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生きることの意味
私は2度死んでいる。
1度目は子供の頃。
父が早くに亡くなって、家庭環境がかなり変わったのです。
2度目は大人になってから。
病に倒れ、人生の終わりを感じた。
正に一家の大黒柱だった父。
子供の頃苦労をしたものの、大手の企業に勤めて、家も新築をキャッシュで購入し、順風満帆でした。
が、ヘビースモーカーだった父はあれだけ健康を誇っていたのに、肺がんになりあっという間にこの世からいなくなりました。
私はまだ12歳。
兄は17歳。
父が存命の頃から兄は問題を起こすようになり、今思えばADHDやASDと言われる発達障害を持っていたと思います。
当時はこう言った症状が明らかにされておらず、変わった子、危険な子と言って怖がられていました。
小さい頃は唯一の年の離れた妹で可愛がってくれてましたが、大きくなるにつれ、生意気な口をきくようになった私に、兄は暴力を振るうようになりました。
初めのうちは口答えしたら叩く程度だったと思います。
気の強い私はそれくらいではめげず、言い返していたと思います。
そのうちどんどんエスカレートしていき、叩く蹴る、髪の毛を掴み引きずり回すことは日常茶飯事。
死ぬ思いを何度もしました。
兄は私にとっては鬼畜の何者でもありません。
頼りになる父はいない。
仕事でくたくたになり、元々子供に関心のない母に言っても解決などしません。
だんだんと家に帰るのが怖くなってました。
突発的に「お父ちゃんのところへ行きたい」と。
ニートの兄の暴力に怯え、家庭内も荒れてしまっていたので、まだ中学生だった私は先が見えなくなっていました。
母が出勤したらガスコックをひねってお昼寝しよう。
ところが、その日は母は仕事が休みで、達成できず。
目が覚めました。
2度目は結婚して、子供たちも大きくなった頃。
母の介護生活の真っ最中のことでした。
父も肺がんで亡くし、母方の親戚もガンで亡くなっている人が多かったので、いつか私も何か大きな病になるのではと心配してました。
日頃は風邪すらひかなくなり、インフルエンザも家族が罹っても移ったこともないくらい健康体です。
コロナにも感染は免れています。
なのに・・・・・・。
これは夢だ。
何かの間違い。
と、にわかに信じられなかった。
違和感で受診した結果が死刑判決のようでした。
初めて、死に追いやられる気持ちになりました。
怖くて怖くて・・・・・。
自分の育った家庭の反面教師で、人に羨ましがられるような、自分も誇れるほどの温かい家庭を持ってました。
なので、自分の人生に悔いはなかったものの、生きたいと言う欲は強かったです。
そして、何故私が?
必死になって生きて来た。
この家庭を作るのに全てを尽くしたくらいに。
死への恐怖は心を闇の世界へと連れて行きそうでした。
今はこうしてまた健康体に戻りましたが、時々生きることが辛い時も。
ただ、2度も命を頂いた身。
人間は必ず死にます。
その日が来るまで、どんな辛くても生き抜かないといけないです。
生きることの意味。
生かされてると言うこと。
いつその日がくるか誰もわからない。
同じ時間を過ごすなら、楽しく笑って過ごしたい。
だから日頃は怒りの感情を捨て、いつも笑って馬鹿なことばかり考えて楽しんでいます。
今も襲いかかる辛い出来事。
これはいつ心の中でクリアになるのか。
人生、何度倒れても這い上がり、這い上がって落とされる。
まだ、がんばろう。
まだあきらめない。
せっかくこの世に生まれたのだから。
私は充分幸せな人生を生きている。