魂割対談【2024年天海春香誕生日記念SS】
(今朝は誰もいなくて暇だなあ。でもそろそろ春香が来るはず……あ、そういえば)
「おはようございまーす!」
「春香、おはよう。そこ、届いた荷物の整理中でごちゃごちゃしてるから気を付け」
「いてっ、わっ、きゃあああああ」
ドンガラガッシャーン‼
「……遅かったか」
「あいたたた……もうプロデューサーさん、そういうのは先に言ってくださいよぉ」
「そーそー! かわいい顔が台無しになったらどーすんのよ!」
「言ったよ、挨拶の次。最速でしょうが……ん?」
「うう……せっかくクッキー焼いてきたのに、割れちゃってないといいけど……」
「わぁっ! クッキーあるの? 私も食べたい~!」
「もちろん! みんなの分もあるからえんりょ……な……く……」
「……? どしたの?」
「……」
「……」
「春香が2人いる……」
「……」
「……」
「「私がもうひとりいる……」」
「えっと……天海春香さん?」
「あ、はい!」
「そっちなんだな。じゃあ、もうひとりの君は……」
「私? 私は千代だよ!」
「ちよ……? 春香、実は双子だったのか?」
「違いますよぉ! ひとりっ子です!」
「んー、っていうかここ、どこ? こんな新しい建物、見たことないんだけど! きゃはは!」
「うーん、ちよ、ちよ……どこかで聞いた名前だけど……」
「あっ、私が現代伝奇ホラーの『彼ハ誰ノ彼岸』で演じた役の名前は”千代”でした」
「……えっ。まさか春香が転んだ拍子に、千代が別の世界から呼ばれてしまったのか……?」
「え、えっと……そんなこと、ありえるんでしょうか……?」
「うーん……劇場ならまああり得るかもと思ってしまう自分がいる」
「ね~え~、私置いてきぼりなんだけど~」
「あっごめんね、えっと、千代ちゃん。あなた、どこに住んでるの? どうやってここに来たの? あと、えっとえっと……」
「……あなた、春香って言ってたよね」
「あ、うん。天海春香です」
「ねぇ、はるちゃん」
「はるちゃん!?」
「さっき言ってたクッキーちょうだい! そしたら答えてあげる♪」
「あ、うん、いくらでもどうぞ……?」
「……紅茶でも淹れてくるか……」
「あっお兄さん! 私緑茶がいい!」
「はいはい……」
……
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
(俺と春香は千代の情報を聞き出した。それは『彼ハ誰ノ彼岸』の設定そのままだった。物語に登場するカクロウ様絡みの話こそしなかったが、関係者にしか知らされていないことや、本編では生かされていない裏設定にあたるものまでスラスラと話していた。何者かが嘘をついているというわけではなさそうだった)
「これおいひい~! はるちゃん、やるね!」
(逆に俺たちがいる物語の外の世界を何と表現したらいいかわからず、とりあえず「ここは千代がいたところとは別の世界らしい」とだけ伝えたが……)
「ごめんね、私が思いっきり転んだばかりに……」
「ふ? へふひひひひへはいほ」
「ずいぶんリラックスしてるな……」
「へー? はっへ……ごくん。ずずず。……別の世界に来ちゃって、しかも同じ顔をした自分に出会えるなんて~! こんなこと滅多にないよ! テンション爆上がり、って感じ!」
「でも、元の世界では急に千代ちゃんが消えちゃって、大騒ぎになったりしてないかな」
「うーん……たぶん大丈夫だよ。あの村だと不思議なことなんてよく起こるし!」
「……」
「とはいえ、こっちの世界にずっと居続けるわけにもいかないだろう。戸籍も住民票も無いんだぞ」
「あーそっかぁ。それもそうだね」
「でも、元の世界に帰す方法なんてあるんでしょうか? も、もう一回私が転ぶとか……」
「それで今度はファイナルデイとか出てきちゃったら危ないから、ちょっと考えなおした方が……」
プルルルル……プルルルル……
「おっと、事務所の外線だ」
ガチャ
「はい765プロダクションです」
『プロデューサー、私です』
「お、貴音か」
『お困りのようですね』
「なんでわかるんだよ」
『成る程……事情はよく分かりました』
「まだ何も言ってねーよ」
『恐らく我が家に代々伝わる儀式を執り行えば大丈夫でしょう』
「貴音? 貴音だよな? 実は命先生だったりしないよな?」
