スラバヤ通りの娘たちの苦行?
うちで使用している水道浄水器
カラダにココロに良いものと信頼しているもの。
この浄水器
キッチンに取付けるタイプと
シャワーヘッドに取付けるタイプの2種類があって
使う方によって環境も違えば考え方もいろいろ
両方の人も
キッチンだけ
シャワーヘッドだけ
どっちにしても
口にする、カラダに浴びるもの両方に良きお水は使いたいモノ。
ウチはシャワーヘッドに付けて
お風呂タイムは快適
頭から浴びて浄化するのは最高
で
キッチンでも使いたいので
日々 大きめなボトルにコツコツお風呂場にお水を汲みにゆき
キッチンに常備していて。
そんなに何本も常備していないので1日何回も水を汲みに足繁く通う
キッチン以外にも2階でも使いたい用途がいろいろとあり
毎日 階段昇り降りして水を運ぶ
このひと手間 ふた手間が
生活に安息の風を吹かせてくれていて。
同じタイプの浄水器を使っている人がまわりには多く
あなたは何派?なんてあまり気にとめていなかったのですが
先日 たまたまその話になったとき
その方、汲み派ということが判明
汲み派あるあるに会話は弾み
それを
苦とも思わずに
いや
苦行をあえて選択
していることことが浮上
そう。。。手間と思っていないわけではなく「けっこう手間」なんですよ
その手間感が心地よさに繋がるっている回線
「きっと前世では頭の上に水や植物なんかを頭の上に乗せて
日に何度となく遠い道のりを運んで歩いていたに違いない」
そんな会話のなか
ふと浮かんだ子供のコロから好きだった歌
スラバヤ通りの妹へ♪