【読書感想文】フリッツ・ライバー「アルバート・モアランドの夢」
(新しい方の)『幻想と怪奇』の目次に、ライバーの短編「アルバート・モアランドの夢」というのを見つけて即注文。とてもハッピー。
どんな本に載ってるの短編小説なのか、という話は下記の通り。
フリッツ・ライバー著 若島正訳「アルバート・モアランドの夢」(The Acolyte第10号-1945年春号-初出、『幻想と怪奇 6 夢境彷徨 種村季弘と夢想の文書館』新紀元社、2021所収。初出の情報は同書に拠る)
本作を、こちらのブログと、ライバーの短編集『跳躍者の時空』(中村融編、河出書房新社、2010)の解説と合わせて読んでみて、特に驚いたのは1940年代のライバーの多筆ぶり。子育てとか睡眠とかどうしてたんだろう。
チェスつながりで、みんなのフォトギャラリーから画像をお借りしました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。
感想
注:以下、本編の内容に触れているほか、作品のアイデア、コンセプト、発想とでもいったものについて触れてます。ネタバレが気になる方は先に作品をお読みになってからスクロールお願いします。
まず、かるく本作の中身に触れると、主役であるモアランド氏は、夢の中で一種のボードゲームをしていて、勝敗に人類の運命すらかかっているような気がしている。
読後しばらくたってから思いついたのは、カードゲームアニメ(コミック)の展開だコレ、ということだ(褒めてます)。
記憶がおぼろげなのだけれど「カードファイト!!ヴァンガード」(とはいえ筆者が全話見たのはリンクジョーカー編とレギオンメイト編のみ)に近いとおもう。
1945年の時点で、人類の運命をかけたゲーム対決と、いう発想をしたライバーすごい(より先行する作品をご存じの方いらっしゃたら教えて下さい。ジャンルを芋づる式にたどる喜びに飢えております)。
ちょっとひねくれたことを書くと、1945年に1939年を舞台にして書くとき、世界の命運がどうのこうのと、いう話を書きたくなる作家は数多くいたとはおもう。しかし、ライバーが使ったのは、時間移動とかスパイとか暗殺とか、いかにも歴史を動かしそうな行為ではない。
ボードゲームの勝敗だ。ライバー半端ない。片思いが止まらない。
§
作中のボードゲームの描写がまた素晴らしい。盤面がとても広いゲームらしいのだが、その広さを表現する方法が秀逸。
盤があまりにも広くて、彼は駒を動かすのにわざわざそこまで出かけていくこともある。マス目は数がチェス盤よりはるかに多く(中略)盤の上と両端には暗黒があるだけだが、星も見当たらない無限を思わせる暗黒で、あたかも、彼の言葉を借りると、その景色は宇宙の頂点に置かれているようだった。(『幻想と怪奇 6』216ページ上段、以下ページ数は特記ない限り『幻想と怪奇 6』のもの)
本記事の筆者が惹かれたのは「出かける」という語だ。ボードゲームあるいはTRPGでたまにあるように、卓の周りを数歩動くのか、あるいは大股で何歩もゆくのか、走っていくのか。もしかすると、浮いたり、飛んだり、宇宙遊泳めいたことをするのか。
いったい、どんな場所で、どれだけ広い盤なのか。
文字数と作中の経過時間
本作は(40*40で計算するとして)文庫本にして約11頁半になる。
とりあえず計算式
25*22*2*18-(25*22*2)=18700
18700/1600=11.6875
約11頁半のなかに、アルバート・モアランドの夢にまつわる約5日が詰まっている。もっとも、5日間というのは、モアランドが夢のことを語り手に聞かせた日から数えてのこと。いつから夢が始まったのか、明確な手がかりは見つけられなかった。
ちょっと話が飛ぶけれど、印象的なのは「きみに言わせればごくありきたりの夢だということになるんだろうな」(216ページ下段)というモアランド氏のセリフだ。ただの夢さ、とかなんとか言ったりせずに「きみに言わせれば」という迂遠な節回しに、モアランド氏の心情を読み取れる気がする。
考えすぎだ、希望的観測にすがっていたいと、いう心情を。
話を約5日のことに戻すと、たったの5日間で人生が一変するものだろうか、なんて、本記事の筆者は思ったりもした。案外、変わるものかもしれない。
本記事の筆者は、長らく続いていたであろうモアランド氏の夢が、約5日で一気にクライマックスに駆け込んだという展開を、大したこと無いと思って放置していたら重病だったといった話のように読みかえた(闘病生活という戦いが続く場合もあるので安易に読みかえるのは気がひけるけど)。
こんなふうに想像を働かせたら「きみに言わせればごくありきたりの夢だということになるんだろうな」と、いうセリフがじわじわと染み入ってきた。
ルバイヤート
この小説はオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』が引用される小説(注)でもある。引用をかっこよく決めるライバーかっこいい(と、叫ぶ本記事の筆者はゼラズニイも好き)。
「そこかしこに動いては、王手をかけ、薙ぎ倒す。そしてひとつまたひとつと、戸棚の中に戻っていく」(219ページ下段、カギカッコは引用元についていたもの)
おそらく、ライバーはフィッツジェラルド訳を引用したのだろう。と、判断したのは、本作に引用されるルバイヤートと、フィッツジェラルド訳を日本語訳したルバイヤートとで、語句が類似していることによる。
とりあえず筆者の手元にあるフィッツジェラルド訳からの日本語訳を引く。
ここかしこ、進み、王手し、さし殺す。
「箱」にまた、ひとつひとつとよこたはる。
(オマル・ハイヤーム著エドワード・フィッツジェラルド英訳・竹友藻風邦訳『ルバイヤート 中世ペルシアで生まれた四行詩集』2005、マール社、64頁)
Project Gutenbergで読める第5版では以下の通り(2021/10/21アクセス)。
Hither and thither moves, and checks, and slays,
And one by one back in the Closet lays.
諸先輩方には周知のことなのだろうけれど、おそらくライバーは1945年、35歳になるまでのどこかで、ルバイヤートを読む機会があったのだろう。
注:ぱっと引用出来ないのだけれど、ジョージ・アレック・エフィンジャー「時の鳥」や、クリストファー・プリースト『双生児』にルバイヤートの引用があったはず(と、おもったけどkindleの検索で引っかからない。記憶違い?)。
ルバイヤートは、青空文庫にもあって解説付きで読めるので(訳者が早逝のため…)、詳しい話はぜひそちらで。
よもやま
1.
本作は舞台がローワーマンハッタンなので、レッドフックのおおよそ対岸。ライバーなりにラヴクラフトへのリスペクトを込めたのかしらん。
2.
同じだけど違ったものという点で、個人的にはロジャー・ゼラズニイ著 若島正訳「ユニコーン・ヴァリエーション」を推したい(Isaac Asimov's Science Fiction Magazine1981年4月号初出、若島正編『モーフィー時計の午前零時』2009、国書刊行会に所収。初出の情報は同書による)
3.
ライバーに戻ると、チェス小説「六十四こま~」(山下諭一、深町眞理子ほか訳『バケツ一杯の空気』1980、サンリオ所収)も面白かった。「チェス大会を取材するのはチェスを知らない人」という発想のおかげで、本記事の筆者のようにチェスに疎くても楽しく読めた。Ameqlistさんによると1962年の作品らしい。
4.
「鏡の世界の午前0時」(Fantastic誌1964年10月号初出。竹生淑子訳『闇の世界』1986、朝日ソノラマ所収。初出は同書による)も、チェス小説でこそないけどチェスへの言及がたびたび。