『ですが、儀式の準備に少々時間がかかります。恐らく夕方ごろになってしまうかと』
「……それまで、どうしてたらいいんだ?」
『千代のことが皆に知られれば騒ぎになりかねません。劇場から離れ、身を潜めるのがよいでしょう』
「あ、ああ、分かった……」
『ふふ、ありがとうございます。それではまた』
ツー……ツー……
「今の電話、貴音さんだったんですか?」
「ああ。なんとかなるかもしれないから、夕方までみんなにバレないように劇場を離れててほしいってさ」
「す、すごいなあ貴音さん……」
「ってことで、申し訳ないんだけど、外に出て行ってもらいたくて……」
「え~、ひとりじゃつまんないよ~」
「まあ、ひとりにするわけにはいかないしな……と言っても俺は仕事があるし……」
「私、よかったら千代ちゃんと一緒にいましょうか? 今日はレッスンだけですし、日にちずらしてもらえるなら」
「ああ、そうするしかなさそうだな」
「私も、お兄さんよりはるちゃんとデートしたいな~」
「うっ……い、いやまあ、それはそうだろうけど」
「ぷ、プロデューサーさん、元気出してください! こ、こんど私が……って私何言って……」
「春香?」
「あ、ええと、なんでもない、なんでもないです! ほ、ほら千代ちゃん、行こう! 早くしないと他の人が来ちゃうよ!」
「はーい! あ、ここって、こっちの世界の東京なんでしょ? 私マルキュー行きたい、マルキュー!」
「えっ、ええっ!? あんまり人が多いところに行っちゃうと、私目立っちゃうから……」
「え~? じゃあじゃあ~……」
キャイキャイ……
「……大丈夫かなあ」
~~~~
「乙女よ~大志を抱け~♪」
「あ、それ!」
「授業中Zzz…っと夢見ちゃえ~♪」
「それそれそれそれ!」
(合いの手が独特だなあ……)
「村の居酒屋にもカラオケはあるけど、こんなキラキラしてるとこは初めて来たよ~!」
「い、居酒屋……? 千代ちゃん、同い年だって言ってたよね……?」
「もう、お酒飲むわけじゃないってば~! お父さんの付き合いでよく行くの。お酒飲めなくても、食べたり歌ったりして、けっこう楽しいんだよ! 大人の話がつまらないときはコッソリ逃げちゃうけどねっ」
「そ、そうなんだ……」
「私も何か歌っちゃおーっと。私の十八番は……これっ!」
「何にしたの?」
「それでは聞いてくださいっ! 美空ひばりで『真っ赤な太陽』」
「歌謡曲!?」
「まっかにもぉぉえたぁぁ~~太陽だぁぁからぁ!」
「しかも上手い!?」
~~~~
「ん~、楽しかった! はるちゃん、歌上手だね! さっすがアイドルぅ!」
「千代ちゃんも上手だったよ! 私も演歌とか歌えるようにした方がいいのかなあ……」
「ありがとっ! 私も村のアイドル、目指しちゃおっかな? なーんて♪ きゃはは!」
「千代ちゃんならなれるよ! 村だけじゃなくて、そっちの世界でもトップアイドル目指せるよ!」
「もう、お世辞が上手いんだからぁ♪……あっ、はるちゃん。あれって何?」
「うん? ええと、クレープのキッチンカーかな」
「クレープ! 私食べてみたかったんだ~。あの村、全然こういうお店無いんだもん!」
「ほんと? じゃあ一緒に食べよう! 私が買ってあげるから、好きなの頼んでいいよ♪」
「いいの? あは、やったやったーっ! それじゃあ……」
~~~~
「ん~~~フルーツたっぷり! 甘くて美味しい~!」
「……トッピング、全部盛りにするとこんなにするんだ……」
「んぐ、どしたのはるちゃん?」
「あ、あはは、なんでもないよ……いいのいいの、せっかくならこっちの世界を思いっきり楽しんでもらいたいしね」
「? 私、すっごく楽しいよ!」
「ほんと? それなら嬉しいな!」
「でも東京ってすごいね! たーっくさんの人たちがいて、みんな楽しそうで……」
「そうだね。でも、千代ちゃんの世界にも東京はあるんでしょ?」
「うん! だけど、東京に遊びに行く機会なんてあるかなぁ」
「修学旅行とか、そうじゃなくても、大人になったら休みの日に遊びに行くとかできないかな」
「うーん、想像できないのよねぇ。私があの村を出て、遠くに遊びに行くところ。修学旅行も村の行事と被って行けなかったし……」
「……そうだったんだ」
