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【登山道学勉強会】登山道はどうしてできるのか #4

あたりまえのように「そこにある」山は、
いつ、どのようにしてできたのかーー。
あなたはこの問いに正しく答えられますか?
                     藤岡換太郎

第4回 登山道学勉強会

登山道学の設立を目指す登山道学勉強会第4回目です。今回は「登山道はどのようにしてできたのか?」、この問いについて日本の登山の歴史なども踏まえて考えてみたいと思います。


山はどうしてできるのか

と、その前にまず「」そのものがどうしてできるのかを簡単に抑えておきます。そこで参考にするのがタイトルの参考にもした藤岡換太郎さんの『山はどうしてできるのか』です。

本書の中では、山ができる成因をつぎのように説明しています。

①断層運動によるもの
②造山運動(付加体の形成や大陸の衝突)によるもの
③火山活動によるもの
④風化や侵食によるもの
それ以外に氷河の作用や花崗岩の上昇

断層運動」は断層がずれることによってできる地形的な高まりで、日本だと京都盆地の東にある東山連峰や、神戸の六甲山地などそれにあたります。さらに断層の種類によって「正断層」「逆断層」「横ずれ断層」に分けられます。

造山運動」はプレートの動きによって山が作られることで、付加体によるものや大陸の衝突によってできるものがあります。細かい説明は本書に譲るとして、日本では北海道の日高山脈や神奈川県の丹沢山地などは大陸衝突によってできた山です。

火山活動」はもはや説明不要だと思いますが、日本の代表的な火山活動による山は富士山でしょうか。山の形によって「成層火山」「盾状火山」「カルデラ」などに分けられます。

風化」や「侵食」は山を壊す作用ですが、侵食されなかった部分が残って結果的に高くなって山になることがあります。「氷河」も山を壊す作用です。河川による浸食はV字谷をつくりますが、氷河はU字谷を作ることが特徴です。

これらの作用は大きく2つに分けることができます。地球内部の力による「内因的」な作用(断層運動、造山運動、火山活動など)と、地球の外部の力による「外因的」な作用(風化、侵食、氷河など)です。

内因的な作用は”地面を持ち上げる力”、外因的な作用は”地面を削る力”と言い換える事もできそうです。つまり、山をものすごく簡単に説明すると地面を持ち上げる力地面を削る力掛け合わせで出来ていると、言えるのではないでしょうか。その掛け合わせ次第で様々な山の形ができ、多種多様な地形的特徴を持つことになります。この地形の違いが、登山道やトレイルなどの”道”のパターンの違いを生み出す要因の一つになっていると考えられます。

内因的な作用  ×  外因的な作用 =    山 
   (地面を持ち上げる力)  (地面を削る力) (地形的特徴が違う
)  

登山道学研究会.016

V字谷とU字谷

例としてV字谷U字谷の違いを考えてみましょう。氷河によって削られてできるU字谷は日本では見られないので、ヒマラヤやヨーロッパアルプスなどの海外の山で見られる大きな特徴の一つです。これによって道にどのような違いがあるのでしょうか。これに関しては『山岳科学』(松岡憲知 、泉山茂之 、楢本正明、松本潔 編)を参考にします。

本書のなかで「トレイルランニングコースの地形学」と題して、日本とヨーロッパのトレイルランニングの(大会の)コースの違いについて考察されています。”違い”というのは端的に言うと、ヨーロッパアルプスは走りやすいコースが多いのに対して日本のコースは走りづらい、ということです。ここでは、コースの走りやすさの要因として次のように説明されています。

トレイルの走りやすさは、凸凹や平坦度、傾斜の変化、地表構成物といった地形要素の依存する。

そして、日本のトレイルランニングのコースが走りずらい理由の一として、スキー場がコースになることが多い→火山性の山にスキー場がつくられることが多い→火山性の山は火山礫が転がっている→日本のコースは走りづらい、と説明されています。また非火山性の山でも、火山灰が地表を覆っているため泥濘化しやすいので、梅雨時期の大会は泥との闘いになることも多いとのこと。それに対してヨーロッパアルプスは次のように説明されています。

一方、ヨーロッパアルプスでは走りやすいトレランコースが多い。これは氷河作用が関わっている。氷河のつくるU字谷は幅が広く、日本の山地に卓越する細くて急斜面に囲まれるV字谷とは対照的に、谷底のトレイルの幅は広くカーブも少ない。また、U字谷壁を登るときは急斜面をジグザグに登るが、登り終わるとU字谷の肩とよばれる緩斜面が谷側頂部に沿って続く。

ヨーロッパアルプスのトレイルランニングといえば Ultra Trail du Mont-Blanc(略してUTMB)などが有名ですが、日本人でも出場したことがある人も多いと思います。出場したことある人なら日本のコースよりヨーロッパアルプスが走りやすいというのは、うなずけるのではないでしょうか。日本のV字谷とアルプスのU字谷の違いによって、道の付けられ方が変わり、それが走りやすさにも影響しているのです。また、走りやすいトレイルは持続可能性も高いと考えれらます。

最近は日本でもトレイルランニングの愛好者が増えていますが、もともとは欧米から輸入されたアクティビティです。日本でも昔から山(登山道)を走るという行為は行われてきましたが、それは登山の為のトレーニングや力を誇示するためであったりと登山の延長線上の行為でした。それに対して欧米でトレイルランニングやMTBといったアクティビティが古くから発展してきた背景には、この走りやすいトレイルという環境受け入れる土台があったからなのかもしれません。

V字谷 = 走りづらい
U字谷 = 走りやすい → 持続可能性も高い、アクティビティが発展する

登山道学研究会.017

日本でも普及し始めたトレイルランニングですが、各地のトレイルランニングの愛好家から「地元の自治体、行政、山岳会などから理解が得られない」と言った声を耳にします。その背景には新しいものへの抵抗感先行利用者との軋轢法制度といった要因もあると思います。その一方で、日本の山(=登山道)の環境にトレイルランニングという行為を受けれいる土台が弱い、という要因もあるとは考えられないでしょうか?


