂しいなって、ずっと迷ってたんです……でも、やっぱり自分の夢を叶えるためにはこれしかなくて」

「……」

「本当はバースデーライブを見届けたかったけど、それはちょっと間に合わなくて、ネット配信で見れたらなあって思っています。今日は最後に……一目見れたらと思って……うぅ……」

「……そうだったんですね。……今日、来てくれて本当にありがとう。私、あなたがどこにいても気持ちが届くように歌いますっ!」

「っ! 春香ちゃん……!」

「またいつか日本に帰ってきてくれるまで、絶対、ぜーったいアイドル続けますっ!! だから……頑張ってくださいね!」

「……ありがとう、ござい、ます……春香ちゃんがそう言ってくれるなら、私……私……寂しくないです!!」

~~~~

「……」

「春香、お疲れ様」

「プロデューサーさん」

「他のみんなはもう帰ったぞ」

「あ……もうそんな時間だったんですね」

「どうしたんだ、ぼーっとしてるように見えたけど」

「はい……あの子のこと、考えてて……」

「もしかして……ライブ終わったあとに話してた子か」

「はい。留学するから、しばらく劇場には来れないって」

「……そうか」

「……私、あの子が別れ際『寂しくないです』って言ってたのが忘れられないんです。私の前で泣いちゃうくらいだから、寂しくないわけないのに……顔くしゃくしゃにしてまで笑顔作って、『寂しくないです』って言ってくれたんです」

「うん」

「あっ、嘘をついてるとか、そういうことを言いたいんじゃないんです」

「ああ、分かってるよ」

「なんか……とにかく忘れられなくて……」

「……なんだか、『空色♡Birthday Card』みたいな話だな」

「……そうですね。何かを諦めなくちゃいけない夢があって、それで、寂しいけど……笑っていよう、って……あ……そう、か」

「春香?」

「私……『空色♡Birthday Card』がうまく歌えないって話、したじゃないですか」

「ああ、何か気付いたのか?」

「はい。私何かに迷ってるんだなって、漠然と思ってたんです。分かりました、何に迷っているのか……『もう大丈夫だよ もう平気だよ』って、心から思えなかったんです」

「春香……」

「大好きな人がいたのに、夢のためにお別れして、頑張って乗り越えようとしたのに、カレンダーに記してあったその人の誕生日に気付いて……すごく、すごく寂しいはずなんです。なのに、『もう大丈夫だよ もう平気だよ』って、歌わなくちゃいけなくて……だから、どんな気持ちで歌えばいいのか、わからなくて…… 切なくなって、声が震えて……」

「……春香は、この曲のこと、すごく真剣に考えてくれたんだな。だからこそ、そういう迷いが生まれたんだな」

「そういうこと……なんでしょうか」

「ああ。……なあ春香。今日来てたあの子、寂しくないわけがないけど『寂しくない』って言ってくれた、だけど嘘をついているわけでもない、って言ってたよな」

「はい。嘘、とは違うというか…… 」

「春香の感覚は正しいと思うんだ。相手には『寂しくないよ』って伝えて安心させたいし、いつかは本当に寂しさに負けない自分になりたい。だけど、本心の『寂しい』っていう気持ちに嘘はつけない。その迷いを、全部正直に春香に伝えようとしたから、ああいった伝え方になったのんじゃないかな」

「迷いを、全部……はい。私もそうだと思います。それってなんだか切ないですけど……でも、その迷いも含めて私に気持ちを伝えてくれたんだと思うと、少し胸があたたかくなります」

「春香も、それでいいんじゃないかな」

「えっ……?」

「もし春香が『もう大丈夫だよ もう平気だよ』っていう言葉をストレートに出すことに迷いを感じるなら、その迷いも一緒に表現していいんじゃないかな。その迷いに共感してくれる人は、きっといるはずだ。あの子みたいにな」

「でも、それで上手く歌えるんでしょうか……」

「歌で大事なのは、上手く歌うことだけじゃない。聴いている人に気持ちが伝わることだ。それは春香自身がよくわかっているだろう?」

「……そう、ですね。悩みも一緒に、表現してもいい……私、何かがつかめそうです! あの、今からレッスンルーム、使えますか?」

「うーん、もう遅いし……」

「あっ、そうですよね……」

「……送ってってやるから、気が済むまで練習していこう」

「プロデューサーさん……! はいっ! ありがとうございます!」

~~~~

「バースデーライブ、楽しんでますかー!!」

「私、こんなにたくさんの人に誕生日を祝ってもらえて、本当に嬉しいですっ」

「次の曲は、はじめて私ひとりで歌う曲です」

「すっごく難しかったです」

「レッスンも上手くいかないことだらけでした」

「たくさん悩んだけど」

「だからこそ、今私はこの曲を大好きでいられるのかもしれません」

「喜び、迷い、悩み、今までの私の全てを乗せて」

「あなたへ……頑張るあなたへ、悩んでいるあなたへ」

「あなたの心に、私の想い、届きますように」

「遠い空まで、響き渡りますように」

「私の誕生日に歌えることを、本当に嬉しく思います。聞いてください」

『空色♡Birthday Card』

(それでいい、春香)

(本当は大丈夫じゃないけど、大丈夫になりたいから、頑張って「大丈夫」と絞り出す)

(春香には春香にしか歌えない『空色♡Birthday Card』がある)

(春香の震える声に救われる人がきっといる)

(よくやったな、頑張ったな、春香)

(……)

(春香の夢は、トップアイドルになること。俺は、春香がその夢を叶えるまで支えていきたい)

(でも、春香もいつか恋をするかもしれない……もうしているかもしれない)

(前にも春香に伝えたけど、いちばん大事なのは春香の気持ちだ……だけど、俺は春香の気持ちを100%素直な気持ちで受け止められるのだろうか)

(もしも、もしもいつか、春香がマイクを置いて誰かと一緒になる日が来たら……俺から大事なアイドル春香を攫った奴をぶん殴りたくなるかもしれない)

(それとも、『空色♡Birthday Card』みたいに、春香が恋を諦めて夢を追いかけるとしたら? ……春香を悲しませた奴を、やっぱりぶん殴りたくなる)

(……)

コツン

(何変なこと考えてるんだかな、この親バカめ、ははは……)

「おーい、プロデューサーさーん!! 私、うまくでき――っととっきゃあああっ!!!」

(さて、今日の主役を迎えに行こう……いつもみたいにコケちゃう前にな)

「春香――」

Happy Birthday.