「あ、でもでも修学旅行って、何時にここに来いー! とか、枕投げしちゃダメー! とか、決まり事が多くてつまんないかも。夜も他の子の部屋に行っちゃダメって言うんだよ? 自由に遊ぶのが一番だよ、だからいいのっ!」
「千代ちゃん……」
「夜の田んぼに行って、カエルを捕まえて、村の家の前にぽーんって投げるのとかもう最高! 鳴き声でみんな飛び起きちゃうんだから! 夜はイタズラの時間だよ、きゃははは!」
「ち、千代ちゃん……?」
「ねね、次はお洋服見に行こうよ、おっようっふくっ!」
「う、うん!」
「東京ってどんなお洋服あるんだろ、やっぱり電気で光ったりするのかな~!」
~~~~
「お洋服、光ってなかったなあ……」
「ええと……東京のものはなんでも光ってると思ってたの?」
「うーん、なんかキラキラしてるイメージだったんだけどなあ」
「でも、何軒も回って試着して、すっごく楽しそうだったよ?」
「うん、普段絶対着ないようなのばっかりで楽しかった!」
「私もひとりっ子だから、流行りの服で双子コーデさせてもらったの楽しかったよ!」
「あはは! 私たち、すっごく似合ってたと思う! あのまま着ていきたかったな~」
「あの服だと目立っちゃうからね、たぶん……『天海春香ちゃんが2人いるー!』って……」
「まあ、あんなヒラヒラなお洋服じゃあ村の中走り回れないから、仕方ないかぁ」
「あはは、千代ちゃんは元気だね」
「うん! どんなことがあっても、楽しく元気でいなきゃ、でしょ?」
「どんなことが、あっても……」
「ん? どうしたの、はるちゃん」
「あ、ううん。えっと……」
~♪
「あ、電話……プロデューサーさんからだ。もしもし?」
『春香、そっちの調子はどうだ?』
「大丈夫です、楽しく遊んでますよ」
『なら良かった。あのな、さっき貴音が劇場に来てくれて、儀式の準備が整ったそうだ』
「ほんとですか!?」
『ああ。今すぐ劇場に戻れるか?』
「は、はい! すぐ向かいます!」
『今なら他に誰もいないから、転ばないように急いでな』
「も、もう! 気を付けますってば……」
「さっきのお兄さんから?」
「うん。準備ができたから戻ってきてって」
「なぁんだ、もう冒険終わっちゃうのかあ」
「うん……私も寂しいよ。でもプロデューサーさんが言ってたとおり、いつまでもこっちに居るわけにはいかないから……ね? 一緒に帰ろう?」
「はぁ~い……」
~~~~
「プロデューサーさん、戻りました!」
「春香、千代、おかえり」
「春香、お疲れ様でした」
「貴音さんも、色々頑張ってくれてありがとうございます!」
「わ、命先生!?」
「ふふっ、あなたが千代ですね。真、面妖なこともあるものです。私は四条貴音、春香と同じ765プロのアイドルです」
「すごいなあ、私の知ってる人と同じ姿のアイドルが2人も……もしかして、あやちゃんにはなちゃん、美穂ちゃん……わかばちゃんや飯田さんみたいなアイドルもいたりして!」
「……ああ、そうかもな」
「千代、私が儀式を執り行います。目を閉じて安静にさえしていれば大丈夫です、すぐに終わります」
「えー、もう帰らなきゃいけないのー?」
「どうやって貴女がここにやって来たのかは皆目見当もつきません。しかし、本来ならば起こるはずのない異常事態であることに変わりません。今は大丈夫でも、世界にとって異物である貴女の身に異変が起こらないとは限りません」
「でも……」
「千代ちゃん、私も今日一緒に遊べて、すっごく楽しかったよ? でも、千代ちゃんのことを待ってる人がいるはずだよ。だから……」
「むー……私、もっとここで遊んでいたいっ!」
「あっ、千代ちゃん!」
「おい、どこに行く気だ、おい!」
「……出て行ってしまいましたね。はやく連れ戻さねば」
「……私、行ってきますっ!」
「春香! 待ってくれ、俺も」
「いえ、ここは春香に任せましょう」
「でも」
「あなた様も、あの物語のことを知っているのならお分かりでしょう。千代たちがどのような境遇に在るのか。身の危険が無く、キラキラとしてるここが、名残惜しく感じるのも当然でしょう」
「……ああ」
「本日行動を共にした春香なら……千代を演じた春香になら、きっと心を開いてくれることでしょう。それに、もしかしたら……春香の方にも、何か言いたいことがあるのかもしれません」
「……そうだな、春香を信じよう」
「大丈夫です。きっと……」
