見出し画像

”黒岳石室と僕たちを巡る話” 第1話 石室が建った日

黒岳石室Q&A

第1話として黒岳石室がいつ建てられたのかについて話をしましょう。

「2023年で100周年なんだから1923年なのでは?」

と思われるかもしれませんが、そうは問屋が卸さないのが100年の歴史を誇る大雪山なのです。まず結論から言うと、おそらく1923(大正12)年か1924(大正13)年のどちらかだと考えられます。というのも、いろいろな文献を調べていくと1923年説と1924年説の二つの説が登場するのです。


1923年説

まずは1923年説、つまり今年2023年で100周年とする説の根拠から見ていきましょう。例えば、大雪山層雲峡・黒岳ロープウェーを運営するりんゆう観光さんが昔発行していた『カムイミンタラ』という記事を見てみましょう(現在その一部はウェブ上で見ることができます)。

この座談会は中條良作さん柴田清美さん保田信紀さん佐藤文彦さんという知る人ぞ知る4名の方々による対談となっています。この方々は、古くから大雪山に関わってきた人なら知らない人はいない、つまり大雪山におけるレジェンドと言っても差し支えないと思います。この座談会の中で中條さんが次のように語っています。

中條
黒岳の山小屋は黒岳石室(いしむろ)っていうんだけど、できたのは古くて大正12年なんですよ。大雪山系の中で唯一、管理人のいる山小屋で、今では120人くらいは宿泊できるし、登山の大事な基地になってる。つくったのは北海道山岳会の人たちでね。開発については山岳会の人たちは大きな功績を残してますよ。当時のそうそうたる学者や写真家を連れてきたり、ロープウェーもリフトもない時代に資材などをしょって登ったわけですから苦労だって大変なものですよ。

http://kamuimintara.net/detail.php?rskey=1198403t01

このように中條さんは、大正12年つまり1923年に建てられたと語られています。

他にも見ていきましょう。1984(昭和59)年から北海道新聞の旭川・上川版紙に66回に渡って連載された「大雪山物語」という記事がありました。それらの記事に年表などを加えて一冊の本として出版された『大雪山物語』(北海道新聞社編)。その年表の中では次のように書かれています。

大正12年(1923
▶︎道と帝室林野局が層雲峡ー黒岳ー旭岳ー松山温泉の大雪山縦走路を設置。黒岳と旭岳の石室も初めて設けられる。この年設立された北海道山岳会の尽力が大きい。

大雪山物語 北海道新聞社編

このように中條さんとお話しと同じような内容が書かれています。大雪山を良く知るレジェンドの証言や新聞社が出している文献なので信頼度は高そうに感じますし、これらだけでなく黒岳石室が建てられたのは1923年とする文献は他にもみられます。


1924年説

では次に1924年説について見ていきましょう。例えば『北海道の登山史探求』(高澤光雄)の中に「『山日記』に掲載された戦前の山小屋」という章があります。ここには大雪山に限らず北海道各地の山小屋に建設年・所属などが併せて一覧で載っています。ここの黒岳石室を見てみると、

  山小屋 所在地 建設年 所属 収容人数
13 黒岳石室 黒岳西南約一粁 大十三 北海道庁林務課、経営・大雪山調査会

北海道の登山史探求 高澤光雄

となっています。”大十三”は大正13年のことなのでつまり1924年となります。

また、『北海道の登山史』(安田治)にも「北海道の登山史年表」という章がありますが、こちらを見てみると

西暦 年号 月日 近代登山年表
1924 大正13年 8月 大雪山黒岳・旭岳に石室建設

北海道の登山史 安田治

と同じく1924年として記載されています。どちらも北海道の登山史を丹念に書かれた本ですので、こちらも信頼性は高いと感じられます。


2つの説

実は他にも大正15年とする文献もあったりするのですが、黒岳石室の建設年に関しては大きく1923年と1924年とする文献が存在します。この話を聞いて「もし1924年説が正しかったら今年は100周年ではないのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、ここではそんな野暮な話をしたいわけではありません。もし仮に1924年説が正しいのであれば、また来年「シン・100周年」として記念イベントを開催すれば良いのです。

それよりも、なぜ2つの説が生まれたのか?どちらが正しいのか?どこで齟齬が発生したのか?といった謎を紐解いていくのが大人の山の楽しみ方というもです。どの文献にしても元となる参考とした文献があるはずです。それらを辿っていけば事実が見えてくるかもしれません。今回はそこまで踏み込みませんが、もし情報や手がかりを知っている方がいれば是非コメント下さい。

このように、黒岳石室が建てらえた年だけでも一筋縄ではいかないというのが、100年以上の歴史を誇る大雪山の奥深さを物語っているとも言えるのではないでしょうか。

それではまた次回をお楽しみに!

▼ 第2話 ▼


参考文献

北海道新聞社編『大雪山物語』北海道新聞社
安田治『北海道の登山史』北海道新聞社
高澤光雄『北海道の登山史探求』北海道出版企画センター
吉田友好『出典準拠[増補]中央高知登山詳述年表稿』
『カムイミンタラ』りんゆう観光


いいなと思ったら応援しよう!