隅田有 挿画とともに自作を語る2:「路地」
『クロッシング』はラストの「路地」を生かす為に、能の五番立で編みました。「路地」は切能を意識して書いた詩で、笛やら里女やら鬼やら日暮れやら、能のフラグをばんばん立てています。本作の前シテ部分では「私=ワキ」ですが、終盤になって更に「ワキ=シテ」であることが判明します。これは実際の能の舞台では不可能な仕掛けで、詩でやる能だからこそ可能です。救いようのない自己完結性を「ワキ=シテ」の構図で表してみたのですがハテサテ。。。
「路地」
日が陰ったのではない、日は暮れたのだった
闇に貪食された路地は外気温の低下に伴い
ため息を沈殿させる
三本の松と一軒の店
店先に吊るされた柿の
てんでんに揺れて影が踊り
呼ぶ謡と警笛
路地の向こうからやって来るのは里女じゃあないか?
陳列棚の升目は次々と目を覚ました
樟脳臭い干物は次々と目を覚ました
そして遥か遠い潮騒を聞いた
唐突で堪え難い尿意
(粟立つ!粟立つ!粟立つ!粟立つ!)
路地ハ里女ノ通リ道ダ
いずれも警笛
同情すべき手際の良さで
粘膜同士を縛り上げ
共食いさせ
摩耗シヤガッテ
耳は幾たびもの警笛を聞く
里女の面が迫る
零で零を割るように
ワタシハワタシヲ育テタ
*
私は一匹の
小指にも満たない丈の鬼となり
宙を飛び
地を転ぶ
零で零を割る番組
生者が私なら
里女も私だ
縛り上げられた腹の中心は危機的に柔らかく
入れ子は次々と形成され
全身を埋め尽くす体毛は
光沢に夜の豊饒を宿し
熱を孕んだ胃袋は
真冬の路地を
げぇ、と吐く
隅田有 第一詩集『クロッシング』空とぶキリン社
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