~~~~
「……綺麗な海だなあ……」
「ちーよーちゃんっ」
「あっはるちゃん! あーあ、見つかっちゃったかぁ」
「はい、これ!」
「これ……わぁ、美味しそうな焼き芋!」
「劇場の近くにいつも来てくれる屋台でね、すっごく美味しいんだよ。一緒に食べよっ!」
「……私を連れ戻しにきたんじゃないの?」
「それもあるけど……私も千代ちゃんと、もっとお喋りしたいなーって……えへへ」
「はるちゃん……ありがとっ」
「ほら、冷めないうちに焼き芋食べちゃお?」
「うん! ……ん~、とっても甘くて、美味しい~!」
「でしょでしょ? しかもこんなに大きいの、よそだと全然売ってないんだよ。喜んでくれてよかった~!」
「今日ははるちゃんのおかげで、美味しいものたくさん食べちゃった! ダイエット頑張らなきゃっ!」
「あはは、私も同じだよ……ねえ、千代ちゃん。ひとつ聞いてもいい?」
「はふはふ……はひ?」
「……千代ちゃんは、本当に元の世界の帰るの、嫌?」
「……」
「私だったら、どんなに楽しい世界に遊びに行ったとしても、きっといつか元の世界が恋しくなっちゃうと思うな、だから……」
「……私、楽しいことが大好きなのっ」
「うん」
「今日、村だと絶対に経験できなかったことがいっぱいできて、本当に楽しかったんだっ! これもはるちゃんのおかげだね♪」
「……ううん、私はちょっとだけツアーガイドしただけだよ」
「でも村に帰ったら、またいつもの日々に戻っちゃう。私、村長の娘だからやらなきゃいけないこともいっぱいあるし……」
「……」
「はるちゃんも言ってたでしょ、学校にはたくさんの友達がいて、アイドルの仲間もたっくさんいるって。ここにいれば、新しい遊びも、新しい友達も、たくさんできるんだろうなあって思ったら……なんか、帰りたくないなあって思っちゃった」
「……ねえ、千代ちゃん」
「ん?」
「あのね、上手く伝えられないかもだけど……私、千代ちゃんのことをドラマで演じたことがあるんだよ」
「えっ……それって、どういう……」
「こっちの世界では、千代ちゃんはドラマの登場人物、ってことになるのかな」
「……きゃはははは、なにそれ、おもしろ~い!! だから私とはるちゃんは同じ顔だったんだぁ!」
「これを言ったら驚かせちゃうかと思って。黙っててごめんね」
「だいじょーぶ、別の世界に来れただけでもビックリなのに、もう今さらだよ~っ!」
「あはは、そうだね……だからね、千代ちゃんは大変なことに巻き込まれちゃったわけだから、こんなこと言うのが正しいかどうか分からないけど……私、千代ちゃんとこうやってお話できて、とっても嬉しかったんだ」
「あはは! 自分が演じた役の人に会えるなんて、まずあり得ないもんね!」
「それもそうだけど……私、千代ちゃんに伝えたいことがあったから」
「なになに?」
「……私ね、今までお仕事で色んな役をやってきたんだ。自分と似たような役のこともあれば、全然違う役のこともある。でも、どんな役を演じるときでも意識してることがあるの」
「コツ、みたいなもの?」
「コツっていうより、毎回欠かさずやってること、かな。この役の人物は、どんな人で、どんな性格で、どんな環境で生きてて……そういったことをたくさん想像して、紙に書いていくの。すると、台詞の言い方とか、気持ちの入れ方とか、そういうのが自然とできるようになってくるの」
「へぇ、すごいなあ。ねえねえ、私は? 私を演じたときはどうだった?」
「……実はね、最初は千代ちゃんのことがよく分からなかったんだ」
「えぇ~?!」
「あ、ごめんね、嫌いだったわけじゃないんだよ?」
「ほんとぉ?」
「う、うん……でもね、その……今ここにいる千代ちゃんがどうだったかは分からないけど、私が出演したドラマでは、村で大変な事件が起きちゃうんだ」
「……」
「でも、千代ちゃんの台詞はどのシーンでもとっても楽しそうだったんだ。テンションも高くて……ちょっと変わった子だっていう設定はあったんだけど、台本の通りに演じるだけだと、ただの変で怖いだけの人になっちゃうなって思って」
「あは、変わってるって自覚はあるよ」
「だけど、嫌な子だとは思えなかった、思われたくなかったの」
「……はるちゃん……」
