ナトリウムランプが流れて
AmazonMusicの期間限定価格に惹かれてアサインしたのが先月のこと。
あれには様々なプレイリストが用意されている。年代別ジャズミュージックであるとか、ポップス、10年代J-PoPというワードにはちょっとした感動を覚えた。そうか、平成最後の年とメディアがやたら騒いでいるうちに、2010年代も後少しなのかと。
作業をしている時、カフェジャズのプレイリストを細くかけるのもなかなか楽しい。けれど私はもっぱら90年代J-POPのプレイリストをヘビーローテションだ。
人は遅くとも20代を越えると、新しい音楽を聴かなくなる傾向にある、とイギリスかどこかの大学の論文発表の記事を読んだことがある。(ピークは15,6歳ごろだとか)
それの真偽はともかくとしても、小さい頃に浴びた音楽の波長や音色に、少なくとも私は強い愛着を感じている。
TRFもELTもCDアルバムは家に見当たらなかったけど、初めて聞くその曲は、どこか知っているような気がしたし、すんなり耳に入る。移動中、とりわけ車の中で聞くと最高だ。退屈な夜のバスだって、あっという間に楽しいドライブ気分だ。流れていくナトリウムランプのオレンジ色の光が、いつもいつも私の時間をあの頃へ巻き戻す。あの光は、私にとっては特別だ。
特別な、夏の光だ。
私の家は、夏休みや冬休みに飛行機に乗ってグアムだとか、新幹線に乗って京都だとか、そういった観光地にバカンスにいく家族ではなかった。
ハワイでイルカにキスしてもらったと自慢する仲良しだった友達に、ほんの少し、一瞬だけ「いいなあ」と思ったことはあった。
けれど、やきもちを焼いたことはついぞなかった。
私の父は年に一度、夏休みのたった一度だけ、バーベキューやキャンプに連れていってくれたのだ。
それは毎年、父の友人一家と一緒にいっていた。その家族は私と弟とひとつずつ年の離れた姉弟がいて、揃うと年子の四人兄弟みたいになるのだ。その家族に会えるのも毎年嬉しくて、指折り数えてその日を待っていた。
前日の昼間、肉のハナマサへ家族4人で買い出しにいく。普段は買わないような大きな肉のパックや焼きそばパックを買い込む。
重たいキャンプ道具を顔を真っ赤にしながらトランクに運び込んだ。
何より私が楽しみだったのは、深夜に出発することだった。
その当時、私たち姉弟は夜の八時には寝かしつけられていたので、夜の十一時なんて未知の世界だった。
その時間に抜き足差し足で家を出て(そうするように母に言われたのだ)、車に乗り込む。父がエンジンをかけて、車が出発する。
「しゅっぱーつ!」
「おーーーー!」
それまで我慢していた分大声で弟と父に応えた。
みんなが寝静まった夜の世界。それだけでもわくわくした。
父はいつもJ-WAVEラジオか、 MDに焼いた自作のプレイリストをかけていた。
そう、時代は90年代。当時流行りのビートとメロディに乗って、外の景色が走っていく。
特に高速道路は格別だった。整然と並ぶナトリウムランプに縁取られたまっすぐな道。ずっと向こうまで続いている。道路の両脇に都会の夜景が散りばめられていて、それだけでわくわくするのだ。この道の先に、楽しいキャンプが待っている。眠ってなんてとてもいられなかった。
いつだって運転席の後ろにかじりついて迫り来る景色を覗き込んでいた。今でも覚えている。夜の闇とナトリウムランプのオレンジのツートーンの世界、ダッシュボードに置かれたMDたちと眠気覚まし用のブラックガム、音楽に合わせてリズムを刻む父の足。息の臭い。
なにもかもが素敵だった。
一年に一度だけの楽しみ。サービスエリアだって、今みたいなショッピングモールのような様相ではなく、もっと退廃的で、もっとくたびれた建物だった。でもそこのブロックに座らせてもらって、年に一度しか会えない友達の到着を今か今かと待ったのだ。
どうしてこんなに、小さい頃の思い出はいつまでも輝いて見えるのだろう。
90年代の音楽はいつだって私にあの時の高揚感を思い出させる。
父は、思えばほんとうに良い経験を私たちにくれた。そうだ、そのはずだ。間違いない。
では、どこから間違ったんだろうか。私が、いけなかったのだろうか?
父親を、好きとは、言えない。けれど、あの時の思い出は、本物だ。この気持ちは、嘘ではない。この高揚感を私にくれたのは父だ。彼がいなかったら90年代の音楽も、夜の高速道路も夜景も、なんの変哲もなく感動を覚えないただの背景だったに違いない。
けれど、それだけで私は、もう一度あの人を父親として、家族として私は見られるのか?
私が子供すぎるから、未熟だから、なんだろうか・・・
そう言えばあの姉弟は、どうしているだろう。あんなに大好きだったのに。私たちはきょうだいだ、とずっとみんなで言い合っていたのに。
みんなそれぞれ結婚して、それぞれ二人ずつ子供ができたら、私たち20人になるね、そしたらマイクロバスをチャーターしよう!なんて冗談を話していたのに、もう連絡先も知らない。
きっと、もう、会うことは、ないんだろう。向こうが望んでいない。
なぜだか、そんな気がした。そして、弟も、私も、きっと。
わからない。人間なんて、白か黒かですっぱりわけ切れるものじゃないんだ。今は、そう思うしかない。
窓に当たって滲むナトリウムランプのあの光だけが、あの頃と変わらず私に優しかった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!