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野良犬と外国人

台湾の町には野良犬がいる。

首輪もつけずに人混みを悠々と歩いている。大抵は台湾犬という犬種で、黒か茶色の痩身の中型犬だ。

滞在が一ヶ月を過ぎても、野良犬との遭遇には慣れなかった。日本では(少なくとも、僕が暮らす神奈川〜東京エリアでは)人間が日常生活を送るスペースにこのサイズの野生の獣が介入してくることはない。だから、台湾での野良犬との遭遇はいつも新鮮で少し緊張する体験だった。夜道を歩くときなどは、心は警戒しながらも、その独特の緊張感に魅了されているところがあった。

野良犬に対する現地の人の反応は様々だが、概ね寛容的な態度だ。トコトコトコ…と人混みに突っ込んでくる犬を見て、人々は「あらあら」と笑いながら道を譲ったりしている。ある時は、老人が犬を手招きをして懐から取り出した饅頭のようなものを食べさせてる光景も目にした。ふと『あしたのジョー』のドヤ街など、ちばてつやの漫画を思い出す。1960年代頃までは日本でも同じような光景があったのかもしれない。

新北市板橋区の風景

日本にいる時、僕はヘッドホンで耳を塞いで歩いているが、台湾の町ではそんなことはできなかった。野良犬が恐ろしかったことに加え、知らない町の喧騒や生活音が貴重に感じられたからだ。僕は中国語が殆ど分からないのだが、分からないからこそ一層BGM的でもある。言葉が分からない者にとって、人の会話は楽器の音色と同等だ。実際、抑揚の効いた中国語の声調は耳にしているだけでも心地がいい。

そうやって歩いていると、僕はふと、野良犬のよりも自分のほうが異物である可能性に気がついた。見た目こそ町の人たちと似通っているものの、発せられた言葉の意味を理解せず、ただ楽器の音色のようだと思いながら歩いているなんて、野良犬以上に不気味な存在じゃないか? 屋台のそばで食餌を分け与えられている野良犬や、それに話しかけているおじさんを眺めていると、野良犬の方が僕よりも遥かにこの町の人たちと上手くやっているようにさえ見えてくる。

野良犬には、もう少し敬意を持って接するべきかもしれない、と外国人は少し反省したのだった。