巻機山に学ぶ、登山道荒廃メカニズム
巻機山
巻機山を「塩野モデル+」に当てはめてみました。巻機山に関して特徴的なのは人為要因ではないかと思います。特筆すべきは、かなり早い段階から行政やボランティアという枠を超えて保全活動が行われてきた、ということではないかと思っています。そこで、今回は人為要因に注目したいと思います。
踏圧の三大要因
人の「踏圧」によって土壌の硬化・浸透能の低下、植生被覆の破壊が起こるということを、今まで見てきました。この踏圧が起きる原因を詳しく分解してみます。
日本ナショナルトラストの松本さんはこの人の踏圧には大きく3つの人間心理があるとおっしゃっています。それが、①歩きにくい路面を「避けたい」、②美しい風景を「見たい」、③心地よい場所で「休みたい」の3つです。この中でも特に影響が大きいのが①の「避けたい」です。巻機山の植生破壊の多くが、登山道や休憩適地や山頂(滞留地点)に接する植生の踏みつけから始まっていました。雨などでぬかるんだ地面を避けて、植生へ踏み込みが線状に繰り返され、やがてそれが面的な荒廃に広がっていくのです。ちなみに巻機山ではまず、池塘の復元、雪田植生の復元、歩きやすい登山道整備の3つから保全活動が始められられました。
山岳環境整備の問題点
保全として登山道の整備や植生の復元活動が行われます。しかし、ここでさらに荒廃要因が生まれてしまいます。山岳自然環境にそぐわない施行が行われたり、返って状況を悪くしてしまうケースが出てきたのです。善意で行ったはずなのに、なぜこのような問題が発生するのか?この問題も大きく3つに分けられらています。
①「土木技術に支配され、造園技術の導入が欠如」
やりすぎると自然の景観を損ねますし、登山者がどこを歩きたがるかなど人間心理の理解しなければ踏圧は防げません。また、水がどう流れるか?どういう浸食が起きるか?など、そもそもの自然環境に対する知識やそれに対応する技術も必要です。これらの保全と利用のバランスを見極めることができる人材もなかなかいないという問題があります。
②「きめ細かな整備が及ばない」
特に、行政の事業や補助金を使った事業では、現場での臨機応変な対応が難しくなります。また予算や工期にも制限があるため、細やかな対応にまで手が回りません。
③「行政システムに弾力性がない」
一番良いのは自然が荒廃しないように予め対処をしておくことですが、問題が顕在化していないことは予算が出ずらいです。また、実施した結果が良いのか悪いのかをモニリングしてノウハウを蓄積することが大切ですが、それが行われることも少ないです。また、行政担当者が数年で異動してしまうのも原因の一つです。
山岳環境整備に必要なこと
つまり山岳の環境整備というのはハードとソフトの両方を理解することと、そして事業を上手に管理するシステムが重要であると言えます。ハードとソフト面について、松本さんは造園技術と土木技術が融合することで質の高い環境整備ができるとおしゃっています。
巻機山のシステム
では巻機山のシステム面にも注目してみます。1977年から始まった巻機山のボランティア活動は日本ナショナルトラストが主宰し、東京農業大学自然環境保全学研究室の主導による巻機山景観保全ボランティアーズが行なうという形になっています。その詳細や経緯は省きますが、ボランティアが行なう部分、県が行なう部分、県事業をボランティアがフォローする部分など、役割分担を明確にして保全活動の効率が高められています。
ここで最もキーとなっているのが日本ナショナルトラストと東京農業大学自然環境保全学研究室の存在ではないかと思います。特に、国や自治体と連携していく上で重要となるのは「信頼関係」です。山岳会や山好き市民グループが保全活動をしたいと思っても、信頼性がなければ行政側もなかなか受け入れられません。巻機山景観保全ボランティアーズの信頼性が担保できているのは先の二つの組織の存在が大きいでしょう。
信頼性に必要なこと
では信頼を得るために必要なものは何でしょうか。大きく二つあると思われれます。それは①組織の継続力(=人材の維持)と②能力・技術力です。巻機山の場合は農大の学生が中心戦力となっていたため、人材が尽きることがなかったことが大きなメリットとなりました。ボランティアなどの一般参加で人手を集めることができても数や能力にはバラツキが出ますが、それを人材でカバーすることでき、信頼の獲得にも繋がったのではないでしょうか。
では大学などの組織がなければ信頼関係は築けないのでしょうか?必ずしもそうとは限りません。例えば、行政と共催して恒例で自然観察会や清掃登山などイベントを行う、専門家を引き込んでアカデミックな調査を行う、歩道整備や標識の補修など行政の日常的な管理業務のフォローを行うなどして実績を積み上げるなど、方法はいろいろあるでしょう。
参考
山岳自然地域における環境整備と市民参加
著者:松本 清, 栗田 和弥 発行日:1998年
よみがえれ池塘よ草原よ 巻機山ボランティアからのメッセージ
著者:松本 清, 栗田 和弥 発行日:2000年
巻機山 景観と植生の復元38年の成果
著者:巻機山景観保全ボランティアーズ, 東京農業大学自然環境保全学研究室
発行日:2015年
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