「Return of the Obra Dinn」と過去と真実というもの(ネタバレ抜き感想)
PC版が出たとき、TwitterのTLで「すごい」「難しいー!」と話題になっていたソフトのSwitch版が出たんですよ。いい時代です。
で、PVなどを見ていると「これは面白い予感がする!」ってなわけで買いました。「Return of the Obra Dinn」(オブラ・ディン号の帰還)。
ただその日は、お腹の調子がかなりイマイチで弱り気味、大変しけた休日でして、始めた時は「ま、ちょっと冒頭だけでも触ってみるか~」程度の認識だったのです。Switchの携帯モードはごろ寝プレイにも最適ですしね。
気がついたら5時間くらい経っていました。
気がついたら5時間くらい経っていました。
「ジョジョの奇妙な冒険」の「ザ・ワールド」を初めて喰らったポルナレフもビックリです。やめられないとまらない、途中からは充電コード刺してたくらいやめられない。
1802年にロンドンから出航、アフリカを回って東へ向かう予定だった商船オブラ・ディン号は、途中で消息を絶ってしまいます。しかし1807年、同船は突然、英国の港に帰還したのです。船体はボロボロ、そして何より船員も乗客も「誰も」乗っていない状況で……。
一体、船上で何が起きたのか? なぜ誰もいなくなったのか? 保険調査官である主人公は、各人の安否を調べる証拠を探すため、実際にオブラ・ディン号に向かい、船内を探索し始めるのでした。
主人公の持ちものは、事前にとある人物から送られてきた「手記」と「蓋に髑髏がついた懐中時計」。死体に反応し「その人物の死の瞬間」まで時を遡らせてくれる懐中時計。ほぼ白紙だったのが、探索を進めて船内で起きたできごとを見ていくのに比例して、事実を浮かび上がらせる手記。
といってもさっぱりどんなゲームかわからんですよね、わかる。
私がプレイしてる時の、心の中のセリフを書き起こすとこうなります。
「うおっ死体! 白骨死体! なにこれ時計が反応した、押すと……」
「なんじゃこりゃ、おっさんとおっさんが争ってて、えっ、こっちの人撃たれた瞬間だし! 何がどうなったらこういう展開になってしまうんだ」
「ふう、元の船上に戻って別の部屋を……ってまた死体あるし! 過去見たらさっき撃ったほうのおっさんが、別のおっさんを棒でボコってるぅ!」
やっぱり何がなんだかわかりませんね。今度はストーリーが。
そんな「わからん!」状態ながらも、手記はその事件がいつ起きたのか、過去のシーン内で登場人物たちはどういうことを喋っていたのか、そしてそこの死者の顔の絵を浮かび上がらせます。船員名簿、ある乗客が残した何枚かのスケッチなども活用しつつ「ここで死んだのはA、死因はBに銃で撃たれたこと」といった風に、全員の安否リストを完成させるのが主人公のお仕事です。60人分の。
「そんなの多すぎるやんけ!」と思うでしょう。大丈夫、プレイヤー全員思う。ちなみに開発者インタビューでは「最初は120人にする予定だった」という、もっと狂ったことが語られていました。このインタビュー、すごく濃くて面白いので、手記を半分くらいまで埋めた方なら(○○や○○ー○○が登場しますといった展開のネタバレもあるので)ぜひ。
https://automaton-media.com/articles/interviewsjp/20190719-97599/
Lucas Pope:
オブラ・ディン号をつくる上では、1800年ごろにあった実際の船を参考にしたのですが、あのサイズの船を動かすには最低でも120人は必要なんです。史実に即して『Obra Dinn』にも120人のキャラクターを登場させようと考えていたのですが、それがいかに難しいことなのか悟ってからは半分にカットしました。(上のインタビューより引用)
「いいなぁ」と思ったシステムは「安否情報を○人特定しないと先に進めない」ってフラグはないんですよね。
死体を見つける→懐中時計で過去へ戻る(そこからさらにジャンプする場合もありますが、見逃すことはありません)をやっていれば、手記の「取引」の章以外の過去のシーンは全て見られます。私は全員特定でクリアまでに約14時間半といったところでしたが、過去を見ていくだけなら数時間ですむでしょう。
「安否情報の正解判定は、3人分が1単位」というのもポイント。誰か1人が合ってるだけじゃダメで、3人分の「正解」が揃うと手記にそれが正確な情報として反映されます。だから総当たり作戦は使えないよ! ……と見せかけて、特に後半、人数が減ってくると「甲板員ってもうこの数人しか残ってないから、とりあえず入れてみて……あっ正解したぜ!」ってなことも起こります。
なお、この時代の商船なので、60人のうち56人が男性です。役職によっては身なりが違うのでわかりやすい場合もあれど、半数近くは「檣楼員や甲板員といった肉体労働者」つまり、劣悪な環境の中で馬車馬のように働かされていた人たちなんだなぁ……と思えるシーンも出てきます(第二章での詰めこまれ具合とか)。
と彼らの境遇に同情しながらも「おっさんばっかりで区別がつかない!」と、脳内のおっさん測定器が数回爆発したのも事実でした。特に、失われし頭髪という特徴のあるおっさんがものすごく多く、苦労したものです。
そんなこんなで地道に地道に特定していくうち「お前、このシーンではいいやつだったのに、あとでこんな死に方を……」「待て! ここでかっこいいポーズをしてる奴、後の章ではとんでもないことをしでかすぞ!!」など、推理のために幾度となく過去へ戻りながら、しんみりした気分にもなりました。
主人公はあくまで傍観者であり、過去を変えることはできないんですよね。それが、しんみりしちゃった理由でしょう。
そしてダウンロードサイトでは「謎解きミステリーアドベンチャー」となってるものの、かなりの謎はプレイヤーの想像と考察に任される面もあります。
例えばミステリー小説なら、犯人の「動機」は重要な要素ですよね。オブラ・ディン号で起こった殺人事件の中にも、もちろんそれが明らかなものはあります。怨恨、目撃者を消すため、自己防衛で反射的に……等。でも全てが明示されているわけではありません。60人もいるわけですから、いくつか派閥もあったことでしょう。途中で考えを変えた人、誰かと共謀した人、そして他人を一切信じられなくなった人も絶対にいたはずです。
もちろん「作者だけが知っている真実」はあるのでしょう。これだけ精緻なゲームのつくりなら、「オブラ・ディン号の真実」の設定が詳細に用意されているに違いありません。
ただそれを読みたいか? と言われると「NO」です。
プレイヤーの「私」は、たくさんの謎を抱えたままで、しばらく想像の海にたゆたっていたいのです。
メメント・モリ。死を想え。死を見つめながら、自分に可能な限りの仕事をした主人公。それこそが一番の、死者への鎮魂だったのかもしれません。