
抽象的日記:穴を掘る
夜中の3時ごろだったと思う。私は外に出て、平らな場所に立っていた。そこで手で穴を掘りだした。
今まで何度も手で穴を掘ってきた。私はあらゆる言い訳をしながら穴を掘った。黒目を大きくしながら穴を掘った。水を飲んでから掘った。上を見ないようにしながら掘った。
一生懸命掘ったので、少し深めの穴が出来た。
真夜中の4時ごろくらいだと思う。一通のメールを受信したのと同じタイミングで強い風が吹き、掘って出てきた土がみんな飛んでいってしまった。暗かったので、私はそれに気が付かなかった。
風が一通り過ぎ去った後で、私は家に上がり、床に戻った。
穴を掘ってやった。私はついに穴を掘ってやったという気持ちで誇らしい気持ちで眠りについた。
11時ごろ目が醒めた。穴を掘ったことをすっかり忘れ、私は引っ越しの荷造りをした。
今週末、このアパートを出ることになっている。段ボールを組み立て、物を仕舞い、ガムテープを貼り、ペンで「雑貨」「本」「デカい本」などと書いていく。
13時ごろ、外に出た。地面に穴が掘られていた。私はそれを無視した。天気が良かった。雨も降っていた。実りがあり、親切があり、祝福があり、素敵な木箱があった。私はそこで牛肉を食べた。
18時ごろ、家の前についた。地面に穴が掘られていた。
私は穴を掘ったことを心から後悔した。穴を掘った私にも関わらず良い天気と、雨と、実りと、親切と、祝福と、素敵な木箱と、牛肉がある事に良心が痛み、私はその穴を埋めようとした。
手で土を集めようとするが、夜の風で土は少しも残っていなかった。ただ、15センチほどの深さの穴が空いていた。
死んでしまいたい。しかし死んでしまっても穴はそこに残るのだ。私は穴の上で涙を流し、その穴の中に注ぎだした。
穴には涙が溜まり、水位は穴の周りの地面程の高さになった。
それで私は気が済み、部屋に戻った。
こんなことは前にもあった。私は夜のうちに穴を掘り、日が昇ると後悔して懺悔しながら涙を流し、穴を水で満たす。
数日も経たないうちに干上がり、また水で満たす。
次に穴の周り(半径5メートルほど)を土を減らす。穴を掘るのではなく、穴を目立たなくするために周囲全体の標高を下げるようにくぼみを作るのだ。
出来るだけなだらかにして、くぼみの存在すら気が付かないようにする。後に見た私が気付かないようにする。
やがて穴らしい穴はなくなり、私は忘れたふりをする。
忘れたふりをする私に対しても、良い天気と、雨と、実りと、親切と、祝福と、素敵な木箱と、牛肉が与えられた。
今日、そのことに気が付いた。前にもあったと思い出してしまった。それで私はそのくぼみの上で涙を流し、そのくぼみを水で満たした。
やがて干上がり、忘れ去り、くぼみだけが残る。