登山道はどのようにしてできるのか

話がだいぶ横にそれましたが、実はここからが本題です。では、最初に紹介した藤岡さんの言葉を借りて””を”登山道”と置き換えてみます。

あたりまえのように「そこにある」登山道は、
いつ、どのようにしてできたのかーー。
あなたはこの問いに正しく答えられますか?

皆さんは普段使用している登山道がいつ誰の手によって作られたのかご存知でしょうか?これが実はなかなかの難問です。登山道に関しては意外と記録に残っていないことも多く、あったとしても公に公開されていることも少ないので、一般の人にはほぼ分かりません。この問いについて考えるにあたって『自然公園シリーズ1 登山道の保全と管理』(渡辺梯二編著)を参考にします。


日本の登山の歴史

この問いを考える上で、先に日本の登山の歴史を大まかに抑えておく必要があります。本書の中では日本の登山の歴史を次のように区分けしています。

【山岳信仰目的登山期(700年代〜1700年代)】
【未開地探検登山、測量、観測登山期(1800年代)】
【大衆参加型登山萌芽期(1900〜1920年)】
【冬期スキー登山萌芽期(1920年代)】
【第1次登山ブーム(1930年代〜1950年代)】
【第2次登山ブーム(1960年代)】
【停滞期(1970年代)】
【第3次登山ブーム(1980年以降)】

記録上最初に山に登られたのは700年代だそうで、信仰を目的としたものだったそうです。1000年代〜1600年代になると天然資源開発などの登山も行われていて、富士講が行われたのもこの時期です。1800年代になると日本でも地形測量が行われ始め、山頂に三角点が設置され始めます。槍ヶ岳が開山されたのが1828年、1878年には内務省地理局(後の陸軍陸地測量部)による全国測量計画が立てられました。1900年代に入ると山のガイドブックが作られ始め、北アルプスに山小屋もでき、大衆登山が始まりました。


登山道の特性

ここで本題に入ります。登山道はどのようにしてできたのか?本書では登山道のでき方について5種類の記載があります。

①古来から信仰、狩猟や釣り、山菜採取などで利用されてきた、自然発生的な山道。
②旧陸軍参謀本部陸地測量部(現国土地理院)による三角点を設置するための測量や、気象観測のために設けたもの。
③林野庁(森林管理署)が本来は森林管理のためにつくった管理道が登山に使われてきたもの。
④山小屋などの山岳関連事業者がつくった道。
⑤自然公園の公園計画のなかで歩道(登山道タイプ)として位置付けられ、国(環境省)・県が整備しているもの。
⑥登山者がルートを切り開いてつくった道。

これを先の登山の歴史と併せてみると、「山岳信仰目的登山期」には①の自然発生的な山道ができたと推測できます。信仰目的だと山頂へ行く道だと思いますが、狩猟などの目的だと必ずしも山頂へは向かっていないと思われます。

そして「未開地探検登山、測量、観測登山期」になると②の測量のための道がつけられます。三角点は基本的には山頂に設置されるので、ここでも山頂へ向かうための道が刈り分けられたと思われます。初期の山行記録を読むと測量の刈り分け道を利用したという記述も見られます。

そして「大衆参加型登山萌芽期」になると③④⑤⑥の、国有林を管理する林野庁(森林管理所)や、山小屋などの事業者、自然公園を所管する環境省や都道府県、また登山者や地元の山岳会など、様々な人や組織によって道が造られ始めたでしょう。この中で③森林管理のための道と④山岳関連事業者が作った道は必ずしも山頂を目指す道ではなかったかもしれません。

登山道学研究会.018


まとめ

それでは今回の内容をまとめてみましょう。

まず山がどうしてできるのか?を簡単に説明すると、地球の内因的な作用(地面を持ち上げる力)と外因的な作用(地面を削る力)の掛け合わせで、様々な形や地形の地質の山ができます。そして、その山の形や地形などの特性によって、道のつけられ方も変わってきます。例えば、同じ外因的な作用でも、河川によって削れてできるV字谷と氷河によって削られてできるU字谷では、道のつけられ方にも違いが生まれ、またそれに適したアクティビティも発展します。

日本の登山道は、その歴史の中で様々な組織や人によってつくられてきました。「山岳信仰目的登山期」の700年代〜1700年代には自然発生的に道が生まれました。「未開地探検登山、測量、観測登山期」の1800年代には三角点の設置など測量のために道がつけられました。そして、大衆登山がはじまる1900年以降は行政や山小屋、登山者や山岳会など様々な組織によって登山道がつくられ始めたのです。

日本では登山道がいつ誰がつくったのかもはっきりとしないこともあります。そのためか、登山道の管理主体がどこにあるのかはっきりしないことも多いです。それは法的なシステムの問題による部分もありますが、日本の登山が発展してきた歴史も関係していると思われます。登山道法といった法的なシステムができることも必要かもしれませんが、まずは登山者自信が普段利用している登山道について関心を持つことも大切でしょう。次に山に登る際には、その登山道は「いつ誰が作ったのか?」「現在は誰が管理しているのか?」「何か課題を抱えていないか?」といったことにも注目してみてはいかがでしょうか。

登山道学研究会.019


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