見出し画像

久々の再会

退職して初めて会社の後輩に会うことになった。
私がいなくなった後、会社はどうなってるのだろか、引き継いだ仕事はちゃんと回っているのだろうか。知りたいことがたくさんある。

有楽町の東京国際フォーラムで久々に対面した彼女は、私が現役の時にオフィスの廊下で会った時と同じように胸の前で右手をひらひらと振りながら笑顔であいさつを交わしてくれた。

「久しぶりですね」
「ホント、久しぶりだね」

現役バリバリの営業ウーマンである彼女がわざわざ無職の私に会う時間を取ってくれるとは、私はなんて幸せ者だろうか。

ほんの数か月前は働く企業戦士として共に戦っていた…はずなのだが退職した2か月は思いのほか遠く昔の出来事としてすでに風化が始まっている。

彼女はそんな私をあの時の気分まで一気に連れて行ってくれた。

「仕事はうまく回っている?」
「それがですね…」

彼女によるとどうも私の担当していた職務が上手く待っていないらしい。
退職の時に少し心配はしていたのだが、やはり杞憂には終わらなかったようだ。

私が引き渡した仕事はそんな簡単にはいかないだろうな、と思っていたのだ。
なぜなら、その職務の遂行には多少の専門知識と経験そして人脈が必要なのだが、引き継いだ同僚は経験と人脈が私ほどなかったからである。

「みらいさん(リアルの会話では本名)の抜けた穴は大きいですね」
現場で働いている後輩にとって困った状況ではあるが、(こう言っては気の毒だが)ちょっと嬉しい気持ちがした。

退いた身としては「なんの問題もなく回ってますよ~」なんて言われた日にゃかつて心血注いで働いてきたことの全否定である。

そんな本心を見せないそぶりで「それはたいへんだね」と彼女をねぎらった。
特に彼女が担当している顧客は要求が多く、一緒に対応を相談した思い出が懐かしい。

「その時は本当にお世話になりました」そんな毎日を彼女はとても感謝してくれている。
いやいや、感謝するのはこっちですよ。いい思い出をありがとう。

そんないきさつがあって、今回のお食事会になったのである。

正直、このお食事会への想いはとても複雑だった。
すでに退職した私と現役バリバリの彼女。
確かに一昔前は顧客対応について一緒に悩んだけど、すでに私は鎧兜を脱ぎ捨てた丸腰の退役軍人状態である。

彼女にどんなメリットを提供できるのだろうか。

ただ会話を楽しめばすむ話かもしれないが私はここを大いに悩んでしまう。

もしかしたら悩む必要なんかないのかもしれない。悩んでしまうのは戦火を逃れて半FIRE的な生き方を選択した「ひけめ」なのか。

お食事会はカジュアルなクラフトビールのお店を選んだ。期末の華金ということで個室を事前に予約しておいたのだ。コース料理にしておけば注文に悩む必要もない。しばらくしてオープンフロアが客でいっぱいになった。予約しておいて正解だった。

もっか彼女の悩みは「今の仕事があっていないんです」とのこと。でも特に辞めたくなるほどいやでもなく「なんとなくズルズル働いている感じなんですね」。

「心の底からなにかしたいことないの?」て聞いてみた。

彼女はしばらく考えて「いま特にないのです」
と答えた。

思えばかくいう私もその昔、中堅営業マンだったころは将来の夢なんてなかった。そんな自分をさておいて「何をエラそうな」と後になって思う。

でも、今の私はやりたいことがある。叶えたい夢がある。
その夢を叶えるために現役を退いた。

ふと目の前の彼女が自分の若い頃と重なった。
「なんでもいいので叶えたい夢をもつのがいいね」
アルコールが程よく回ってきたことも手伝って目の前の彼女はすでに過去の自分になっている。

もはややってはいけない説教モードのオヤジである。だけども目の前にいるのは過去の自分である。ココで伝えないと絶対後悔する。そう思った(勘違いした)。

「志(こころざし)をたてるのね。それからその志に関連する夢を持つのです」志とか夢とかもはや意味不明。構わず目の前にいる過去の自分に語り掛けた。

「夢とは自分の利益になることね、例えば一億円ためるとか、億ションンに住むとか。志はもっと大きな概念、社会にいい影響を与えるような成し遂げたいこと」

「私はね、自社の製品を直接一般消費者に売るような営業をしたいのです。今のBtoBじゃなく、BtoC。そして、日本の素晴らしいところを世界に伝えることを仕事にしたいのです」

目の前の過去の自分が急に彼女に戻った。

しっかり志を持っていた彼女は過去の私ではなかった。

思えは彼女の働きぶりは見事であった。部署の中でも極めて優先度の高い顧客。それも弊社以上に知識と技術があって下手が通じない。

そんな顧客を真摯に一生懸命に対峙して信頼を勝ち取っていた。
そんな姿を横で見ていた私も全面的にサポートした。

贔屓はいけないのかもしれないけど、彼女に関しては他の人よりもよけいに何かしてあげたくなる雰囲気を持っていた。

「私自己肯定感が低くて….」
うんうん、わかる。どうしても出来ない自分が悔しくて、それで自信をなくすことは私にもある。

でも自己肯定感が低いことは、根拠のない自信を振りかざして思考停止で前に進むことよりよっぽどいい。
できないこと、足らないことにしっかり向き合っていることがとても重要なのだ。

退役した私が彼女にできることはなんなのだろう。
帰りの電車で考えて思いついたのがこのコラム。

最後に彼女に届いて欲しいこの想い。

自信もっていいのです。

貴方は幸せになれますよ。

おわり












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?