エントロピー増大の法則
概念的なレベルで解説する
物理学の「熱力学」には「エントロピー増大の法則」という普遍的な法則がある。今回、この法則について、概念的なレベルで解説する。
1.エントロピーとは?
エントロピーとは「無秩序な状態の度合い(= 乱雑さ)」を定量的に表す概念である。無秩序なほど高い値、秩序が保たれているほど低い値をとる。
2.エントロピー増大の法則とは
エントロピー増大の法則とは、端的にいうと、「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」いう定義である。
3.具体的な例
日常的にもよく目にする現象として、以下のような例があげられる。
・拡散した気体は元に戻らない。
・常温に置かれた熱湯は自然に冷めるが、一度冷めた水が勝手に熱湯に戻ることはない。
・コーヒーにミルクを入れると自然に混ざるが、勝手に分かれることはない。
別の言い方をすると、エントロピー増大の法則とは、「自発変化の方向を示した法則であり、その方向は不可逆的で無秩序」であることを示す。
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以降、物理学的な意味あいで簡易に解説する。数式は最低限にとどめて、本質的な意味を直観的にとらえていただきたい。
4.エントロピーとは?(統計力学的説明)
まず、エントロピーが乱雑さの指標といわれる理由を、統計力学的解釈に基づいて解説する。
統計力学によればある系(考えている対象)のエントロピーSは、ボルツマンの原理と呼ばれる以下のシンプルな数式で表せます。
S = k logW
kはボルツマン定数と呼ばれる定数なので、エントロピーの概念を理解する上では無視していい。
重要なのはWで、これは対象としている系がとりうるミクロな状態の数で、よく微視的状態数という言い方をする。
・「微視的状態数」とは
あるマクロ的な状態を実現する、ミクロ的な状態の数のこと。
例えば、気体が入った容器を考えるとマクロに見れば同じ状態を維持しているように見えるが、ミクロに見れば分子は絶えず動き回っているので、時々刻々その状態は変化している。
この分子レベルのとりうる状態の数がWである。
logは対数でlogWはWに対して単調増加なので、エントロピーSはWに対して単調増加となり、ミクロな状態のとりうる数が多いほどエントロピーは大きくなる。
つまり、エントロピーの説明でよく使われる「乱雑さ」とは、より正確には「微視的状態数」のことである。
これは直観的にも非常にわかりやすい話である。例えば、個体→液体→気体に変化するにつれて、分子は自由に動き回れるようになるので、とりうる状態数も増え、エントロピーも大きくなる。
個体は分子が整然と並んでいて秩序だっているが、気体は分子が自由に飛び回っていてその秩序が崩れている(=乱雑)ので直観的なイメージとあっている。
5.エントロピー増大の法則とは?(熱力学的説明)
5.1 エントロピー増大の法則の厳密な定義
エントロピー増大の法則:
断熱系においてある状態変化が起きた時、系のエントロピー変化dS >= 0
※等号成立は該当変化が準静的過程の場合のみ。
「系」とは、考えている対象・環境のことである。例えばさきほどの例で、気体の拡散なら、その気体を閉じ込めている容器、常温の実験室に置かれた熱湯が冷める例なら実験室および熱湯を合わせたものが系の例になる。
そして、「断熱系」とは断熱された系ということで、外部と熱のやりとりがない環境のことである。
なお、「準静的過程」とは、系が熱力学的平衡の状態を保ったまま、ある状態から別の状態へとゆっくり(無限の遅さで)変化する過程を指す熱力学上の概念である。
なお、あくまで条件は「断熱」系なので、外部と仕事(物理用語で力×距離で定義されるエネルギーの一形態)のやりとりがあっても本法則は成立する。
そして、上記のエントロピー増大の法則のサブセットとして、以下のことがいえる。
「孤立系」における自発変化ではエントロピーは必ず増大する(dS > 0)
孤立系 = 断熱系かつ外部との仕事のやりとりがゼロの系
自発変化 = 不可逆変化 ≠ 準静的過程
なので、これはエントロピー増大の法則の特殊ケースにはなるが、一般的にはこちらの表現の方が馴染みがある形だと思れる。
5.2エントロピーは必ず増大するものではない
エントロピー増大の法則で大事なのは「断熱系」という言葉である。エントロピー増大の法則は無条件で成立するわけではなく、断熱系、すなわち外界と熱のやりとりがない環境でのみ成立することを示している。
逆にいうと、外部と熱のやりとりがある環境(非断熱系)ではエントロピーは減少することもある。
6.まとめ
①エントロピーとは、無秩序な状態の度合い(乱
雑さ)のことで、統計力学的解釈では微視的状
態数を表す。
②エントロピー増大の法則
断熱系においてある状態変化が起きた時、系の
エントロピー変化dS >= 0
※等号成立は該当変化が準静的過程の場合のみ。
このサブセットとして、以下が言える。
孤立系における自発変化ではエントロピーは必ず増大する(dS > 0)
→端的に言うと「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」。