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巻機山に学ぶ、植生復元活動

以前紹介した『巻機山に学ぶ、登山道荒廃メカニズム』では40年以上に及ぶ巻機山の景観保全活動から登山道荒廃するメカニズムを見ていきました。今回は植生復元活動に焦点をあてて見ていきたいと思います。

雪田植生

まずは巻機山の活動現場の環境から確認していきます。巻機山の植生も前回の雲ノ平とおなじく雪田植生です。また池塘が点在していることが巻機山の魅力の一つとなっています。

巻機山の登山道は土壌が泥炭質のため、傾斜地では滑りやすく平坦地ではぬかるみ化しやすい環境でした。そのため、歩きづらい登山道を嫌って、登山者が植生の上を歩くようになり、最初は踏み跡程度だったものが徐々に植生が失われ土壌の流出が起きてきました。流された土壌により池塘が埋没してしまったり、登山道の拡幅が最大で20mにも及んだところがあったそうです。


植生復元方法

巻機山の植生復元活動は、これまで見てきた木曽駒ヶ岳周辺と雲ノ平とは違う特徴があります。それは「移植」が行われている点です。移植とは、ある程度育てた植物、もしくは自生している植生そのものブロック状に掘り取って植え付ける方法です。

そもそも、植生復元の方法は大きく4つに分ける事ができます。それは播種移植自然回復の促進土壌の復元・流失防止です。

植生復元方法
①播種
②移植
③自然回復の促進
④土壌の復元・流失防止

これらは、植生破壊の程度や表土の流出状況などその場所の環境によって使い分ける必要があります。例えば、平坦な地形で表土が残っていれば①播種②移植が有効ですし、さらに生育条件の良い場所であれば人の立ち入りを防止するなどの③自然回復の促進を図るだけでも良いかもしれません。そこが斜面だったり、すでに表土が流出してしまっていたら④土壌の復元・流失防止も講じる必要があります。

例えば、木曽駒ヶ岳周辺ではヤシネットによる④土壌の復元・流失防止①播種③自然回復の促進が行われていました。雲ノ平の場合、伏工や土留ロールなどで④土壌の復元・流失防止をしたうえで③自然回復の促進を図っていました。


登山道整備

巻機山では1976年から景観保全活動が行われましたが、最初に実施されたのが池塘への土砂流出の防止(④土壌の復元・流失防止)と歩きにくい登山道の整備(③自然回復の促進)でした。池塘に土砂が流れ込まないように土砂誘導溝をつくり、歩きにくい登山道に木道の敷設、丸太階段の設置が行われたことにより、新たな植生への侵入は発生しなくなりました。


表土残存地ー移植・播種

新たな植生の踏みつけが解消された次の課題は裸地部の植生復元でした。まず実施されたのは竜王平、竜王ノ池周辺で、ここは表土が残っていたため②移植と①播種が試みられました。

まず移植の場合、移植する植物をどう調達するかが問題となります。そこで目をつけたのが埋まってしまった池塘の周辺に繁殖していたヤチカワズスゲです。ヤチカワズスゲは先駆種(パイオニア種)と呼ばれ、裸地部に最初に出現する植物でもあります。ヤチカワズスゲをブロック状に切り出し、裸地部への移植が行われました。

播種の対象に選ばれのも種子が採取しやすいヤチカワズスゲでした。木曽駒ヶ岳周辺の場合は、植生マットの下に種を撒くだけしでしたが、巻機山では種子を粘土質の土壌に混ぜて丸めて土に埋めるという方法が取られました。これは手間はかかりますが、種子が流されたり、乾燥にさらされることがないというメリットがありました。

しかし、これだけで植生が復元できるとは限りませんでした。移植した箇所では土壌の流出して株だけが浮き上がってしまたり、播種した箇所では表土が乾燥し枯れてしまった箇所もおおくありました。移植・播種と合わせて、土壌流出対策や乾燥対策も同時に行う必要があります。


表土流出地ー客土・播種

植生復元において難関となるのが表土流出地の復元です。巻機山の御機屋南面の斜面は土壌の流出により表土が失われ砂礫や石のガレ地と化していました。そこで行われたのが客土④土壌の復元・流失防止)と①播種です。

そこで、まず段々畑のように丸太を組んで土留を行い、そこにピートモスを客土ししました。ここでは移植する植物の確保が難しかったため、極相種であるヌマガヤを播種することが近道だと判断されました。極相種とは植生の遷移のなかで最終的に定着する種のことを言います。さらに緑化ネットを敷設し乾燥や表土の流出を防止し、光合成バクテリアを撒く事で植物の成長を促しました。

ただし、この方法にはデメリットもあります。まず必要な資材が膨大になるためお金や労力が必要となり、広い範囲で行うことは難しくなります。また、客土や光合成バクテリアの使用は、たとえ効果的であったとしても倫理的に賛否の分かれるところです。


ここで紹介したのは巻機山の活動の中でのほんの一部で、これ以外にも様々な試みが行われてきました。より詳しい内容が知りたい方は書籍『よみがえれ池塘よ草原よ』や冊子『巻機山 景観と植生の復元38年の成果』をご覧下さい。ちなみに『巻機山 景観と植生の復元38年の成果』は公益財団法人日本ナショナルトラスト協会のホームページから1,000円以上(巻機山景観保全寄付金として)の寄付で送ってもらえます。


復元環境条件

巻機山では40年近く試行錯誤を繰り返しながら、植生復元活動が行われてきました。その結果から、どのような条件だと植生が回復するのか、逆にどのような条件だと回復が難しいのかが分かってきました。植生回復に影響する条件は大きく4つありました。それが、①傾斜方向②水分条件③土壌の厚さ④傾斜度です。

難  植生回復  易
南向き ①傾斜方向 北向き
乾 燥 ②水分条件 湿 潤
な し ③土壌の厚さ 厚 い
高 い  ④傾斜度  低 い

その中でも、特に大きく影響していたのが①傾斜方向です。北向きの斜面より南向きの斜面の方が圧倒的に植生回復が遅かったのです。その原因は日光のによる土壌の乾燥だと考えられらます。乾燥によって表面の土が剥離し種子が定着しづらいのだと思われます。次に影響が大きいのが④傾斜度です。これは斜度が低い方が土壌の流出が少ないからだと思われます。反対にあまり影響が少なったのが③土壌の厚さです。土壌の厚さによって植生回復の違いはあまり見られませんでした。ただし土壌まったくないと回復はかなり難しいということが分かっています。つまり一度表土が失われてしまうと植生の回復は困難になるということです。

これらのことから、南向きの斜面では緑化ネットの敷設など土壌の流出と乾燥対策を講じることが重要で、また、植生が破壊されているところでは表土が失われる前に復元を図ることが重要と言えます。




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