【登山道学勉強会】水は低きから高きに流れる#8
第8回登山道学勉強会
▼前回の登山道学勉強会▼
前回まで「土、水、重力」シリーズとして3回に渡って、水が土を侵食する4つの作用、そして水から土を守る4つの方法を紹介してきました。今回は「水はどこを流れるのか?」ということについて考えていきたいと思います。なぜなら、いくら土を水から守る方法を知っていても、そもそもどこを水が流れるのかを分かっていないと意味がないからです。
登山道に関して言うと、登山道の整備やメンテナンスは基本的に雨の降っていない日など登山道に水が流れていない時に行われます。そのため、水の流れを見誤っていると、いざ雨が降った時に思ってもいなかった部分が水に侵食されてしまったりします。
水は高きから低きに流れず?
日本には「水は高きから低きに流れる」という言葉があります。これの元ネタは孟子で、水が高いところから低いところを流れるように、人も自然の摂理にしたがってあるがままに生きるのが良いのでは?といった意味だそうです。
さて、本当に水は高いところから低いところへ流れるのでしょうか?基本的にはその通りなのですが、実際にはもうちょっと複雑です。たとえば上の図のよう場所で、降った雨水はどのように流れるでしょうか?
岩の上に降った雨は真下には浸透せず、斜面を流れる表面流となります。ですが土の上に降った雨は、一部は地面を浸透していき一部は斜面を流れ表面流となります。砂地だと表面流はあまり発生せず、ほとんどが地面に浸透していきます。このように、水は必ずしも一番低い方へは流れません。ではその違いは何から生まれるのでしょうか。それを「浸透能」という言葉を使って説明してみましょう。
浸透能
浸透能に関してはWikipediaの説明がわかりやすいのでここから見ていきましょう。
簡単にいうと、浸透能とは土壌が水分を吸収する(浸透させる)ことのできる量のこと。そして浸透能は土壌の種類や状態、または時間の経過によって変化します。たとえば、礫は浸透能が高く、砂は普通、シルトは低く、粘土はほぼ無いとなっています。
先ほどの図に当てはめると、岩は浸透能が無いので浸透せず岩を避けるように表面流となります。土は浸透能が中くらいなので、一部は浸透し一部は表面流に。砂は浸透能が高いので表面流は発生せず、すべて地面に吸収されていくわけですね。このように浸透能という観点でその場所をみると、なんとなく水がどのように流れるのか想像しやすいのではないでしょうか。
登山道学勉強会ではこの浸透能をもうちょっと拡大して解釈して、単純化して考えたいと思います。土壌だけでなく岩や木材などの登山道の整備に使われる素材にも当てはめて、浸透能を無・低・中・高の4段回に置き換えて、上の図のようにしてみました。
この中でも、登山道を考える上で特に注意したいものが浸透能が「無」のものです。例えとして岩盤、粘土、凍土、踏圧(踏み固めれれた)された土壌などがあります。また、登山道を整備する時に使われる素材では木材、岩、PE(ポリエチレン)土嚢袋などがそれにあたります。こういった素材を使うと水の流れを変えてある箇所に集中させてしまう(=位置エネルギーが大きくなる)ため、侵食が起きやすくなってしまいます。
(なお、この浸透能は時間の経過や気象条件によって変化しますので、実際にはもうちょっと複雑です)
水は(浸透能)低きから高きに流れる
それでは浸透能を踏まえた上で、実際の登山道で水がどのように流れるのかを考えてみたいと思います。例として失敗しがちな階段工を取り上げます。英語圏の国のトレイルと違い日本の登山道は傾斜が急なため、階段工がよく設置されています。この階段を作る時にやってしまいがちなのが次のような作り方です。
斜面に板や丸太を設置して、それを杭で止めるという作り方です。シンプルで材料も少なく簡単に作りやすい方法です。この階段工の浸透能はどのようになっているでしょうか?
この中で木材は浸透能「無」です。そして周辺の土は浸透能「中」です。そうすると、水はどこを流れるかというと、木材を避けて両脇の土を流れようとします。その際、ちょっとずつですが土壌を侵食していきます。
施工した当初はこれでも良いのですが、月日が経過したり、もしくは大雨が降ったりすると、土壌が侵食され木材だけが残されてハードルのようになってしまうわけです。よく登山をする人はこのようなハードル化した階段を一度は見たことがあるのではないでしょうか。このような歩きづらくなった登山道の管理問題がよく取り沙汰されますが、そもそもの作りに問題があるのです(さらにいうと登山道の勾配が急すぎることにも問題があるのですが・・・)。
これを防ぐためには、定期的にきちんとメンテナンスをするか、階段の脇に水が流れないように同じような侵食能が「無」の物質、例えば木材や岩などで両脇を固める必要があります。もしくは、周辺の土をコンパクション(締め固め)をするという方法も考えられます。また、階段のステップの下は水が落ちた際の衝撃で侵食されるので、石や砂利などで守ることも忘れてはいけません。なお、このような脇を固めるの階段の作り方は英語圏ではスタンダードな作りとなっています。例えば、石で作った階段(Stone Staircase)の作り方などを見ていただければと思います。
地面の中ではどうなっているか?
では次に、地面の中にまで目を向けて見ましょう。地面に浸透した水はどうなるのでしょうか?そのまま永遠に真下に浸透していくのかというと、そうではありません。ここでも浸透能を考えると理解しやすいです。地面の中で浸透能が「無」の部分に注目しましょう。地面の中で浸透能が「無」になるのは岩盤や粘土層の他に、地面が凍った凍土などがあります。
浸透した水は「無」の部分に達するとそれ以上は浸透できないので避けて横方向へ浸透し始めます。ここは土壌の隙間に水が飽和している状態で、これがいわゆる地下水となるわけです。この地下水の表面部分を地下水面と言います(ちなみにこの地下水面は時期や雨量によっても変化します)。
以前、表面流が発生するとシート侵食→リル侵食→ガリー侵食という風に下方向への侵食が進むと言う話をしました。ガリー侵食はほっておくと、この地下水面まで侵食が進みます。そうなると復元はもとの状態に復元するのはかなり難しくなります。なぜなら、表面流だけでなく地下水までも侵食された部分に集中して、侵食が加速度的に進み、侵食は横方向へ広がってしまいます。
まとめ
今回の要点をまとめるとこのようなります。
今回は「浸透能」という言葉を使って水がどのように流れて行くのかを説明してみました。このような視点で登山道を見てみると、また違った見え方がしてくるのではないでしょうか。
参考文献
浸透能について
登山道と浸透能の関係
屋久島登山道技術指針(九州地方環境事務所)(平成23年2月制定)2/3
2 登山道施設荒廃への影響分析(PDF 489KB)
階段工が侵食された例
▼登山道学研究会TOP▼
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?