「だから私、考えたんだ。千代ちゃんはなんでこんなことを言ったんだろう、なんでこんなことをしたんだろう、って。……それでね、私なりに答えを出したの」
「うんうん」
「千代ちゃんは、きっとどんなときでも、楽しいのが大好きなだけだったのかな、って。それで、千代ちゃんの言葉や行動の説明がついたの」
「あはは、大当たり~!」
「うん。今日一緒に遊んで、私が思ってた通りの子だったから、すっごく安心したんだよ?」
「そうだね……うん、たしかにあの村では、いろんなことがあったよ。はるちゃんの言ってたような、大きな事件も……」
「……やっぱり、そうだったんだ」
「でも、私は、楽しいのが大好き! お祭り大好き! いつでも元気でいたい! そうじゃないと儚い人生、損しちゃうからね♪」
「……だからね千代ちゃん、そんな千代ちゃんなら大丈夫だよ」
「え?」
「もし私が、演技をしていないこの私が、千代ちゃんの立場だったら……自分の境遇とか、周りで起こる辛いこととかに押し潰されちゃうかもしれない。だけど千代ちゃんは、いつでも楽しくいることができる。そうやって生きるパワーがある。それって、とってもすごいことだと思うんだ」
「そう、なのかな」
「そうだよ! 私、そんな千代ちゃんのことを尊敬してる! だから千代ちゃんなら、これから元の世界に戻っても……村に居続けることになっても、別の場所に出ていくことになっても、千代ちゃんの力で次の楽しいことを見つけられると思う。そう信じてるの!」
「えへへ、ありがとう、はるちゃ……わぷっ! ど、どうしたの!? 急に抱きついて……」
「千代ちゃん。私と出会ってくれて、ありがとう」
「……はるちゃん?」
「……私、これからも色んなお仕事をできたらいいなあって思ってる。もちろん、演技の仕事も。だけど、どんなにたくさんの役を演じることになっても……千代ちゃんのこと、絶対に忘れない。千代ちゃんを演じた思い出もも、今日のことも……ずっとずーっと、大事にする!」
「……はるちゃん。今、思ったんだけどね……はるちゃんが演じた役が私ってことは、もしかしたら、この私が生まれたのははるちゃんのおかげなのかなって」
「……そういうことになる、のかな?」
「じゃあ、はるちゃんは……私の真のお母さんってことだ! きゃははは!」
「お、お母さん!? ま、まだそういう年じゃ……」
「私もっ!」
「え?」
「私も……はるちゃんと出会えてよかった……」
「千代ちゃん……」
「……最後に、もう少しだけぎゅっとしててもいい?」
「最後……うん」
「……」
「……」
「……ありがとね、はるちゃん」
~~~~
(結局、春香と千代は焼き芋のお土産をぶら下げて、仲良く手を繋いで帰ってきた)
(儀式はあっという間だった。春香は最後まで千代の手をぎゅっと握っていた。事務所にふわっと風が吹いて、1人分、空気が軽くなった)
(肩を震わせている春香の頭を、そっと貴音が撫でていた。それを見ていた俺は、なんだか、眠く……)
(……)
~~~~
(今朝は誰もいなくて暇だなあ。でもそろそろ春香が来るはず……)
「おはようございまーす! ……っとと、気を付けなきゃ」
「おはよう春香、どうかしたのか?」
「あ、いえ……床の物につまづいて転ばないように気を付けなきゃ、と思いまして」
「そこは普段何も置いてないはずだけど……」
「そ、そうですよね……あはは」
「そうだ春香、今日の10時に会議室に来れるか?」
「打合せですか? 2人で?」
「いや、瑞希と桃子、このみさん、貴音、育、それとまつりも呼んでるんだけど」
「あ、そのメンバーって……」
「ああ、『彼ハ誰ノ彼岸』のキャストによるトークショーとミニライブの企画が来たんだ。しかも会場は撮影につかったあの村だ!」
「わぁ、本当ですか!? あの村ってけっこう山奥の方にありましたけど……」
「ああ、だからこそ自然を生かした村おこしを考えているらしい。春香たちを村全体でもてなしたのが、村にとってもいい経験になったってことかな」
「そうなんですね……!」
「どうだ、また時間のかかる大変な仕事になりそうだけど……大丈夫か?」
「はいっ、大丈夫です! 私、すっごく嬉しいです!!」
「はは、本当に嬉しそうだなあ」
「もちろんですよ! みんなで作り上げた大事な作品ですし、それに……」
「それに?」
「……また、大好きな千代ちゃんのお話ができますからっ!」