【登山道学勉強会】「〇〇〇工法」の罠 #27
『大雪山国立公園における登山道整備技術指針 2016 年 改定版』を読み解く!!!
みなさんはどこで登山道に関する知識を学んでいるでしょうか?例えばアメリカであれば IMBA の『Trail Solutions』や Forest Service の『Trail Construction and Maintenace Notebook』などなど、トレイル管理に関する書籍がたくさん出版されています。
ところが、残念ながら日本では登山道ついて体系的に書かれた本というのが存在しません。そんな中、おそらく日本で唯一、登山道について体系的に表そうとした資料が存在します。それが『大雪山国立公園における登山道整備技術指針 2016 年 改定版』です。
かなりボリュームのある立派な資料で、非常に有用な資料であるはずなのですが、この資料の存在を知っている人や読んでいる人があまりおらず、その内容もあまり生かされていないのでは?と感じます。その理由として、大雪山という特定の地域にフォーカスした内容となっているという点もあると思いますが、おそらく一番の理由は「なんか分かりづらい」という点です。
どうも、いろいろな情報が詰め込まれていて、それらが絡まり合ってしまっているという印象があり、これは一般の人が読んで理解するのはなかなか困難なのではと感じます。そこで今回は、この絡まり合った糸を解きほぐして、整理し直して再解釈しようという試みになります。
「◯◯工」、「◯◯工法」多すぎ問題
改めてこの資料読み込んでみて、いくつかの問題や誤植があることに気づきました。その中で、今回取り上げるのが日本語における「◯◯工」、「◯◯◯工法」という単語の使われ方に関する問題です。
まず「工」と「工法」の違いについてです。どうやら明確に使い分けているわけではなさそうで、資料の中でも表記揺れがみられますので、ここではこの二つは同じ意味と捉えます。
次に本資料の中に登場する「◯◯工」という単語を抽出してみましょう。すると、次のようになります。
すると、このように35種類も登場します。土木知識のある人であればなんとなく理解できるかもしれませんが、素人にはなかなか厳しいですね。また「床止工法」「床止工」「石組床止工」「木柵床止工」「樹枝床止工」など似たような名前のものも出てきます。「床止工」と「石組床止工」は違うものなのでしょうか?まずは、これらの「◯◯工」を整理する必要があると考えました。
目的と手段
実はこれらの「◯◯工」は大きく目的と手段の2つに分けることができます。例えば、この中で目的にあたるのは、分散排水工、床止工、土留工、マルチング工、路面処理工、段差処理工、植生基盤工の7つです。そして、残りの28種類の「◯◯工」はその目的を実現するための手段の一つということです。例えば、先の例でいうと「床止工」は目的で、その手段として「石組床止工」だったり「木柵床止工」があるという風に理解できます。
そして、登山道整備において重要なのは整備する目的をはっきりと意識することでしょう。登山道整備するということは何かしらの問題や課題があるのだと思います。その問題や課題に対して整備する目的があり、その目的を達成するために適切な手段を選択することが必要となります。このあたりを間違えてしまうと、目的を果たせないどころか、逆に問題を大きくしてしまったり、過剰な整備となってしまうケースがあります。
登山道を整備する目的は7つだけ
目的にあたる「◯◯工」は7つでした。これはつまり、本資料においては登山道を整備する目的は大きく分けると7つしかないと捉えることができます。この7つをざっくりと説明すると次のようになります。
登山道を整備しようと思ったら、まず問題・課題に対して自分達が行おうとしている整備は何を目的とするのかをはっきりと確認しましょう。また、目的は一つとは限りません。例えば侵食が進んだ登山道の整備だと「床止工」と「段差処理工」を同時に行うことが多いです。
次にその目的に適した手段を考えます。例えば「床止工」をしようと思って、周辺に倒木があれば「木柵床止工」が選択肢の一つになります。そして「木柵床止工」で「段差処理工」も兼ね備えてしまえば一石二鳥ですね。このように目的と手段は掛け合わせと組み合わせで行うことができます。
工法マトリックス!
ということで、これらの「◯◯工」は次のようにマトリクスとしてまとめることができます。
個別の説明はしませんが、この表を見ながら読み直してもらうと本資料も理解しやすくなるのではないでしょうか。もちろんこの表は一例に過ぎませんので、目的と手段の組み合わせも、これ以外の手段も考えられます。いずれにしても重要なのは手段より目的を意識することでしょう。
近自然工法は目的か手段か?
最後に、本資料の内容からは少しそれますが最近いろいろな場面で目にすることも多くなってきた「近自然工法」という単語に注目しみましょう。この「工法」は目的でしょうか?それとも手段でしょうか?
実はどちらでもありません。近自然工法の専門家ではありませんので勝手なことを書くのは憚れますが、世間で一般で「近自然工法」と使われている場合、これは具体的な目的や手段を指しているのではなく、適切な言葉は分かりませんがより上位にある「思想」や「理念」、「基本概念」、「方向性」といったものに近いとものだと思われます。例えば「Sustainable Trail」や「大地の再生」、「土中環境」といった言葉と同じレイヤーにあると考えて良いのではないでしょうか。図にすると次のようなイメージです。
ここで注意したいのは、例えばとある施工現場で近自然工法といって「ヤシ土嚢工」を使用していたからといって、「ヤシ土嚢工」=「近自然工法」にはならないという点です。このあたりは誤解を招き易い部分で、実際に周辺にある自然石や倒木を利用することが近自然工法と考えている人や、そのような表現がされているケースも見られます。
このような誤解が生まれる原因の一つは、思想や目的や手段といった違うレイヤーのものを同じ単語で表現してしまうという、日本語の「工」や「工法」の持つ意味の広さにもあると思います。これは日本語の難しいところですね。
また、一番上位にある思想・理念によって課題・問題も変わってくる場合があります。近自然工法的発想で問題とされることと、SustainabaleTrail で問題とされることは違うということです。例えば SustainabaleTrail ではトレイルの傾斜が急すぎることが問題とされますが、日本では登山道が急であることはあまり問題視されていません。一般的な土木では問題視されないことが、大地の再生や土中環境で問題として指摘されるのも同じような現象です。この辺りの構造を理解しておかないとコミュニケーションに齟齬が生まれる原因となりますので注意が必要です。
以上のことを意識しながら『大雪山国立公園における登山道整備技術指針 2016 年 改定版』を読んでいただければ、少し理解しやすくなるのではないでしょうか。今回の内容は主に第5章以降の内容となっておりますので、登山道整備に関わる方には是非目を通していただきたいと思います。