【登山道学勉強会】登山道の勾配は持続可能性と関係ない!? #13
勾配シリーズ第4回目
過去3回に渡ってトレイルや登山道の勾配と持続可能性の関係について調べてきました。勾配シリーズの第4回目となる今回は「登山道の勾配は持続可能性と関係ない!?」と題して、登山道の勾配についてさらに考えていきましょう。本題に入る前に、ここまでの内容を簡単におさらいしておきたいと思います。
第1回目はアメリカの研究から、トレイルグレード(勾配)・TSA(Trail Slope Alignment)などの数値と、トレイルの持続可能性(つまり土壌の損失や泥濘化、拡幅・複線化など)には関係があることを紹介しました。結論としては、トレイルグレードが3〜10%かつ、TSAが23 °以上のトレイルが持続可能性が高いというものでした。
2回目は日本の大雪山の研究から、登山道の浸食には積雪量や降雨量などの気象条件が関わっていることを紹介しました。また調査対象となった雲ノ平でも勾配が急なほど侵食量が多かったようです。
3回目は丹沢山地の研究からは、登山道の侵食は登山者数との相関が一番高いということ紹介しました。また、日本の樹林帯においてはアメリカと同じように登山道の勾配とTSAから持続可能性を評価できそうという話をしました。
勾配シリーズ第4回目では、さらにもう一つ日本の登山道に関する研究事例を紹介します。今回の舞台は「白山国立公園」です。ただし、この研究では登山道の勾配と侵食量が比例しないという結果が得られています。果たして日本の登山道の勾配と持続可能性は関係がないのでしょうか?
なお、白山では登山道の研究がけっこう行われています。今回紹介するもの以外にも面白いものとして、登山者の歩き方を映像から分析するといったものもあります。それによって分かったのは、上りより下りの方が登山道を外れて歩きやすい、というものがあります。詳しくは別のnoteにまとめてあるのでそちらをご覧ください。
登山道の勾配は持続可能性と関係ない!?
それでは本題に入ります。今回紹介する論文は「白山における登山道のひろがりとその速さ」(1993、山田周二)です。ちゃんとした内容はいつものように原文をご覧ください。ポイントをかいつまんでおくと次のような感じです。
今までに紹介した研究と同じく、この研究でも登山道の断面図から侵食量を測って比較をしています。環境としては溶岩台地に角礫や火山灰の地質、雪田草原やハイマツ帯があるなど、3回目の丹沢山地の研究よりも2回目の大雪山の方が近い感じです。
この研究で土壌の侵食は登山道ができてから現在も進んでいることが分かったのですが、場所によって侵食の程度には違いがあることも分かりました。内容をまとめると次のような感じになります。
ここで注目したいポイントは2点です。一つは今回の調査で最も侵食量が多かったエコーラインの上部です。ここは特に幅が最大で7 mまで広がってしまっています。もう一つは、驚くべきことに侵食量がゼロという場所があった点です(展望歩道の上部の下半部)。この2点に注目して、それらの原因が何なのかを探っていきましょう。
ポイント1 侵食量が最も多いエコー上部
基本的には登山道の勾配が高い方が侵食されやすいと言われているのですが、そうではないところもありました。例えばエコーラインの上部は平均勾配が3.6 °(6.2 %)で、尾根部は14.9 °(26.6 %)です。しかし、勾配が緩い6.2 %の方が侵食量が多くなっています。6.2 %はアメリカの研究で持続可能性が高いとされる3〜10%の勾配にあるにも拘らずです。このことから「勾配は絶対的な指標にはならない」ということがこの研究で言われているわけですね。では勾配以外の指標がいったい何なのか?については明らかにはされていません。
まずはTSAについて見ていきます。地形図をみると場所によって違いますが、等高線に沿った(TSA≒90 °)なところもあれば直登コース(TSA≒0 °)のところもあります。TSAが侵食の原因とは言えなさそうです。
次に考えられる原因は、はここが「谷状」の地形という点です。データがあるわけではありませんが、谷状の地形ということは降雪によって雪がたまりやすく積雪量が多い可能性があります。そうすると第2回の大雪山の例で分かるように侵食を受けやすくなります。
そして、一番原因として考えられるのはここの地質が「泥炭層」ということです。泥炭層は浸透能が低く泥濘化しやすい地質です。積雪があれば長い期間雪解け水が供給されるので、さらに泥濘化しやすいでしょう。泥濘化すると登山者はそれを避けて通ろうとします。その結果、登山道の拡幅化が進むということが考えられます。なお、現在このルートには立派な木道が設置されているようです。
これらのことから、泥炭層では登山道の勾配に関わらず侵食されやすいと言えそうです。持続可能性のことだけを考えるのであれば、泥炭層のある場所には登山道は作らない方が良いと言えます。しかし、こういった場所には高山植物など他とは違う植生や環境があったりするので通りたくなってしまいます。どうしても泥炭層を通したい場合は木道を設置するなのどの処置をすべきでしょう。
ポイント2 侵食量が脅威のゼロの展望上部の下部
次に、逆に侵食量が少ない、というかゼロだった展望上部の下半部を見てみましょう。今回の研究では、登山道を作ることによって侵食が進むと結論づけらているにも関わらず、侵食量がゼロというのは驚きです。むしろここに持続可能な登山道のヒントが隠されているような気がします。
まずはTSAを見てみましょう。地形図では登山道が真っ直ぐ付けられているように見えますが、航空写真を見ると尾根をジグザグに登るように付けられています。場所によって90~45 °といった感じです。これだけを見ると、それほど持続可能性が高いようには思えません。
同じ展望上部の上半部との違いはここが「尾根状」ということです。そのた積雪が少なく、融雪水による侵食を受けづらいということが考えられます。
また、表層地質が火山灰というのは浸透能が高く泥濘化はしずらいので、登山者による拡幅化は起きづらいです。
これだけを見ても、展望上部の下半部の侵食量がゼロな理由はわかりませんが、これらの要素が複合的に作用しているのかもしれません。
登山道の勾配は持続可能性と関係ないのか?
さて、では今回のテーマである「登山道の勾配は持続可能性と関係ない!?」について考えてみましょう。この研究で出てくる勾配はあくまでもある区間の平均なので、単純に比較するのはあまり意味がないかもしれませんが、念の為相関を見てみましょう。
このように侵食量(r=-0.1)と幅(r=-0.3)に関してはほぼ相関がありません。深さ(r=0.5)は相関があるのかもしれません。地質別に測ってみると違ったりするとまた違う結果が出るかもしれませんが、サンプルが少ないので現状はなんとも言えない感じです。
一つ言えることは論文内にもあるように、「登山道の勾配が侵食に対する絶対的な指標にはならない」ということです。登山道の侵食、つまり持続可能性はいくつかの要素が複合的に関係していることはいろいろな研究で分かっていますが、丹沢山地のような樹林帯と違って高山帯はより複雑なようです。
ここで気になるのは、どういった要素がどのようにどれくらい関係しているのか、ということです。今まで出てきた要素としては、「勾配」「TSA」「地質」「積雪」「降雨」「登山者数」「表面地層」「斜面形」などがありました。これらが足し算なのか引き算なのか、掛け算なのか割り算なのかは分かりませんが、そこから登山道の持続可能性が決まるのだと思われます。このあたりの関係性を数値化できれば、登山道の持続可能性のスコア化ができないでしょうか?それにはまだまだ研究が必要そうです。
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