「木曽駒ケ岳における植生復元対策調査報告書」に学ぶ、植生復元活動
木曽駒ヶ岳周辺では十数年に及ぶ植生復元活動とモニタリングが行われてきました。その内容は毎年「調査報告書」としてまとめらています。復元活動として行われてきたのは、主に「植生マット」と言われる、麻(ジュートとも言われます)やヤシ繊維でできたマットの敷設です。その結果、マット敷設によって植生が回復が見られる箇所と見られない箇所があることがわかりました。その違いを検証することで、植生復元に必要な条件が経験的に分かってきています。
復元活動の場所は主に稜線上(一部カール内での活動もあり)で、環境としては次のような特徴があります。地形は主に風衝地と風背地(吹き溜まりができ、植生は雪田に近いと思われます)に分かれ、地質は主に砂礫地となっています。
日本の山岳地帯における植生復元活動として有名事例としては尾瀬や巻機山がありますが、そちらの環境は湿原がメインとなっています。木曽駒ヶ岳周辺の風衝地における活動は尾瀬や巻機山とは、また違ったものとなります。同じ風衝地に近い植生復元活動としては飯豊連峰があります。北アルプスの雲ノ平の復元活動も有名ですが、こちらは雪田植生です。
植生復元に必要な条件
調査報告書内容から、木曽駒ヶ岳周辺などの高山帯の砂礫地の植生復元に必要なことを大きくまとめると次の4点になると思います。
①種子があること
(播種、近くに植生がある)
②砂礫が安定していること
(風衝、表面流、凍上を防ぐe.t.c.)
③締め固められていないこと
(踏圧を防ぐまたは解消、雨滴を防ぐe.t.c.)
④流水の影響が少ないこと
(上部からの流水を防ぐ、水みちを解消e.t.c.)
植生が失われる原因
そもそもなぜ植生が失われたのでしょうか?いろいろな理由が考えられますが、大きく2点と考えられています。一つは登山者による踏み荒らしです。それによって植物そのものが枯れてしまい、また踏圧によって地面が踏み固められ植物が育たない環境になってしまったためがです。もう一つが、砂礫が移動することです。その原因はいくつかありますが、降雨や降雪、凍上、風衝などです。砂礫が不安定だと、種子が育たなかったり、植物が浮き上がり枯れてしまったりするため、植物が育つことができないからです。その他にも動物による食害なども考えられます。
①登山者の踏み荒らし
(踏圧による植生の破壊と地質の硬化)
②砂礫が移動
(降雨や降雪による流水、凍上、風衝など)
植生マット
そこで植生復元のために行われたのが植生マットの敷設です。マットの敷設には大きく2つの効果が期待できます。それは砂礫の安定化と踏み荒らしの予防です。マットを敷く事で、降雨などによる流水の勢いを緩和したり、風衝や凍上を防ぐ効果が期待できます。また、マットは目につきやすく登山者もマットの上には踏み入らないようなるので、啓発の効果もあります。
①砂礫の安定化
②踏み荒らし予防
また、マットには主に麻繊維とヤシ繊維のものがあります。この2種類の違いも理解しておくと良いでしょう。一番大きく違うのは耐久性です。例えば「平成21年の報告書」によると麻ネットとヤシネットでは被植率、つまり植生の回復に明確な差は見られませんでした。しかし麻ネットは3年ほどでほつれ始めてしまっていました。「木曽駒ケ岳における植生復元作業について(10 年間の取組み)」によると植生の回復を確認できるようになるまで5〜6年はかかる事が分かっています。そのため植生復元活動においては耐久性の高いヤシネットの方が望ましいといえます。
耐久性以外の違いとしては、繊維の特徴として麻は保水性があるのに対して、ヤシは保水性がない、ということが挙げられます。例えば飯豊連峰の事例では風衝地には耐久性の高いヤシネットを使い、雪田植生の部分には保水性のある麻マットを使っているケースもあります。風や紫外線の影響が少なく風化が起きづらい雪田では耐久性よりも保水性による乾燥予防の方が効果があると考えられるためです。それぞれの特徴を踏まえて使い分ける必要がありそうです。
ヤシネット → 耐久性が高い(3年以上) 保水性がない
麻ネット → 耐久性が低い(3年程度) 保水性がある
植生回復状況の違い
植生マットを敷設後のモニタリングによって、植生が回復する場所としない場所があることが分かりました。その違いを比べることによって植生回復に必要な条件が見えてきました。いろいろと条件はありますが、平成21年と平成26年の報告書によると一つ特徴的だったのが表面の地質(基質)でした。
植生が回復した場所は、表面が砂礫と細かい粒子が混在(左図)しているような地質だったのに対し、回復していない場所は細かい粒子だけで踏み固められている(右図)ような地質だったのです。これはつまりどういうことなのでしょうか。前者の地質は植生回復に次のようなメリットがあると考えられます。それは流水が分散されることと、凍上が起こりづらくなることです。流水が分散されることで砂礫が安定します。砂礫の隙間に植物が定着しやすいということも考えられます。
これらのことから、マットの敷設前に表面を掘り返して踏み固めを解消すること(基質の改善)も有効だと考えられています。
水みち
地形的に水が集中する「水みち」になっていると、砂礫も不安定になり植生の回復が難しくなります。そこで、石をダムのように組んで流水を分散させることも有効です。特に上からの流水を防ぐために、マットの上部に石組を作るとより効果的です。
播種
植生復元箇所の近くに植生がある場合は、そこから種子が供給されことが期待できましが、そうでない場合は播種(種を撒く)が有効となります。そのために種子をどこかで採取する必要があります。種子を採取するにあたっては、そこに自生している植物から採取するのは当然のこととして、風衝地などの乾燥強い植物であることや、高山蝶の食草でないものから採取するなど、注意が必要です。
採取した種子は発芽能力が低下しないよう低温で保管することや、播種作業は種子が飛ばされないようマット敷設後にマットの下に撒くなどの注意も必要です。なお播種に関しては様々な方法がありますので巻機山の取り組みも参考になるでしょう。
まとめ
なお、基質の改善、石の移動、種子の採取・播種を行うには天然記念物の指定範囲などによっては許可が必要な場合もありますので、その土地の管理者と綿密に打ち合わせを行なうこと忘れないようにしましょう。
参考
いかかがでしたでしょうか。植生マットを敷設するというだけでも、いろいろと留意するべきことや、有効に機能させるためのポイントがあることがお分かり頂けたと思います。これはまだまだほんの一部ですので興味のある方は報告書本文を読んでみてはいかがでしょうか。
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