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PIW 文月悠光インタビュー: Out on the Town but seriously

この記事は、Poetry International Webの文月悠光特集の一環として掲載した英文インタビューの和訳です。ただし英語から日本語に直したのは前半のエッセイ部分のみ。インタビュー部分はもともと日本語で交わしたものをPIWのために英訳しました。したがってここに掲載したものが原文ということになります。(上の写真は森野千聖さんの撮影)。

2009年に発表された文月悠光のデビュー詩集は、日本の詩人たちに衝撃を与えた。日本では詩人たちにも高齢化が及んでいて、私もその例外ではないのだが、衝撃の理由は、当時まだ高校生だった彼女が権威ある詩の賞をいくつか受賞したということだけではなかった。その作品が稀に見る高さの技術的達成を示していたからだ。まるでナディア・コマネチが、どこからともなくモントリオール・オリンピックに現れて、いきなりパーフェクトスコアの10.0を獲得したような感じだった(と言っても、それ自体が彼女の生まれるはるか前の出来事なのだが)。

それから何年か経った頃、私は早稲田大学で講演を行う機会を得た。講演が終わった時、ひとりの若い女性がやってきて自己紹介をしてくれた。その頃の文月悠光は早稲田の教育学部の学生だったのだ。私の目に、彼女は恥ずかしがり屋で、(最新刊のエッセイ集のタイトル『臆病な詩人、街へ出る。』さながら)臆病そうにさえ映った。

その直後から、彼女はマスコミに登場して、ラジオやテレビに出演したり、商業雑誌に詩を発表するようになった。やがて私はある噂を耳にした。文月悠光が「アイドル」のオーデションに応募したらしい。実際私は、いかにもアイドル風なドレスを纏った彼女のピンアップ写真を目にした覚えがある。私は首を傾げた。天才的な早熟詩人が、いったい芸能界で何をするつもりなのだろう?

今回の特集のために文月悠光という詩人の足跡を辿り直して、彼女の試みの意味が見えてきた気がする。彼女は詩の領域を広げようとしているのだ。それも彼女自身にとっての詩だけではなく、現代日本における「詩」というものの一般的な捉えられ方そのものを。そしてそこにはもうひとつ、別の意図の気配も感じる。彼女は現代日本の「詩壇」に対して、反逆児であろうとしているのではないか。ちょうど高校生の頃の彼女が、学校や社会に対してそうであろうとしたように。だとすれば、結局のところ、文月悠光とは臆病などころか、大胆不敵な詩人であると言えまいか。

文月悠光という詩人のことをもっと知りたいと思い、彼女に10の質問をぶつけてみた。以下はその回答である。


1 初めて詩というものに触れたときのことを覚えていますか?
最初に記憶しているのは、小学三年生の春、教科書で出会った谷川俊太郎さんの「いち」という詩です。言葉の音は、歌のように心地よいのですが、その意味を捉えきれず、初めて言葉に混乱した体験でした。作品としての詩に出会う以前にも、「詩」と名づけられそうな感覚には無意識に親しんでいた気がします。

2 初めて詩を書いたときのことを覚えていますか?
10歳の秋に、日記帳の隅に書きはじめました。日々感じたことを文章とは違う形で記録したかったんです。
初めて書いた詩は、自分の死を想像する「死ぬとき」という詩でした。

3 詩を書いてゆく上で、最も影響を受けたものは何だと思いますか?
10代の頃、学校の部活動で油絵やアクリル画を日常的に描いていたこと、アートギャラリーで画家や写真家など様々なアーティストと出会った経験は大きかったと思います。あとは出身地の北海道(北国でした)の気候。

4 詩人としてデビューしてちょうど10年ですね。自分の詩がどんな風に変わったと思われますか?
10代の頃に執筆した詩の多くは、他者から自分を断絶して、守るためのものでした。学校や社会に対する違和感や怒りが、創作の原動力になっていたと思います。現在は、詩の機能をもう少し大きく捉えています。詩の言葉は、他者との境界線を曖昧にし、思わぬイメージと「結びつける」ことも可能です。その広がりの面白さに目を向けたいと考えるようになりました。

5 文月さんは詩のなかでたびたび「君」に呼びかけます。文月さんのなかで「君」はどんな面影を宿しているのでしょう?
心の中の他者。詩の声を受けとめ、ときおり言葉を返してくれる、鏡のような存在だと思います。

6 自分の詩が日本の詩の伝統に根ざしていると思われますか?だとすればどんな点においてでしょうか?
デビュー直後、女性詩人の系譜に位置づけられることを意識した時期もありますが、今は全く気にしなくなりました。多様な女性詩人が増えて、過去の詩の歴史に見られた、女性の生活や身体に着目した詩ばかりではなくなったからです。伝統と言えるかはわかりませんが、吉原幸子や伊藤比呂美さんの詩作品に影響を受けていると思います。

7 まだ一度も詩というものを書いたことがない人を思い浮かべてみてください。その人に詩の書き方を教えるとすれば、どんな方法を授けますか?
写真や絵画、音楽などの表現に触れてもらいながら、思いつくままに言葉を書いてもらいます。言葉から言葉を考えてもらうより、むしろ言葉以外の表現の方が、詩の言語にしっくりくると思うからです。私も詩作のための準備体操として、よく写真集をめくったり、音楽を聴いたりします。

8 文月さんの詩にはプロの感覚を強く感じます。自分のためにだけ書いているのではなく、他者や読者といった存在を意識しているという意味で。ご自分が職業的な詩人だと思われますか?そうなることに憧れがありますか?
書くこと、言葉に関する仕事で食べている、という意味ではそうです。ただ今まで出会った「詩人」の中には、脳科学者も新聞記者もデザイナーも学校の先生もいました。その人たちには、尊敬と憧れの気持ちがあります。詩の感性を持ち、それを自身の仕事や生活に生かしている人は、皆「詩人」ではないでしょうか。

9 これまでに書いた詩のなかで一番気に入っている一節はなにですか?
《焼けた夕空は
私が見ているから、きれいだ。》
詩「まつげの湿地」(『適切な世界の適切ならざる私』収載)

10 いま一番欲しいもの、行きたい場所は?
今回英訳の機会を頂いたので、いつか英訳詩集を出し、海外の書店をポエトリーリーディングで巡ってみたいです。海外を訪ねた経験はまだUAE、フィンランド、韓国のみですが、4月には日本の小説家の方々と、初めて中国(北京)に数日滞在する予定です。中国語訳の出版にもとても興味が湧いています。あとは数年以内に、ニューヨークで滞在制作するのが目標です。

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